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第七話 指輪の力、親殺し

 翌日、昼下がりに全ての魔術師の儀式が終了した。


 結果、討伐隊に任命されたのはハオラン、レイン、話したことのない魔術師二人と…ネズミ一匹。ネズミを見ると色々思い出して吐き気がこみ上げてくるが、決まったことなのでどうしようもない。

 リヴェンは儀式がうまくいかなかったらしく、選ばれることはなかった。この集合にも顔を出していない。


 「討伐隊の出発は一週間後だ。こちらで硬貨や食料など旅に必要なものは用意する。試験場等を使って指輪の力に慣れておいてくれ。」


 ザイオンが告げる。試験場というのは、館の裏の森の中にある広い空地のことだ。そこら一帯は防護膜で封鎖されているから、大きな魔法を試すことができる。


 ザイオンは話し終わり、僕に手招きをした。


 「試験場で力試しをする。ついてきなさい。」


 「俺らも見学していいですか。」

 ハオランが聞く。隣のレインもザイオンを見上げる。

 ザイオンは頷き、僕らは試験場へ向かった。



 試験場には他の魔術師たちの姿もあった。試験場を囲む高い石壁の上から一般人も見物している。

 こんなに大勢の人がここに集まるなんて、初めてだ。どうやら、ザイオンの手合わせの噂は近くの街まで広まっていたらしい。


 僕は緊張で手がびっしょり濡れていくのを感じながら、ザイオンと対峙した。


 「俺に一発でも入れられれば、お前の勝ちだ。魔王討伐の部隊に加わっていい。」


 ザイオンはマントを投げ捨て、格闘家のように構えた。歓声があがる。いよいよ公開試合のようになってきた。彼もどうやらアガっているようだ。


 ザイオンは腰の短剣は使わないつもりらしい。しかし、彼の真価は拳ではない。

 あの、短剣を引かせるのが僕の夢だった。

 そんな日は訪れないだろうと思っていたけど、もしかすると今日なのかも知れない。


 僕は指輪を触り、詠唱を唱え始めた。明らかに今までとは感覚が違う。力がみなぎってくる。


 僕は確信を持って右手を前に突き出した。

 あまりの反動に、目をつむる。


 得体の知れない感覚が全身を撫で、吹き抜けていく。


 自分でもやりすぎた不安に駆られ、恐る恐る目を開ける。

 そして、僕はその光景に驚愕した。


 何も起きてない。


 ザイオンにはなんのダメージも入っていないし、競技場の砂場に砂埃すら上がっていない。

 僕はショックで愕然として、立ちつくした。


「なぜ…貴様がここにいる。」


 ザイオンの言葉に顔を上げる。


 いつもの冷静な表情はなく、何か強大なものに恐怖しているような顔。僕を、僕の背後にあるなにかを凄い形相で睨んで、彼は僕に突進してきた。


 何も理解できず、とっさに両手で頭を守る。

 防御の魔法なんか持ち合わせていない!



 右手に鋭い痛みが走る。



 ザイオンの短剣が、僕の必死のガードを貫いていた。腕を貫通し、短剣の先が眼球のすぐ近くに迫る。

 僕が何もしないのを見て、ザイオンは我に返り、自分のしたことに驚いたような表情をして剣から手を離した。


 痛い。


 短剣は骨を貫いているみたいだ。膝から力が抜けていく。


 『何やってんだ。』


 誰かの呆れたような声が突然耳元で聞こえる。


 『ほら、奴は丸腰だ。今なら反撃し放題だぜ。』


 初めて聞くような、それでいて懐かしいような声が、けしかけるように囁く。けど、僕はあまりの腕の痛みに膝をついてわなわなと震えることしかできなかった。


 『あの景色を見たいんだろ?』


 僕が顔を上げ、ザイオンを見上げると、彼は自分がしたことが信じられないとでも言いたげに僕を見下ろしていた。

 その目を見て、僕は憎しみに似た感情にとらわれた。


 ザイオンの視線から、観衆の視線から逃げるように俯いて、指輪のはまった左手をゆっくりと持ち上げる。


 ザイオンは何にも気づかず僕の前に腰を下す。


 「ストーム。動くな。私が悪かった。すぐに治してやる_」


 僕は、彼がセリフを言い終わる前に、左手の拳を虚空で握りしめた。


 それからの数秒間を、僕はとうとう一生忘れることはなかった。


 水分を含んだ何かが圧縮されて潰れるような、不快な音がなる。生暖かく、ぬめりけのある塊の混じった赤い雨が降り注ぐ。僕はまだ左手を握ったままだった。

 何を握りつぶしたのか、自分でも分からなかった。


 恐る恐る顔をあげる。


 すぐ目の前で、顔が、ザイオンの顔が、変形していた。

 目玉が瞼からこぼれそうになり、前歯が唇を突き破って顔面から生えている。

 小さく小さく凝縮されていき、ぺちょっと地面に落ちる。

 取り残された首なしの体が、脱力して僕に寄りかかる。



 ぽかんと開いた口に、首から吹き出す血が流れていく。

 うがいをするときのように、喉でごぼごぼと変な音が鳴っている。


 『やればできるじゃないか』


 僕は唖然として周りをきょろきょろと見渡した。


 ドスンと音を立て、ザイオンだったものが僕の肩から地面に滑り落ちる。


 一瞬、試験場を静寂が満たす。誰かが鋭い悲鳴を上げる。


 それを機に、一般人は逃げ出し、近くの魔術師たちは僕に向かってきた。

 何かわめいているが、何も理解できない。言葉がわからない。僕はザイオンの亡骸に目を落とし、自分がしてしまったことを段々理解していった


 そこには、冷たくなっていく体。


 気づけば、僕は彼の肩を抱き、咆哮を上げていた。



 「ストーム…?」


 ザイオンの声。


 僕が顔を上げると、ザイオンの体に顔がくっついていた。最初、霧のようにゆらゆら揺れていたが、段々実体を構築していく。

 僕はどうしょうもなく不快な感情がみぞおちに流れ込んでいくのを無視しながら、冷たいままのザイオンを再び抱きしめた。


 だが、ザイオンは僕を両手で跳ねのけた。


 「俺は…どうなった?何が起きた。ストーム!」


 僕は気が狂ったように笑いだそうか悩み、やっぱりやめておいた。


 目を伏せて、短剣が刺さっていることを思い出す。左手で短剣を引き抜き、ザイオンの顔めがけて投げる。

 短剣はザイオンの顔に刺さらず、すり抜けて向こうの地面にポトっと落ちた。


 ザイオンは素早く立ち上がり、物凄く幸せそうな顔をして虚空を見上げた。


 魔術師たちはちぐはぐに走るザイオンに道を開ける。彼の首からは相変わらず血が流れ続けている。


 ザイオンは試験場を後にして、森の方へ行ってしまった。


 後には、血だまりと、ザイオンの頭だった肉塊と、僕だけが残った。


 今気絶したいと、どれだけ願ったことだろう。けれど、安らかな気絶は僕を迎えに来てくれなかった。


 魔術師たちは僕に用心深く近寄り、やがて僕が何もしないことが分かると、複数人で拘束した。

 その間ずっと、僕はザイオンが去っていった方向を凝視していた。



 起きた出来事を何も理解できないまま、僕は近くの街に連れていかれた。

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