表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

パパ、疾る!

 ――昼休み、二年B組の教室。

 小鳥遊ここみは、クラスの女子たちに質問攻めされていた。もちろん、先ほどの神崎律の大胆行動についてだ。

「ここみん! 神崎君と付き合ったのってホント!? なんか、すごい熱烈な愛の告白だったって話だけど? 結衣ちんは、その場にいたんだよね?」

 興奮した女子のひとりが、ここみと相沢結衣の顔を、交互に見ながら捲し立てる。

「まあねー。ウチはもともとワンチャンあるかもと思ってたけど、あの展開は流石に予想できんかったわ」

 腕を組んで誇らしげに語る結衣の隣で、氷室冴子が目を白くしてぶつぶつと呟いている。

「そ、そんな……私のここみんが、神崎なんかと……」

 ここみは、片手を縦にして左右に振った。

「つ、付き合ってはいないよ〜! お友達になっただけだってば……でも……」

 ここみの頬を少し紅が差した。

「あのときの神崎君、素敵だったなあ……」

 きゃああ! 女子たちの黄色い歓声が教室に響いた。

 

 一方、神崎律(大吾)は男子に囲まれていた。

「神崎! おまえって、すげーおもしれー奴だったんだな! あんなぶっ飛んだ告白、初めて見たぜ!

 中田健一(ナカケン)が、(大吾)の肩を勢いよく叩いた。他の男子も、思い思いに話しかける。

「悪党を撃退してヒロインを助けるなんて、どこの異世界の騎士(ナイト)だよ?」

「あの一本背負はかっこよかったなあ! 運動してるイメージなかったけど、柔道でも習ってるの?」

 取っ付きにくいイメージがあり、あまり他人と関わろうとしなかった律のまさかの行動に、男子たちは一種のリスペクトを覚えたようであった。

 (大吾)は曖昧に返事をしながら、まだ混乱している頭をなんとか整理しようとしていた。

 ――どうやら、俺と神崎の心が入れ替わったのは間違いないようだ。おそらく、体育倉庫でぶつかった時だろうが……なんでこんなことに……。

「しっかし、さんざん女子を振ってきた神崎が、小鳥遊を選ぶなんてなあ。でもまあ、結構見る目あるのな、お前って」

 (大吾)の心中など知るよしもないナカケンが、何気なくそう言った。

「あん? どういうことだ? それ?」

 (大吾)が怪訝な顔で尋ねる。

「知らねーの? 小鳥遊って、地味に人気あるんだぜ。明るくて優しいし、ハムスターみたいに可愛いしな。狙ってる奴は結構いたんだが、今まで告った奴らは全滅してる。ある意味、お前よりも難攻不落だったのかもな」

 情報通のナカケンが、つらつらと現状を解説してくれる。

「そ、そうなのか?」

 ――知らなかった……ここみの奴、そんなことを俺に話したこと一度もなかったな。まあ、年頃の娘が父親にそんな話をする方がおかしいか。

「だけど、神崎みたいな超イケメンと付き合うってなったら、これからは誰も近付かなくなるだろうなあ」

 ナカケンの何気ない言葉に、(大吾)の耳がぴくっと動いた。

 ――そうか、俺がここみの側にいれば、つまり形だけでも付き合えば、悪い虫が付くこともなくなるのか。

 だが、それは父親のエゴというものだろう。大吾は、ここみが本気で惚れた相手ならば、受け入れる覚悟はしていた。それに、今の仮初(かりそめ)の姿の(大吾)と付き合うなど、物凄く不健全な話だ! しかし……。

 ――もし、さっきの金髪ピアスみたいな野郎が、ここみに強引に言い寄りやがったら……! そ、そんなのは駄目だ!

 様々な思惑が(大吾)の脳内を飛び交ったが、もともと深く考えることが苦手だった彼は、シンプルな結論を下した。取り敢えず、現状維持でいこう! と。

 (大吾)が、女生徒に囲まれているここみを見ると、彼女と目が合った。ここみは少し照れながら、にこっと朗らかな笑顔を見せる。

 ――はあ……普段の(父親)には見せない笑顔だなあ。あの頃のあいつ(、、、)にそっくりだ。

 少し感傷的になりながらも、(大吾)は午後の授業をなんとかこなした。物理の授業はさっぱり分からなかった。


 ――放課後、体育倉庫の裏。(大吾)大吾()が、なんとも言えない表情で向かい合っていた。

 大吾()の方は、幸い午後に授業が無かったので、放課後まで職員室で待機していたのだ。いつも気さくに同僚に話しかける彼が、妙に大人しいことに少し不思議がられたが、なんとか乗り切ることができた。

「しかし、このまま戻らなかったら、僕は明日からどうすれば良いのか……受験もあるし……。ああもう! 何よりも、こんなむさ苦しい体で生活しなきゃならないなんて!」

 頭を抱える大吾()に、(大吾)が腰に手を当てて声を張り上げた。

「……むさ苦しくて悪かったな! 入れ替わったもんはしょうがないだろ? ウジウジしてないで、この後どうするか考えるんだよ!」

「どうすれば良いんです?」

「分からんっ!」

 あっけらかんと応える(大吾)に拍子抜けした大吾()だが、それが功を奏して、彼は少し落ち着きを取り戻した。

「取り敢えず、元に戻る方法は模索していくとして、当面の生活をどうするかですね。今日は僕が先生の家に行くので、先生は僕の家に行ってください。明日は僕は先生、先生は僕、つまり生徒として登校する、と。ややこしいですけど」

 大吾()の善後策を、頷きながら聞いていた(大吾)だったが……。

「えっ? ちょっと待て。てことは、俺の家でお前とここみが、ふたりきりに? そっ、それは駄目だ! 不健全だ!」

 大吾()の広い肩を、(大吾)の華奢な両腕がギュッと掴んで前後に揺すった。

「し、仕方ないでしょう!? その小鳥遊……ここみさんが居るからこそ、あなたの姿である僕が行かないと、不自然でしょうが!」

「ぐっ……しかし……!」

 逡巡した(大吾)は、大吾()の肩から両腕を解いた。

「たしかに、お前の提案通りにするしか無さそうだが……いいか、ぜっっったいに、ここみに手を出すなよ!?」

 暑苦しく念を押す(大吾)に対して、大吾()は自重気味に応える。

「安心してください。僕がここみさんとどうこうなるなんて、あり得ないですから。興味もありませんしね」

「あん? それはそれで腹立つな! ここみに魅力が無いってか?」

「ああもう、めんどくさい人だな! ……とにかく、なるべく不自然にならないように、お互いの住所や普段の生活ルーティンなんかを情報交換しましょう。それに不本意ですが、緊急連絡用にメアド交換お願いします」


 ――小一時間後。「情報交換」を終えた大吾()は職員室に戻り、昼の他校生徒乱入に関して経緯を教頭に報告した。日和見主義の教頭は大事にしようとせずに、裏門の施錠を徹底するように、とだけ指示を出した。

 一方の(大吾)は、美術室へ向かう。美術部に所属しているここみが、まだそこにいるはずだ。中を覗くと、他の生徒は既に帰ったようで、室内にはひとりで黙々とデッサンをするここみの姿が見えた。邪魔しないように、背後から近づいてここみの作業を見守った。

「上手いもんだ。流石、ママの血を引いてるだけあるなあ」

 腕組みしながら、いつもの調子で思ったことを声に出してしまう。ここみは「ひゃん!」と叫んで、持っていた鉛筆を落とした。

「び、びっくりしたあ! 神崎君、いつの間にそこに?」

「あ、ああ、驚かせてスマン。あんまり集中してるもんだから、声かけずに見てたんだ」

 苦笑しながら頭の後ろをポリポリと掻く(大吾)に、ここみは屈託のない笑顔で応じた。

「えへ、そうだったの。ところで、ママがどうのとか言ってなかった?」

「えっ? ……と、そうそう!『あるがまま(、、)に描かれてるなあ』って言ったんだ。はは……」

「そ、そうかなあ? 褒め過ぎだよお」

 少し照れながら、ここみは画材を片付け始めた。(大吾)も手伝い、ふたりは五分後に美術室を撤収した。外に出ると、空に明るさは残っているものの、徐々に暗くなりつつある。ふたりは学校の最寄りである大平駅に向かって、肩を並べて歩いた。普段ここみは自転車通学なのだが、昨日自転車がパンクしてしまい、今日は電車での登下校なのだ。

「そう言えば、神崎君ってどこに住んでるの?」

「あ、ああ。……まあ、途中まで送ってくよ。」

 (大吾)は、なぜか言葉を濁して改札を通った。


  西央(せいおう)線の電車に揺られ、ふたりはひと駅先の桜白銀(さくらしろがね)駅で下車した。

「えっ、神崎君も同じ駅だったの? ぜんぜん気が付かなかったよ」

「ま、まあ、いつもは神崎……俺は電車通学で、ここみは自転車だしな。お前と違って部活もしてないらしいし、時間帯が合わないのも無理ないな」

 ここみは(大吾)の顔をチラッと見て、視線を前に戻した。

「えっと、今、名前で呼んだ……よね?」

「あっ! す、すまん小鳥遊! 馴れ馴れしいよな?」

「ううん、名前で呼んでくれた方が嬉しいかな。……私も律君って呼んでいい?」

 な、なんだ、この付き合いたてのカップルみたいな会話は? しかし、ここみを小鳥遊と呼ぶのは違和感があるので、この際、お言葉に甘えるか。……そんなことを考えながら、駅の北口から徒歩七分。

「おう、なんとでも好きに呼んでくれ。……ええと、ここが俺の住むマンションだ」

「えっ! ここって、私の(、、)マンションだよ?」

「神崎……俺もここに住んでいる……らしい。201号室だ」

 そう、(大吾)も先ほどの「情報交換」で知ったのだが、小鳥遊家と神崎律の住まいは、偶然にも同じマンションだったのだ! しかしながら、ここみを直接保護下に置けない大吾にとっては、ありがたい偶然といえた。

「へええ! こんなことってあるんだねー。階が違うから、顔を合わせることがなかったのかな?」

 小鳥遊父娘の部屋は、律の二階上の401号室だった。

「らしいな」

「さっきから、らしいらしいって、なに? 変なの」

 エントランスのエレベーターに乗り、(大吾)は四階のボタンを押した。

「あれ、律君の部屋、二階じゃ?」

「あ、つい」

 慌てて二階のボタンを押すが間に合わず、エレベーターは四階まで上昇した。ここみがドアの外の通路に出る。

「じゃあ律君、また明日! 私、明日も電車だから、一緒に学校行こ?」

「あ、ああ、分かったよここみ。……また明日」

 娘と同じ家に帰れないからか、(大吾)は寂しそうな顔をした。ここみは、それを違うふうに解釈したらしい。

「そ、そんな表情(かお)しないでよ……じゃあね!」

 笑顔の頬に少し紅潮した色を帯びさせ、ここみは踵を返して小鳥遊家へ帰っていく。それを見送った(大吾)は、後ろ頭をポリポリ掻きながら、二階のボタンを押した。


「はあ……心底、疲れた」

 激動の一日をなんとか乗り切った大吾()は、慣れない汎用人型決戦兵器を操縦する某少年が如く、重い身体を引きずって帰宅した。事前に得た情報通り、インターフォンを鳴らさずに401号室の鍵を開ける。

「……ただいま」

 大吾(本人)なら声を張り上げるところだが、ひとり暮らしの律には「ただいま」を言う習慣がない。おのずと、小さな声になる。当然、ここみの返事は無かった。

 ――とにかく、早く横になりたい……。

 ガチャっと部屋の扉を開けると、コットンキャミソールを脱ぎかけているここみの姿が視界に入った。

「ちょっ! パパ、帰ってたの? ノックしてよ!」

「ご、ごごご、ごめんっ!」

 大吾()は小鳥遊家の間取りを確認していたのだが、あまりの疲弊のために入る部屋を間違えてしまったのだ。彼は慌ててドアを閉めようとするが……。

「キャンキャン!!」

 甲高い鳴き声が、大吾()の足もとから発せられた。見ると、毛玉……いや、小型犬(ポメラニアン)が彼の足にまとわりついている。

「う、うわあっ! い、犬う!?」

 驚いた大吾()は、犬から逃れるように前方へダイブした。つまり、ここみめがけて。

「ぎゃー! なになにー!?」

 服を脱ぎかけのここみに抱きつく大吾()。そのふたりの足もとを「僕も仲間に入れと」とばかりにキャンキャン走り回るポメラニアン。なんというか、カオスだった。


 ――一分後、ここみは混乱している大吾()の背中を押して、自室から追い出す。

「もう! 今日のパパ、なんかやらしーよ? ほら、小太郎、おいで!」

 大吾()の背後から、バタン! と扉の閉まる音が響いた。ドア越しに小太郎(ポメラニアン)の鳴き声が耳に届く。大吾()は、激しく動悸する胸を押さえて、小さく呟いた。

「……や、柔らか……かった……」

 

「なあんてことが昨日あってさ。なんかパパ、すごい疲れてたし、わざとじゃないだろうから、許したげたけど。まったく、失礼しちゃう!」

 翌朝、一緒に大平駅から学校へ向かう道すがら、ここみは昨日の事件を、頬を膨らませながら(大吾)に語るのだった。

「へえ、家族のスキンシップってやつだな。ははは、微笑ましい話じゃないか」

「そんなんじゃないと思うけど……。ごめんね、朝から変な話しちゃって。律君にはついついなんでも話せちゃうみたい。ふしぎ……って、どうしたの?」

 ここみが見た(大吾)は、満面の笑みを顔面にたたえていたが、なぜか目が笑っていなかった。

「スマンが、ここみ。急に職員室に用事ができた(、、、)。ちょっくら先に行ってるわ」

 言うが早いか、(大吾)は学校の方へ駆けていった。

「律君? 急にどうしたの? ちょっと待ってよー!」


 (大吾)は、陸上の短距離選手よろしく、全力で通学路を疾る。

 ――神崎律(あの野郎)! ぶちころがすっっっ!!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ