シキ 3
――シキは強い。
安堵の滲む笑顔で告げられた言葉の真意は、今でも酌み取れずにいる。
――…シキは、強い。
何かを噛みしめるように再度呟いた彼女の目には、後悔と悲しみが見えた気がした。
考えるより先に、身体が動いていた。
人数を生かして、小さな身体を囲むようににじり寄っていた男たちの一人を蹴飛ばして、包囲の檻に穴を開ける。
未だ無心に剣を振るい続ける小柄な傭兵に加勢しようと、常に腰から下げている剣に手を伸ばす。
しかし、そこには在るはずのものがなく、シキの手は空を掴んだ。
「ちっ…面倒臭ぇ!!」
軽く舌打ちしたシキが、それでも怯むことなく切り込んできた盗賊の剣先を紙一重で避けて身を返す。そのまま大きすぎる動きを御しきれず、前方に傾いだ男の腕を取って、流れるような動作で腹に膝を入れると、男が潰れた蛙のような声を上げて蹲った。
シキは男の手から、少々薄汚れた大振りの剣をもぎ取ると、そのまま返す剣首で男のこめかみを打つ。
強かに急所を打たれた男は、白目をむきながらもんどり打って地に伏した。
シキはそこで留まることなく、踵を返しながらその遠心力を利用して剣を振るう。
すると、今にもシキに襲いかかろうとしていた二人の男の巨躯が、まるで人形のようにまとめて薙ぎ払われた。
完全に崩れた包囲に、シキと対峙していた残りの盗賊が動揺の色を浮かべる。
シキはその隙を見逃すことなく、勢いのまま素早い蹴りを繰り出した。大きな身体から放たれる強烈な蹴りに、固まっていた数人が、団子のように転がる。
「戦略も糞もねぇ馬鹿共め!!さっさと退け!!」
まるで獅子の咆哮を思わせる声。
地に転がった数人は、その一喝のみでシキの気迫に呑まれたのか、慌てて身を返すと四つん這いの体勢のまま、絡まるように逃げ出した。
その咆哮で、傭兵を相手にしていた男たちもシキの存在に気付いたらしい、傭兵自身も盗賊に刃を向け警戒の色を浮かべたまま、ちらりとシキに意識を向けてきた。
ほんの一瞬、傭兵の金色の瞳とシキの灰色の瞳がぶつかった。
まるで戦神のようなシキの豪剣と、戦姫のような傭兵の閃剣。
ただでさえ、見かけによらず腕の立つ傭兵に苦戦していた盗賊たちは、思わぬ助太刀に瞬く間に体勢を崩し、ついにはばらばらと散るように逃げ出した。
シキは追い打ちを掛けることはせず、また傭兵もその気は無いようで、最後の一人が町の外へと消えたことを確認すると、サーベルを振るって血を振るい、所持していた布で素早く拭き取り鞘にしまった。
不意に、二人の間を柔らかな風が駆け抜ける。
風に舞うように散った黒髪に目を取られていると、傭兵――リュウキが感情の削げた氷のような表情で、シキに向き直った。
それに気付いたシキが、彼女に近づこうと一歩を踏み出す。が。
それを阻むように、硬質な金属音がリュウキの腰のサーベルから響いた。
見れば、彼女はシキをじっと見つめたまま、仕舞ったはずの腰のサーベルの柄に手を置いている。
煌めく金色の瞳には、明らかな警戒の色が浮かんでいた。
シキはこくりと息を呑む。
彼はリュウキのその表情に見覚えがあった。
否、彼が知っているものよりも、更に酷いかもしれない。
それは、シキや彼の兄である王が、初めて彼女と出会った時の表情に似ていた。
孤独に心を凍り付かせ、独り戦い続けていたリュウキを、シキは今でも覚えている。
「助太刀、感謝する。」
不意に放たれた言葉は、シキがよく知る温かな彼女の声ではなく、謝意を述べているものの、まるで生き物から放たれたものではないかのような冷たさを孕んでいた。
上手く反応できずにいるシキに構うことなく、目の前のリュウキは用は済んだとばかりに踵を返す。
「あっ…待て!!」
そんな彼女の動作に、シキが慌てて駆け寄りながら腕を伸ばした。
彼の声に僅かな反応すら見せないリュウキに、シキが眉を寄せる。
しかし、彼の手が彼女の肩に届く寸前、まるで計ったようにリュウキが振り向き、その勢いのまま肩でシキの手を振り払った。
偶然ではない、明らかな拒絶だ。
「まだ何か?」
にべもない言葉に、シキの口は呆然と半開きのままで。
何も答えないシキに、僅かに苛立ったように目を細めたリュウキは、そのまま再び踵を返して足を進める。
「待て!リュウキ!!」
慌てて叫んだシキの言葉に、リュウキが零れんばかりに目を見開いた。
ふわり、と風が吹いた。
もし他に人が見ていれば、単純にそう思っただろう。
それほど軽やかに、素早く、リュウキは黒髪を靡かせながら、流れるような動作でサーベルの切っ先をシキの首筋に向けていた。
対するシキはというと、剣を放たれたことで冷静さを取り戻したのか、先ほどの対応が嘘のように冷静に対処している。
彼は不意打ちを受けたにもかかわらず、常人には見えぬ早さで剣を抜いたリュウキの動きを読み、微動だにせず立ちつくしていた。
その表情は静かに凪いで、真っ直ぐに目前の女に据えられている。
対するリュウキは、牽制のみの動きと見切られ、驚いたのか僅かに目を見開いていた。