追憶の1ページ
―ぼうずは、あのとき永遠を望んだ。
―今はどうだ?
―答えは見つかったか?
―覚えていないなら話してやろう。永遠を欲した、ぼうず自身の話だ。
ぼうずは、まだ子どもだった。今よりずっと幼かった。多くの子どもがそうであるように、澄んだ目を持ち、家族と友達が大好きだった。
あるとき、教室で授業参観の案内が配られた。それをネタに、仲の良い友人どうしで話が始まった。
「おまえんち、誰が来る?」
「母ちゃんに決まってる」
「おれも、母さん」
「ぼくも」
ぼうずは、不安になった。
何故なら、母親が入院していたからだ。片親の家や、共働きの家、祖父母・親戚に育てられる子どもなど、珍しくなかったから、母親が授業参観に来ない同級生も多かったはずだ。だが、母親がいつ退院できるのか、いつ治るのか聞かされていなかったぼうずは、ひどく寂しかった。
ぼうずは、恥ずかしいと言いながらも楽しそうに参観日や母親の話をする友人達を見て、悲しみを募らせた。そして、憎んだ。―――どうして自分だけが、どうして自分の母親だけが、こんな目に。そう思い、目に見えぬ何かを呪い始めた。
おれが、ぼうずを見つけたのはそのときだ。たまたま、ぼうずが通う学校の前を通ったとき、憎しみの気持ちが発する、光のような、オーラのようなものが、おれには見えた。誰がこんな負の波長を発しているのかと教室を覗くと、ぼうずが友人達に囲まれながら、配られた紙切れを睨みつけていた。対象のない悔しさを小さな体いっぱいに満たした、きれいな瞳の子どもだった。
ぼうずは、その日学校が終わると、すぐさま病院へ向かったな。その道中でも、考えていた。―――どうして、どうして。
さらに考えた。もしかすると、母親は死ぬのではないか。―――いやだ、ずっと一緒にいたい、今日で時間が止まればいいのに、そうしたら、お母さんは死なない。
「今日がずっと続けばいいのに」
そう何度もつぶやいた。おれは、そんなぼうずにずっとついていった。気づいていたか?そして、病院に着く直前、待合のソファに先回りし、待った。
もどかしげに自動ドアをくぐり、例の紙切れを握りしめたぼうずが、懸命に廊下を駆けてきた。真っ直ぐに前だけを向いた視線が、自然とおれに右足を出させた。
「っいたぁ」
ぼうずは、一瞬何が起こったか分からないような顔で周りを見回していたな。そして、おれと初めて目が合ったんだ。あんな純粋な目を向けられたら、おれは自分の全てが見透かされそうで、あわててこう謝った。
「悪いな」
ぼうずは、大丈夫だと言わんばかりにあわただしく立ち上がり、直ぐに母親の待つ病室へ向かおうとしたんだ。おれは、そのとき、こう言ったんだぜ、覚えているか?
「永遠ってものがあるとしたら・・・・・・」
歩きだした足を止め、戸惑ったような、それでいて期待するような眼で、ぼうずはこっちを見たんだ。今でもおれはよーく覚えている。
「おじさん、今何て?」
この言葉には少し傷ついた。永遠に生きているとは言え、今でもモテモテのプレイボーイのつもりでいたんだが、どうやら知らない間に老けてしまっていたらしい。だが、死神たるもの常にポーカーフェイスでいなければならないと、二世紀程前に出た本に書いてあったから、何食わぬ顔で
「この世の中に、ずっと続くものがあったら、と言ったんだ」
と言うとぼうずは、少し寂しそうにこうつぶやいた。
「そんなものあるわけないじゃないか」
「あるわけないじゃないか・・・・・・」
また走り出そうとするぼうずに、おれは
「ある」
「ぼうずの母さんもずっと生きている世界、楽しいこと、悲しいこと、みな同じ今日を繰り返すことができる世界があるんだ」
「なら、ぼくをそこに連れてってよ。できるわけないじゃないか。おじさんにできるのかよ」
少し涙目になったぼうずに、おれは諭すようにこう言った。
「連れて行くには条件がある」
「おれの二つの問いに答えてくれるだけでいいんだ、簡単だろう?」
一瞬戸惑いはしたものの、何かを決意したような顔で
「母さんが、ずっと生きていられるなら何だって答えてやるよ」
とぼうずは答えたんだ。