違和感の正体
佐藤悠真、21歳。
とある私立大学に通う3年生。
特別な夢も野望もないが、毎日をそれなりに楽しんでいる普通の大学生だ。
その日も講義が終わると、いつものように電車に揺られて最寄り駅に降り立った。
9月も半ばを過ぎたというのに、まだ昼間の暑さが残っている。
悠真はカバンを肩にかけ直し、北口の改札を出た。
駅の北側は、昔ながらの住宅街と杉林が混在する、開発から完全に取り残されたエリアだ。
一方、南側はここ数年で急速に再開発が進み、きれいなマンションやショッピングモールが立ち並んでいる。
まるで線路一本で時代が二つに分かれているみたいだと、悠真はよく思う。
いつもと同じ道を北へ歩き始めてから、ふと違和感を覚えた。
……なんか、寒い。
9月のこの時間帯に、こんな肌寒さはあり得ない。
エアコンが効きすぎたコンビニを出た直後みたいな、妙な冷たさが背筋を這う。
首をすくめながら歩き続けると、少し進んだところにあるいつもの空き地に、何か見慣れない影があった。
薄暗い中、月明かりだけが頼りだ。
そこに浮かんでいたのは——
「……あ、UFOだ」
本当に、小さな円盤型のUFOだった。
直径にして3メートルほど。
金属のような光沢を放ちながら、地面から50センチほど浮いている。
音も振動もほとんどない。
ただ静かに、そこに在る。
悠真の足がすくんだ。
周囲を見回すが、他にUFOは一台もない。
人影もない。
ただ自分と、あの円盤だけ。
再び視線を戻すと、UFOの側面から白い光が漏れ、一人の女性が現れた。
古代ギリシャの彫像を思わせる、白いローブをまとった女性。
長い黒髪が月明かりに透けて、まるで幽霊のように見えた。
しかし、彼女はゆっくりと——いや、歩いているというより、滑るように近づいてくる。
「ホログラム……?」
悠真は思わず呟いた。
だって、現実感がなさすぎる。
足音ひとつしない。
ローブの裾すら揺れていない。
女性は悠真のすぐ目の前で止まった。
距離にして1メートルもない。
透明感のある瞳が、じっと悠真を見つめる。
そして、彼女は小さく微笑んで、
「社会の窓、空いてますよ」
と言った。
「……えっ」
一瞬、頭が真っ白になった。
次の瞬間、反射的に視線を下げると——
確かに、ズボンのチャックが全開だった。
「うわっ!」
慌てて両手で隠し、ファスナーを上げながら顔を真っ赤にする。
恥ずかしさで耳まで熱くなる。
視線を上げると——女性はもういなかった。
UFOも、音もなく、するすると高度を上げていく。
月明かりにシルエットだけが浮かび、すぐに夜空に溶けるように消えた。
「……は?」
残されたのは、静まり返った空き地と、立ち尽くす悠真だけ。
「……うすら寒いような感じって、チャックの締め忘れかよ」
自分で言って、自分で苦笑いした。
確かに、さっきから妙に下半身がひんやりしていたのは、それだったのかもしれない。
結局、何だったんだろう、あれ。
宇宙人? ドッキリ? 幻覚?
それとも、ただの疲れ?
答えはわからないまま、悠真は肩をすくめて歩き出した。
アパートまでの残り600メートル。
今度こそ、ちゃんとチャックを確認しながら。
夜風が少しだけ優しく感じられたのは、
きっと、ほんの少しだけ恥ずかしさが笑いに変わったからだろう。




