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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■シキ編
107/112

シキ 7

ふう、と気を静めるように息を吐いたリュウキが、わずかに散らばった燃える木の枝を足で器用に蹴り戻していく。

その様子を無意識に目で追いながら、妙にゆるんだ場の空気に所在無さげに項を掻いていた。

それを見たリュウキが、小さく苦笑を浮かべながら、火を超えて元々いた場所に腰を下ろす。

すると、それを見ていたシキも彼女に倣うように腰を下ろした。


ぱち、と勢いを亡くした焚き火が小さく爆ぜる。

シキは炎を見つめながら静かに口を開いた。


「リュウキ、俺は…やはりお前との絆を失いたくない。」


先ほどよりも幾分落ち着いた声に、リュウキが顔を上げてシキを見つめる。

彼女の視線を感じたのか、シキも炎からリュウキへと視線を移した。

炎の光を受け刀剣のような鉄色に輝く瞳と、太陽のように煌く金色が交わる。


「今、お前の記憶からは俺たちのことは消えているかもしれない。でも、俺の中にはお前と過ごした記憶が確かにあるし、片側だけだが、まだ絆は途絶えていないと思う。」


すい、とリュウキの目が細められたものの、反論の言葉は出てこなかった。

どうやらシキの話を聞くつもりらしい。

そのことに確かな安堵を感じたシキが、己の膝に肘をつくようにして身体の前で組んだ手にぐっと力を入れた。


「俺がいる限り、俺は絶対お前を諦めない。」


静かに放たれた言葉は、聞く者を震わせるような気迫をもってリュウキに届いた。

剣を握る者でも屈服しそうなその気迫に、しかし彼女は微動だにせず彼を見つめ返している。

しばらくそのまま、見詰め合う、というよりも睨み合っていると、リュウキが一端視線を外して小さく息を吐いた。





「……ラルダ・セルギアという傭兵を知っているか?」


脈絡もなくかけられた問いにシキが眉を顰めると、リュウキは小さく苦笑を浮かべた。

その、どこか寂しげな笑みに、男がわずかに目を見開く。

ここで口を挟むのは無粋な気がして、シキは素直に問いに答えた。


「どこかで聞いたような名だが…。」


記憶の彼方でわずかに引っかかるその名に、シキが小さな唸り声を上げながら首を傾げる。


「…竜殺しのラルダ、と言えば分かるか?」

「!!」


言葉を聞くなり、シキが目を見開いた。

竜殺しのラルダ。

少し前のことになるが、大戦が始まってすぐの頃、一部の地域で噂になっていた男を思い出す。

竜を尊ぶヒリュウで、竜を殺めるという凶行に及んだ流れの傭兵で、そのことはヒリュウ王城にまで報告が届いていた。

傭兵とは言っても、国がお尋ね者として指名手配していたため、シキはラルダという男を犯罪者として記憶している。

思い出したことをそのまま告げると、リュウキは不快げに眉を顰めた。


「確かにラルダは竜を殺した…でもちゃんと理由があったんだ。」


金の瞳がわずかに陰る。

揺らいだ金色の奥に、悲しみの色を見た気がした。

が、まるで知人のような言葉に、シキがはっと肩を揺らす。


「ちょっと待て、お前、竜殺しのラルダと知り合いなのか?」

「……あぁ。」


これまで彼女とは色々な話をしてきたつもりだが、これについては全くの初耳だった。


「いったい何処で知り合った?何でまたそんな男と…。」


非難するような言葉に、リュウキの瞳が睨むように細められる。


「何も知らないくせに、そんな言い方はやめろ。ラルダは私の恩人だ。」

「恩人?」

「見知らぬ世界に飛ばされて、貴族の犬に成り下がるしかなかった私を、あの薄汚れた檻から連れ出し剣を教えてくれたのがラルダだ。」


わずかに荒げた声で告げられた言葉に、シキが目を見開いた。

リュウキは悔しげに唇を噛み締めながら視線を落とすと、鋭い視線を炎に向けたまま更に続けた。


「ラルダは確かに、無口で、無愛想で、みんなから恐がられていたけど、本当はすごく優しくて、情に厚い奴なんだ。竜を殺したのだって、狂った竜から村を守るためだったと聞いている。」


初めて知る事柄に、シキは言葉もない。

まるで信じられないような話だったが、リュウキの性格をよく知るシキには、彼女の言葉というだけで、信じるに値するもののように思えた。


実は以前、シキはリュウキにたずねたことがある。

この世界に来て、ヒリュウで自分たちと出会うまで、いったいどうやって生活し、傭兵として戦えるだけの力を手に入れたのか、と。

ある人にお世話になった、それだけ告げた彼女の瞳は、先ほど目の前のリュウキが浮かべたものと同じ悲しみが浮かんでいた。

その痛々しい表情に、いつもならば更に問いかけるシキが言葉を失い、その後もそのことだけは彼女の口から語られることはなかったことを覚えている。

言葉巧みな兄に尋ねても、同様にそのことだけが分からず仕舞いだった。

ずっと気になってはいたものの、彼女の傷を抉ってまで知りたいとは思っていなかった二人は、いつかリュウキが話したくなるときまで待とうと決めたのだ。


ただ、あの悲しげな瞳だけが、ずっと気がかりだった。





「その、ラルダという男と旅をしてきたのか?」

「そうだ。ラルダは私の師であり、父のような存在だった。」

「…その男は今…」

「……死んだ。」

「……病か?」


ぐっとリュウキの顔が何かを堪えるように歪む。

まるで泣いているようだと、シキは思った。


「……ころされた。」


ぽつり、と低く零れた声。


「私を飼っていた貴族に、殺された。」


握り締めた彼女の拳が、その心を表すようにぶるぶると震えていた。

あぁ、とシキが心で小さく呻く。

これが、彼女の傷だったのだ。


「今もはっきりと覚えている。」


己を守るように抱きこむ大きな身体。

その温もりとともに伝わる、彼の肉を切り裂く断続的な振動。

傭兵として鍛えた鋼の筋肉を、非力な貴族の放つ剣ごときが貫通することはなかったけれど、無抵抗に剣を受ける男の背は、無残に切り刻まれていった。


「離せ、と、何度も叫んだ。」


それでも、男――ラルダは無言でリュウキを庇い続けた。


「忘れもしない、あの男っ…卑怯な手で私を捕らえ鎖で雁字搦めにして、逃亡を手助けしたラルダに報復しようと、私を使っておびき寄せた!!」


目を閉じれば、いつも聞こえる男の声。

狂人としか思えない男の笑い声は、リュウキの視界が闇に落ちる度、彼女を苦しめた。


かっと見開いた金色の瞳には、怒りだけではない彼女の心に刺さる様々な感情が浮かんでいた。

大事な人を殺した男への憎しみ。

そんな男の罠にはまり、見す見す大事な人を殺された己への怒り。

最期まで彼女のために生き、彼女のために命を盾にしたラルダへの悲しみ。

その全てが、未だ血を流し続ける彼女の心の傷を抉り続けている。


それでも、彼女は泣かない。

言葉の合間で噛み締めていた唇からは、わずかに血がにじんでいた。


「ラルダを殺したあの男が憎い!ラルダを守れなかった己が憎い!私なんかのために命を捨てたラルダが…っ!!」


からん、と枝が転がる音がすると同時に、彼女の身体を再びシキの腕が拘束していた。



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