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第十八話 移植

「ザイオンを殺したと聞いていたから、どんな手練れかと警戒していたが…。まさか、生まれて間もない少年とは。」


地面から芽生えた小さな芽が、10人で手を広げても抱えきれないほど巨大な木になる。彼女の瞳の奥に、その果てしない時間が眠っている。


「それはそうと弟子が世話になったね。名は、ルナだ。よろしく頼む。」


白い手を差し出す。冷たい肌。鼓動が、とんでもなく遅い。


「ルナ、お久しぶりです。あれは強引すぎやしませんか?」


理解が追いつく前に、ハオランが口を開く。

彼の肩にはいつの間にかユエが巻きついていた。再会を喜ぶように彼の周りをくるくると回っている。

数日前の記憶が脳裏をよぎる。確かリヴェンが狼に噛まれた後、ハオランが誰かに手紙を書いていた。この、エルフの女性宛てだったか。


「久しぶり。ハオラン君。…悠長に構えてはいられないと思ってね。あの子にはすまないことをしたが…あれを耐えられないようじゃ、私の弟子とは言えない。」


ルナはリヴェンの側にしゃがみ、腕の様子を見た。


「うん。しっかり治っている。そこのお嬢ちゃんが応急処置してくれだそうじゃないか?迷惑をかけたね。」


そう言って、ルナはレインに視線を移した。恐ろしく冷たい目線。まるで威嚇するように、睨んでいるようにも見える。

レインはビクッと体を震わせ、目をそらした。


「なぜネズミの姿だったんです?」


レインを背後に回し、ルナに聞く。

ルナは目を細め、ゆっくりと立ち上がった。覆いかぶさるように僕を見下ろす。豊かな銀髪が視界を覆う。


「君は」


僕のみぞおちに人差し指を押し当てる。


「呪いをかけられているんだ。その、左目と同じように、…リヴェンと、同じように。だから、私も呪いを重ねて本当の姿で見えるようにしたのさ。」


「呪い…?それってどういう__」

「貴方ならストームの左目も治せるのでは?」


ハオランが僕の言葉を遮るようにして口を開く。ルナはニヤッと笑った。


「君も無茶を言うね。それは魔王に貰われたんだろう?治してやってもいいが…その前に。ここに来る途中、星座がちぐはぐに動くのを見た。こっちは星を見て方角を知っているっていうのに、ほんと、迷惑だよ。あれ、ストームがやったんだろう?」


「だったら何だ。」


オニキスが不満そうに聞く。ルナはオニキスを撫でた。


「君がストームの保護者だね?あんまり手放しにしていると危ないんじゃないか?」


「…いらぬお節介だ。」


…こんなに怒ったオニキスは見たことがない。

喉元に刃を突き立てられているような緊迫した空気が一帯を満たす。


「君はもしかして__」


ルナは考え込むように顎に手を当て、オニキスを舐めるように見た。…この女性も、オニキスのことを知っているのだろうか。

再び口を開く。


「…分かっているだろう?このままではストームの身が持たない。」


オニキスはルナを見上げた。


「そりゃ大変だ。見ていてやるから、やってみろ」


ルナは首にさげたペンダントを僕の目の前に掲げた。


「これは、わたしたちエルフが誕生したとき一番初めに貰うものだ。生まれたてのエルフは強大な力を持っていながら、それを制御する術を知らない。このネックレスは、持て余した力を抑制し、必要な時に抽出できるようにしてくれる。本来人間に使うものではないが、君は特別だ。」


「これをつければどうなるんです?」


聞くと、ルナはオニキスをちらっと見てから言った。


「今、君は自分の想像を何のクッションもなしに現実に変換している。このペンダントは、想像と現実を分断し__。つまり、君が幻覚を見ても、自分でそれを現実に変えるか判断できるようになるということだ。」


…悪い話じゃなさそうだ。寧ろ、今の僕に一番必要な気さえする。

僕はルナに頷いて見せた。ルナがオニキスに首を傾げる。オニキスは微動だにせずルナを注視している。

ルナは、ペンダントを僕の首にかけた。冷たい金属が肌に触れる。


「このオブジェに触った時だけ、今まで通り魔法を使える。」


ネックレスについた、銀のドラゴンを指さす。コウモリのように、翼を体に巻きつけている。


「試しにやってみたらどうだ?」


オニキスがいつもの調子で言う。僕は頷き、ドラゴンを触った。

__じゃあ、目の前に巨大な湖が、ある。湖底には巨大な竜が眠っていて、いつもは姿を見せないけれど、今日みたいな星空がひと際美しい夜には__


「これは驚いた…」


ルナの声。

耳に、竜が湖から飛び出す音が響く。飛び散った水が全身を濡らす。


目を開けると、星空を背景に、巨大な竜が空へと昇っていった。鱗が月明りを反射し、神秘的な輝きを放つ。

そのままはるか頭上へ見えなくなる。竜から滴り落ちた水滴の、最後の一滴が湖面を揺らす。


竜のいなくなった湖は、不気味なまでに黒く静まり返った。


「…ドラゴンから手を離せば、この湖はきれいさっぱりなくなる。」


ルナが囁く。そっとペンダントから手を離す。その直後、湖が、消える。そよ風が草原を揺らす。濡れていた服も、いつの間にか元に戻っている。


ルナは緊張が解けたようにため息をついた。


「お次は、その左目だ。…ちょいと失礼」


僕の眼帯を外す。


「目を開けてごらん」


一瞬ためらい、オニキスを見る。オニキスは相変わらず僕の肩の上でルナを注視している。


「なあに、別に危害を加えるつもりはないさ。信じておくれ。」


僕は、恐る恐る左目を開けた。

再び、世界が二重になる。魔王城と繋がる。


「右目で世界を見るんだ。いいね?」


ルナの瞳を見る。

彼女の手が、僕の左目を覆う。彼女の口から、静かな詠唱が吹く。


冷たい指先が瞳に触れる。目を閉じれない。そのまま、指が瞼の中に入ってくる。視界がぶれる。


「我慢おし。」


あまりの痛みに悲鳴が漏れ出る。

ルナが左目をつまむ。

ぶちぶちと音を立てて視神経が切れていく。


ルナは、僕の片目を引っこ抜いた。


瞼を閉じることができない。開いた虚空に風が吹き込む。地面に膝をつく。直後、ルナに顎をつかまれ無理やり顔を上げる。星が瞬く。


彼女は、僕の目の前で自分の左目をくりぬいた。恍惚とした表情。

そのまま、自分の眼球を、僕の左目があった場所に入れる。ルナの眼球が入ってくる。


眼球って、こんな感触だったのか。…温かい。

思ったより強膜はしっかりしていて、中の液晶がぷにぷにする。

何度かまばたきすると、ぶれていた視界が段々と元に戻っていった。まだぼやけているけど、左目で、普通に世界が見える。


「これはいただく。」


ルナは僕の左目を自分の左目があった穴にはめた。

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