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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■シキ編
106/112

シキ 6

ぱちり、と焚き火が爆ぜる。

ふわりと舞った火の粉に目もくれず、二人は互いを睨むように見据えていた。

沈黙を破ったのはシキだ。


「…お前は…。」


ぐっと、奥歯を噛み締めて一度言葉を飲み込み、開いた唇から零れたのは幾分掠れた声で。

様々な感情を押し殺したような言葉は、暗い洞穴に重く響いた。


「お前はいつもそうだ。何でもかんでも自分一人で背負い込んで、周りで見てる俺たちの気持ちなんかちっとも解っちゃいねぇ!!」


最後の方は殆ど叫びだった。

シキの灰色の瞳が熱を孕んでリュウキを射抜く。

対するリュウキは、金の瞳を僅かに細めると、さも不快げに眉を顰めた。


「いつも?悪いが、私の記憶にはお前の姿は無い。知らぬ人間の気持ちを量るほど、私はお優しい性格でもないんでね。」

「あぁ、そうかよ!!でもなっ、お前が知らねぇっつってもこっちは三年間お前を見てきたんだ!!忘れたの一言で片付けられてたまるかっ!!」


俺たちの絆はそんな生易しいもんじゃねぇ。

そう喚いたシキの言葉に、リュウキの瞳が一瞬揺らいだ。

しかし、シキがそれに気づく間もなく、リュウキが無言で立ち上がる。

ふわりと揺れた黒い前髪から、暗い怒りに呑まれた金色が伺えた。

ぎり、と彼女の唇から音が零れる。


「何が、絆だ。堅かろうが脆かろうが、人である限り、絆などいつかは絶える!!」


ぶるぶると握り締めた拳を震わせ放たれた言葉は、まるで血を吐くような叫びだった。

怒りと悲しみ、恨みと後悔、様々な感情を混ぜ合わせ、爆発させたような言葉に、シキが僅かに目を細める。


「絶える絆などいらない。枷になる絆もいらない。」


痛々しくて、見ていられなかった。

しかし不意に逸らした目線の先、リュウキの背後に違和感を感じたシキが眉を顰める。

彼女の身体で濃さを増した闇色の影が、ぞわりと動いた気がしたのだ。


「血の繋がりもない、ましてや記憶すらない仮初の家族などいらない。」


彼女が言葉を放つたび、背後の闇がぞわりと蠢く。


「私は、独りで生きてい…」

「止めろ!!」


最後の言葉が告げられようとした瞬間、リュウキの影から闇が這い出した。

シキは彼女の言葉を強制的に切り落とすと、同時に素早く立ち上がり、震える拳を握ったままのリュウキの手首を取って、そのまま渾身の力を込めて彼女を引っ張る。

突然の暴挙に目を見開いたリュウキが、反射的に抵抗しようと身を引いたが、ものすごい力と勢いで引かれた身体はバランスを崩して、僅かに浮いて焚き火を飛び越えると、そのままシキの身体に倒れこんだ。


あっという間の、しかも予想外の出来事に、流石のリュウキも対処しきれず目を瞬かせる。気づけば彼女の細い身体は、すっぽりとシキの大きな腕の中に納まっていた。

身体を包む温かな体温と、苦しいくらいの圧力に、状況を理解したリュウキが、はっと身を強張らせて事の原因である男を睨み上げる。


「貴様何をっ……」


しかし、見上げた先にあったのは、彼女から視線を外し、リュウキが座っていた場所あたりを睨みつけるシキの真剣な顔だった。

思わずリュウキも言葉を飲み込み、怪訝な表情を浮かべてシキの視線を辿る。

そこには、火の粉を飛ばしながら爆ぜる炎と、つい先ほどまで己が腰を下ろしていた平らな石があるのみだった。

が、男の表情の険しさに何かを感じたのだろう、リュウキも周囲に警戒するように気を張る。

その間も、シキは無言で一点を睨み続けていた。









「…おい。」

「……。」

「おい、離せ。」

「……。」

「おい!」


シキの暴挙からしばらく時が過ぎ、それでも彼女の身体を離そうとしない男に、リュウキが苛立ったように声をかけた。

しかしシキは無言のまま動かない。


「おい!!」

「…っ!!」


仕方なく、焦れたリュウキが声を荒げて喚きながら、言葉と同時に自由な左手でシキの脇腹を小突いた。

細く肉の少ないリュウキの容赦ない拳が、意外とそこに入ったらしい、少し大げさに肩を揺らしたシキが痛みに呻いて片手で腹を押さえる。

と同時に、緩んだ腕から逃れるようにリュウキがシキから身を離した。


「お前なぁ…。」


どこか恨めしげにリュウキを見つめるシキに、彼女はといえばさも当然と言わんばかりに息を吐いて腕を組む。


「先に無体を強いたのはそちらだ。危うく火に突っ込むところだった。」


見れば、跨いだときに僅かに蹴飛ばしたのか、火のついた枝が数本散っていた。

今更気づいたように目を丸くしたシキが、次いでばつが悪そうに目を泳がせて頬を掻く。


「あー…いや、うん…確かに、今のは俺が悪かった。」


すまん、と大きな身体を前に傾ぎ誤る姿は、確かに真剣に悪いと思っているようだが、見る側からすれば些か滑稽に映る。

すんなりと頭を下げたシキに、今度はリュウキが驚きに目を見開いた。







ふ、と零れたのは僅かに笑みを含んだ吐息で。

気づいたシキが少しだけ顔を上げると、目の前には小さく苦笑を浮かべたリュウキが静かにこちらを見つめていた。

リュウキはというと、巨躯を持つ男が下げた頭を僅かに持ち上げ、こちらを伺うように見上げている様に、こみ上げる笑いを何とか我慢していた。

いつの間にか、先ほどまでの重い空気が嘘のように一掃されている。

小さく息を吐いたリュウキが、脱力したように頭を傾け、黒い髪をさらりとかき上げながら口を開いた。


「…もういいよ。頭、上げてくれ。」


ため息まじりの言葉に、シキが漸く頭を上げる。


「ホント、初めっから思ってたけど、変な人だな。」


未だ表情に硬さは残っていたものの、先ほどとは比べ物にならないほど態度を軟化させたリュウキに、シキがぱちぱちと目を瞬かせた。


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