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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
10/112

山脈越え

「そういえば、お前傭兵だったんだよな?」


流れるように過ぎていく街並みを見るともなしに眺めていると、腕組みをして背後の竜たちを見据えていたはずのシキが声をかけてきた。

質問に肯定の意を込めて頷けば、彼は右手で顎をいじりながら考えるように視線を落とす。


「リーンにも行ったことがあるのか?」


なるほどと、質問の意図が解ってきたリュウキは記憶の糸をたどり始める。


「あぁ、そんなに長くはなかったけどな。レキにも入ったことならあるぞ。」


レキという言葉に僅かに目を見張り、次いで納得するようにシキは頷いた。


「つーことは…あの事前情報はお前の功績か!」


本来ならば、レキについては殆どが謎のままの行軍の予定だった。

当初考えられていた予定としては、兎に角情報収集最優先ということで、術師隊に加えリュウキの率いる“影”の部隊も共に渡り、リーンを拠点としてレキに斥候を送る予定だったのだ。

しかしリュウキ持っていた情報により、事が大分スムーズに進んでいた。

とはいえ、彼女の情報も新しくて3年以上前のものであるので、リーンに着き次第、レキへ“影”として潜り込むのだが。

功績といえるほどのものでもないので、シキの賞賛には苦笑しか返せないリュウキである。


「あの頃は一所に落ち着くことはなかったからな。」

「年中旅をしていたのか?」

「あぁ、流石にすべての町とは言わないが、この大陸の国だったらすべて回った。」

「いいなぁ、俺も1年くらいかけて旅してぇなぁ…」

「一国の大将軍が何を言ってるんだか。」


半分本気で零すシキに声を上げて笑うと、リュウキは民家が疎らになり所々に森や山が見え始めた景色に目を向けた。


「でもやっぱりあの時も、この国が一番長かったなぁ。」


呟きは風に流れたが、シキの耳には届いたようだ。


「“黒翼こくよく”の通り名もヒリュウでついたしな。」

「…大層な名をもらったもんだ。」

「黒は聖なる色だからな。」


ヒリュウ国では金と黒は神聖な意味を持つ。

金は全てを生み出す創造の色。

黒は全てを還す浄化の色。

相対するこの二色は命あるものに現れることは少ない。

この国で聖色を身に宿しているのは、王家の血筋であるシンとシャルシュだけである。

シキの髪は光の加減で金に見えなくもないが、琥珀色のそれは聖色とは認められなかった。

母の身分が低いということもあって、幼い頃は心無い大人に色々とけちをつけられたようだが、今となっては全く気にしていない。

寧ろ問題はリュウキの方だ。

本来、王家の血筋のみに出ていた聖色を、彼女は二つとも持っていた。

黒い髪と金の目。誰がどう見ても、どちらとも見事な聖色である。

今でも生き神のように崇める者はいるが、昔はもっと酷かった。

異世界に落ち、右も左も判らず、身を守る力も身分も持ち合わせていなかった彼女は、欲に眩んだ人間達にとって格好の餌食だったのである。


昔の嫌な思い出を引っ張り出してしまい少し気分が落ちたものの、今己の周りにいてくれる人々や手に入れた力を思い出し一気に持ち直した。

もうあのときのような弱い自分ではない。

まだ未熟者ではあるが、あのときよりずっと強くなったと自負している。

身体的な力だけでなく、仲間と居場所を得たことで心の強さも増した。

たとえどんな困難がきても、怯えず立ち向かうくらいはできる自分になれたことを、リュウキは心から嬉しいと思っている。


彼女には、一緒に落ちた従兄を見つけ出すという目的がある。

しかしそれと同じくらい、ヒリュウで自分に居場所をくれた人々を守りたいと強く思うのだ。


「私はもっと、強くなる。」


大事なものが増える度、リュウキは力を求める。

ヒリュウの大地を見据えてキラキラと輝く金目を見つめると、シキはやわらかく笑みを浮かべた。


「…嫁の貰い手なくなるぞ。」

「余計なお世話だ!」











眼下に広がる林が森になり、更に鬱蒼とした木々の様子に姿を変えた。

視線を上げ前方を見ると、霞んだ空に山脈の峰がうっすらと見える。もう少し飛べば山麓に辿り着くだろう。

リュウキが先日訪れたサイの町は既に過ぎ、一行が通過中の地域は普段滅多に人が入ることはない場所だ。

昼間でも地面に光が射すことのないこの森は“やみかいな”と呼ばれ、魔法が使える獣―魔獣が潜む森だった。

光を嫌う魔獣にとって、ここは楽園のような森である。


「皆、警戒を怠るな!」


シキの厳しい檄が飛ぶ。リュウキも回りに気を張った。

闇の腕に入ってから、上空の空気が明らかに変わったのだ。どこか重く淀んだ空気に緊張が走る。

闇の腕は山脈の全ての麓に広がっているわけではない。が、森の切れた部分を通ると今度は山脈の峰が高すぎて人がもたない。

山脈を越えるには、闇の腕を越えることが不可欠なのである。

翼竜隊に術師隊を加えた理由には、闇の腕を無事超えるためというものが大半を占めていた。

ぴりぴりと、空気が緊張するように震える。


「ロウ!」

「はっ!…防護壁を!」


シキは森から目を離すことなく、すぐ後ろに続くライの赤竜に騎乗するロウに声をかけた。

術師隊隊長である彼は即座に意を汲み取り、そのまた後ろに続く術師二人に指示を出す。二人は直ぐに呪文を唱え始めた。

詠唱が終わると同時に、十二頭それぞれの竜を巨大な魔方陣が包んだ。


「…何か来る。」


ざわりと空気が魔力で揺らぐ。


「黒翼は傭兵と名乗っていたが、その実魔法も得手だったな?」


確認するようなシキの言葉に、リュウキはニヤリと笑みを浮かべた。


「知っていることを態々聞くな。術師としての戦力にも入れてるくせに。」

「ははっ!使えるもんは使わねぇとな!!」

「まったく、とことん人使いの荒い兄弟だ!」


軽口を叩きながらもお互い探るようにせわしなく視線を動かす。


「シキ、下にいる!」


深い森が全てを隠し何かの姿は見えない。

が、揺らめく魔力がぴったりと一行の真下にくっついてきていた。


「散開!!」


シキの掛け声で竜たちが一斉に散る。

その瞬間、一行が飛んでいたちょうど中心を巨大な獣の尾が貫いていた。森の中から伸びる長い尾は毒々しい赤紫で先端は鋭い針が無数に集まり棘玉のようになっている。


「マンティコラだ!!」


リュウキは周囲に知らしめるように叫び、小さく舌打ちした。

まだ本体は出てきていないが、かの獣は人食いだ。しかも好んで人を食し、食事量も限りがない。質が悪い危険な魔獣として有名である。


「毒針に注意しろ!近づくと飛ぶぞ!翼竜隊は攻撃を回避しつつ術師隊の援護に回れ!」


シキが黒竜を上昇させながら、支持を回す。

王城を出る前に、ロウが全員に通信用の魔具を渡しているため、多少離れてもそれぞれの声は届くようになっていた。

シキが全体を見渡せる位置且魔獣の尾の真上に上がったのを確認すると、ライとロウの騎乗する赤竜は尾に最も近い正面に移動した。


「防御二人は物理強化、他は氷系魔法で合図と同時に攻撃します。」


銀の髪を靡かせながら、彼自身も突き出した両手に魔力を溜める。

その横では、竜を操るライが彼の愛用の武器、コルセスカを構えていた。緑の瞳が鋭く光る。


「氷弾用意…放て!!」


四方から真っ白な光が放たれ、中央の魔獣の尾に向かって氷の礫が降り注ぐ。

瞬時に逃げようとするも、放たれた内三方の氷が命中し、あっという間にマンティコラの尾は分厚い氷に包まれた。

そのまま森に引こうと逃げるが、尾の先から伝わるように一気に凍っていく。

瞬く間に鈍くなる動きを追うように、四頭の竜が距離を縮めた。が、最後の足掻きとばかりに凍った尾が勢いよく無差別に振り回される。


「うわあっ!!!」


急に加速した動きに反応し切れなかった一頭に、氷の塊が振り下ろされようとした、その瞬間。


―バシュウッ


風を切るような音を立てて、光の矢が凍った魔獣の尾を貫いた。

砕かれた尾はそのまま森の闇に消えていく。


一端その場から離れ、上昇する竜の背から術師達が見上げると、黒竜の背で矢を射た後の動作から立ち上がるリュウキの姿があった。


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