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第六話 挑戦

 音が戻り、僕は初めて周りを見回した。

 扉の外で人々が突っ立っている。初めて向けられる類の目だ。


 畏怖。


 そんな中、レインだけが僕に抱きついてきた。


 「ストーム、ストーム。貴方はストームでしょ?私のストーム。変わらないで」


 涙でクシャクシャになった顔を僕の胸に押し当てて声を上げて泣き始める。

 僕はどうしていいか分からなくて、ただ柔らかい髪を撫でた。


 「ストーム…。儀式を成功させたのか...?どうして…」


 ハオランも駆け寄ってきて言う。

 どうして?僕にも分からない。とんでもなく不思議に感じるし、それと同じくらい不思議に思っていること自体、馬鹿馬鹿しく思えた。


 「…調子乗るなよ。次は俺の番だ!」

 リヴェンが焦っているように言う。ザイオンが、ハッと我に返り僕につかつかと歩み寄る。


 「ストーム。指輪を見せてみなさい。」


 僕は指輪をザイオンの大きな手に乗せようとした。

 しかし、ザイオンは指輪を避けるようにサッと手を引き、ただしゃがんで指輪を観察しだした。


 「これをどこで手に入れた。」


 ぶっきらぼうに聞く。


 「西の棟です。寝転んでたら、突然現れました。」


 僕が正直に答えると、ザイオンは目を細めて、ただうなずいた。

 信じてもらえるとは思っていないかった僕は少し拍子抜けした。


 「失くさないよう、大切にしなさい。」


 言葉とは裏腹に、ザイオンの瞳に悲しそうな影が映って見える。

 僕はザイオンを問いただそうとしたが、彼は身を翻して会話を終わらせてしまった。


 「次はお前だ。準備しなさい。」


 次に選ばれたのはリヴェンではなかった。レインだ。

 彼女は僕から離れ、心ここにあらずといった風にうなずき、ザイオンから受け取った羊皮紙を手に部屋に残った。


 「まさか、君が成功させるなんてね…。どうして詠唱の文句が分かったんだい?」


 ハオランが目を輝かせて尋ねる。リヴェンはその横で不機嫌に口を閉ざしていた。僕は、自分でもどう説明したらいいのか分からなかった。


 「指輪を持ったら、勝手に口から出てきたんだ。」


 リヴェンは鼻で笑った。ハオランは色眼鏡越しに目を細めて質問を重ねる。


 「不思議なこともあるもんだ。ところでその指輪、儀式を始める前と変化がないようだけど、ザイオンの言ってた、前の主人と性質が全く一緒ってことなのかな?」


 「どうだろう。...僕が今日の昼過ぎに拾ったとき、透明からこの色に変わったんだ。…あの時はペンタクルも詠唱も必要無かった。どういうことなんだろう。」


 僕らは二人そろって首を傾げた。


 「とにかく、君が無事でよかったよ。レックスが消えた直後だから、同じことが起こるんじゃないかと内心冷や汗かいたんだ。な、リヴェン。」


 ハオランは笑って言った。リヴェンは相変わらずそっぽを向いている。

 ハオランの首の革ひもが目に入る。


 「そういえばハオラン、君の儀式はどうだったんだい?成功したんだよね。」


 ハオランはニヤッと笑った。


 「それがさ、聞いてくれよ。俺の前に現れた悪魔は、全身緑の変てこなやつでさ。」


 肩に乗ったドラゴンが、怒ったようにハオランを睨む。

 ハオランは笑って角の真ん中を撫でた。


 「なんだかうさん臭かったんだけど、『先祖の借りが~』とか何とか言ってすんなり俺に従ってくれたんだ。」


 「従った?」


 「うん...まさか、そんなことも知らずに指輪を適応させたのかい?」


 ハオランは呆れたような、感嘆するような目で僕を見た。


 「詠唱を見て分かったけれど、この適応の儀式ってのは結局のところ、悪魔を召喚して宝石に封じ込めるものなんだよ。それで、力を使いたくなった時に呼びだすんだ。」


 「悪魔はずっと宝石の中に閉じ込められてるってこと?なんだか気の毒だね。」


 「気の毒?俺はそんなこと考えたことがなかったけど…確かに、そうかもな。俺だったら気が狂っちまうよ。」


 「ハオラン、君の宝石を見せてくれよ。」


 僕がそういうと、ハオランは待ってましたとばかりに顔を輝かせて宝石を取り出した。


 それは、さっきまでの鉄が錆びたような色とはまるっきり違っていた。

 リヴェンのブレスレットには届かないにせよ、随分綺麗になっている。


 ルビーのように深みのある、それでいて透き通った赤い宝石の中に、炎のような模様が封じ込められている。

 そのオブジェはかすかにゆらゆらと揺れているようだ。


 「綺麗だ。ザイオンは何か言ってた?」


 「合格だってよ。俺は魔王討伐に行くことになった。」


 喜べばいいのか、悲しめばいいのか分からないが、本人が嬉しそうだから祝っていいのだろう。


 「おめでとう。」


 「どうも。…ストーム、君はどうなるんだろうな?」


 「僕?」


 「そうだ。その宝石、綺麗かと言われれば微妙だけど、間違いなく力を持ってる。…危険なものにも見えるけどな。」


 この時のリヴェンの何気ない一言が、これからの僕の未来を暗示していたことに誰が気づけただろう。


 「僕も、魔王討伐の旅に出たい。」


 僕の言葉にハオランは意外そうな反応をした。一番驚いたのは僕だったけれど。でも、口をついて出た言葉は本心に近い気がした。


 「駄目だ。」


 ザイオンがいつの間にか僕らの後ろにいた。

 いや、最初からか。

 頭ごなしに否定されて、いい気がしない。

 ザイオンは畳みかけるように言った。


 「ストーム、お前は魔術を習ったことすらないだろう。魔王討伐は無理だ。足手まといになる。」


 …確かにそうだ。

 僕はこの屋敷の雑用をしながら、他の魔術師たちが魔法を使う様子を見たり、書庫に入って魔導書を覗いたりしたことはある。だけど、所詮その程度だ。

 詠唱が分かっても実践はできない。魔導書を見ていたのも、ほとんどが挿絵や不思議な紋様目的だった。


 だけど、僕は反論せずにはいられなかった。


 「確かに僕は力の使い方を習ったことはないです。だけど、でも…」


 言葉が出てこない。僕は口をパクパクさせる死にかけの魚になった。


 「チャンスくらいくださいよ。僕が旅に行く資格を、試してください。納得させてみせます。」


 自分でもなんだか言い訳じみて聞こえて惨めな気持ちになる。


 ザイオンは、僕に危険な旅をさせたくないというのが本心なんだろう。何せこの人は僕の親同然なのだから。ザイオンはしばらく黙り込み、やがて口を開いた。


 「ならば、私が直接試そう。明日、魔術師たち全員の儀式が終わってから時間を作ってやる。そこで私に一発でも入れることができれば、同行を許可する。」


 一発。


 その重さはここにいる誰よりも、僕が一番理解しているつもりだ。数年前から、時々ザイオンに稽古をつけてもらってきたから。その度にボコボコにされて、身を持って体感してきた。こっちは全力でかかっていっているのに、ザイオンにはいつも余裕でかわされる。


 ザイオンは今でこそ魔術師たちを統制し、教育する歯車になっているが、一昔前までは国内でも一目置かれる戦士だった。体術はもちろん、魔術もお手の物。


 ハオランと目が合うと、彼はやめとけとでも言いたげに首を横に振った。

 リヴェンは元気を取り戻してニヤニヤしている。僕が失敗するのが楽しみで仕方ないといった感じだ。

 

 僕は、さっき見た光景に浮かされて、追い求めずにはいられなくなっていた。

 それに、この内側から湧き出てくるような、今にも僕を燃やし尽くしてしまいそうな、力、突然手に入れた力を、正直に言うと誰かに見せびらかしたくてたまらなかった。


 「やります。やらせてください。」


 ザイオンは目を細め、短く剃った髭に手をあて、僕の目を注視した。

 鋭い眼光に射貫かれ、一瞬不安になりかけるが、こらえる。


 ザイオンはため息をつき、少し悲しげに微笑んだ。


 「お前は時々頑固になって何も聞き入れなくなる。まあいい。明日、ぶちのめしてやるから覚悟していろ。」


 僕はザイオンを抱きしめたくなったが、お礼を言うだけにしておいた。



 その時、レインがしれっと部屋から出てきた。傷一つない。手に持ったエメラルドのピアスをザイオンに見せる。


 「どうでしょうか」


 ザイオンはピアスを受け取り、光りにかざして観察した。細かい光りの粒子が表面を流ている。それは、詠唱前と同じように見えた。前の主と同じだったということだろうか?


 「…合格だ。」


 レインはうなずいて、今度は僕にピアスを手渡す。


 「つけてくれない?」




 僕らは夕食を食べてから解散し、各々の寝床についた。


 ベッドの上で、まだ冷たさを感じる指輪を眺める。

 夜の闇に紛れては、いよいよ宝石がどこにあるかも分からない。


 部屋の外で、狼の遠吠えが聞こえる。

 森のざわめきの中、僕は眠りに落ちていった。

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