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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■シキ編
104/112

シキ 4

切っ先を男の喉に突きつけたまま、リュウキはすいと目だけでシキの全身を探るように見た。

彼女の顔からは、先ほど一瞬だけ見せた驚きの表情は消え去り、今はただ無表情に硬質な人形のような様相で微動だにせず剣を構えている。


「お前は、何者だ?」


懐疑と警戒。

細めた眼の奥で、熱を無くした金色の輝きだけが二つの感情を表していた。

シキはその様子に眉を寄せ、まるで痛みに耐えるようにぐっと唇を噛む。

彼は先ほどから感じていた違和を、漸く飲み込んだのだ。


シキが感じた違和。

それは、目の前の彼女が、己の知るリュウキではなく、彼女もまた己を知らないのだという事実。

否、確かに彼女はリュウキに間違いない。この外見で別の人間だとは思えないからだ。

しかし、俄には信じがたいことだが、おそらく目の前のリュウキは、シキと出会う以前の、過去のリュウキなのだろう。

カザの町の様子からも、この世界自体がシキが現在生きる時よりも過去のものだと、彼に知らしめている。

何故そんなことになったのか判らないが、そうとしか思えなかった。


そこまで考えたシキの顔に焦りの色が浮かぶ。

術師ではない彼には、どう対処すれば良いか到底思い浮かばなかった。

明らかにシキの専門外だ。


「答える気がないのか…それとも、何か疚しいことでもあるのか。」


低く、低く、まるで獣が威嚇するように、リュウキが問いとも独り言ともとれる言葉を零す。

それを聞いたシキが、思考の海から一気に浮上してはっと肩を揺らした。

慌ててリュウキを見れば、彼女は先ほどと変わらずぴたりと剣先をシキの首に添えたまま、少し苛ついたように彼を睨み付けていた。


その氷のような視線に、シキが僅かに目を細める。

おそらく、そこらの傭兵や単なる兵卒ならば、彼女の視線を受けただけで凍り付き、喋る事すらできなかっただろう。しかし、シキとて一国の軍を預かる大将軍、そこは怯むことなくリュウキの鋭い金目を見返しながら、小さく息を吐いた。


「怪しい者でもないし、疚しいこともない。」


いささか固い声ではあったが、シキは迷いのない澄んだ声ではっきりと告げた。

リュウキを見据える灰色の瞳は強く輝き、真っ直ぐな眼には虚言の影すら見受けられない。


「ただ、お前と少し、話がしたいだけだ。」


そう告げるシキの様子を、体勢を変えずにしばらくの間見つめていたリュウキが、小さく溜息を吐いたと思うと、そのまま音も立てずに隙の無い動作でゆっくりとサーベルを下ろした。







カザの町は海も近いが、内陸側には豊かな森にも面している。

隣国であるホウ国と、ヒリュウ国を跨ぐように広がるその森は、ヒリュウの心部にある森林に無い様々な種類の植物を見ることができた。


傭兵として大陸中を、たった一人、旅してきたリュウキは、野宿ですませることも多いようで、今回もカザに宿を取らずに森の一角にある小さな洞穴に、馬を繋いで根城を構えていた。


今、シキは、彼女と話をするために、リュウキと共にその洞穴へと向かっている。

どうやら、先ほどのやりとりで、一応シキが彼女に危害を加えない者として認識してくれたようだ。それでも、やはりそれは認識程度で留まっており、先を行く彼女の背からは、シキに対する明らかな警戒が見て取れた。

無造作に動きながらも、全く隙を見せないリュウキに、シキは思わず感嘆の息を吐く。

しかし、すぐに軍人として人を無意識に観察してしまっている己に気づき、彼は小さく苦笑を浮かべた。

もう殆ど職業病のようなものである。


シキは、リュウキの背に意識を向けたまま、周囲をぐるりと見回した。

国境を跨ぐこの森は、シキも何度か入ったことがある。

しかし、それも戦が終わり、国内も落ち着いて森に人の手が入ってからのことなので、現状の木々が鬱蒼と生い茂る森の様子を見るのは初めてだった。

以前、この森に入ったときは、確かに殆ど自然のままの状態ではあったが、人が安全に通ることのできる程度の道はあったはずである。


道無き道を、迷うことなく進むリュウキは余程慣れているのか、木々を払う手つきも獣道を突き進む足取りも全くぶれが無かった。


「この先だ。」


大きな身体を必死に縮めながらシキが小柄な背中を追っていると、突然立ち止まったリュウキが顔だけで振り返り、ぼそりと小さく呟いた。





重なるような木々が、まるで扉を開くように割れた先。

空間を埋めるように生い茂っていた木々が嘘のように、ぽっかりと開けた空間が目の前に広がっていた。

それでも、上を仰げば高めの木々が空を覆い、開けた空間には影ができている。

まるで光の道のように陽の降りる地面を見れば、丸い葉をびっしりと広げた植物と深い色の苔が覆い尽くしていた。


リュウキは特に何を言うこともなく、そのまま前方へ足を踏み出す。

彼女の進路の先には、小さな洞穴がぽっかりと口を開けていた。

洞穴の入り口にある細めの木には、彼女が繋いだのだろう芦毛の馬が根元の柔らかそうな草を食んでいた。


「…おい。」


観察しているうちに、少しぼーっとしてしまったらしい。

少し苛ついたようにかけられた声に、シキが慌てて小走りに彼女に続いた。

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