第十三話 悪夢
一歩ずつ、階段に足をかける。段々空に近づいていく。両側からがっちり固定されていて何もできない。全力で動いてみても、力が伝わる前にどこかへ吸収されてしまう。
血の匂いが鼻の奥にこびりついて、離れない。
「____ストーム__」
断頭台に頭をもたげる。
有象無象が飛び交う。
足元で直立した人間の頭が目の前まで飛び上がってくる。全部ザイオンの顔。満面の笑みでこっちを見つめて、目が合った瞬間にはじけ飛ぶ。いたるところで潰れる。はじける。
僕の頬の中を、抜け落ちた歯と血が満たす。両手で掻き出しても後から後から湧いてくる。
「__ストーム」
仰向けになって空を見る。世界を黒い渦が埋め尽くしていく。
斧が喉ぼとけに振り下ろされる。ぎこぎこと肉を裂き、骨を割っていく。苦しい。
斧を持っている人間と、目が合う。真っ赤な服。肩では黒猫が笑っている。
ハオランが、鹿の頭をかぶって斧を…僕の喉に__
「ストーム!」
僕は耳元の声に跳ね起きた。周りを見渡し、自分が置かれた状況をじわじわと思い出す。
まだ外は明るいようだ。
「大丈夫か?うなされていたぞ。」
ハオランが小声で言う。
「大丈夫だ。寝番だよね?変わるよ。」
僕はハオランの目を見れずに言った。いつの間にかオニキスは僕の手の中から抜け出し、焚火の側に座っている。焚火の近くに、寝る前にはなかった木の棒の三脚があった。中央に肉塊が吊り下げられている。
「燻製してるんだ。旅の間長持ちするから。火を絶やさないでおいてくれ__」
ハオランはそう言うや否や、洞窟の奥へ行って崩れ落ちてしまった。
「日が落ちたら出発だとよ」
オニキスが言う。僕が焚火の近くに行くと、黒猫は膝の上に鎮座した。
「ハオランと話をしていたの?」
僕が聞くと、オニキスは僕を見上げた。
「ただの身の上話さ。気になるか?」
僕は少し黙り、首を横に振った。何でか、内容を知りたくなかった。頭が重い。さっき見た悪夢のせいだろうか。
数時間焚き火の側でぼーっとしていると、洞窟の入り口、蔦の向こうが段々と暗くなっていった。夜がきたのだ。レインの肩を軽く揺する。
「夜だよ。」
レインは目を擦りながら上体を起こした。そのままリヴェンの近くまで行き、足に触れて呪文を唱え始める。
僕は焚き火の火を消し、出発する準備を始めた。ハオランものっそり起き上がり、燻製肉の状態を確かめている。
レインが離れると、リヴェンはゆっくり立ち上がり、そろそろと歩き出した。まだびっこを引いているが、移動する分には問題なさそうだ。
皆の視線に気づいて頬を赤らめる。
「どうも。」
リヴェンはレインに頭を下げ、ユエを見た。
「昨日はすまなかった。」
ユエはうなずきハオランの肩から身を乗り出してリヴェンをぺろっと舐めた。
ハオランが口を開く。
「村に行くのはやめよう。俺らは、何故か分からないがガーゴイルに狙われている。人里へ行けば他人を巻き込むかも知れない。」
お札を剥がしながら言う。リヴェンはしょげて肩を落としたが、反論はしなかった。
「移動中はガーゴイルに見つからないようにするんだぞ?」
ハオランが一人一人と目を合わせながら言う。最後にオニキスに目を細め、頷いて入口へ足を踏み出した。
「よし。行くか。」
…。
歩き出さない。
「…どうしたの?」
聞くと、ハオランは頭に手をやった。
「__いや、そういや王都ってどっちだ?」
「何かお困りですかな?」
オニキスが鼻を高くして先頭に立つ。
「そういうことなら、俺についてきな。ここらの地形なら知り尽くしてる。」
4人で目を見合わせる。洞窟に不穏な空気が流れる。
「…なんだよ。そんなに信用無いのか俺」
「__私も、大体の地形は分かるわ。少なくとも、その悪魔が嘘をついてるかどうかは見分けれる。」
レインがオニキスに疑心マシマシで言う。
「一応、どういう道順で行くのか教えてくれないか。」
ハオランがオニキスに尋ねると、オニキスは素直にちょこんと座った。
「旧王都を迂回して新王都へ行くまでの道は、西側を行くか東側かで大きく二つある。」
「どっちの方が早い?」
ハオランが聞く。
「__普通に行けば断然西側だ。東側は山脈や運河を越えなきゃならないからな。だが、俺達にはそこの悪魔さんがついてる。」
ハオランの肩のユエに顎をしゃくる。
「空が飛べるのなら、東側を行くのがいい。直線距離なら東側の方が早い。」
「…けれど、空にはガーゴイルがいるわ。ドラゴンの怪我が治るのも一週間後よ。」
レインが顎に手をあてて言う。オニキスは何か企むように目を細めた。
「ガーゴイルは大丈夫だ。我が主様がなんとかしてくれる。」
僕に目くばせをする。僕は自分のことだと気づき、とっさに手を振った。
「いや、僕は何もできないよ__」
オニキスは僕をフル無視して話を続けた。なんだこいつ。
「初めの山脈まで一週間以上はかかる。それまでに飛べるようになっていれば無問題だ。」
「…今は信用してついていくしか無さそうだな。よろしく頼むぜ?」
ハオランがオニキスの頭を撫でて言う。
オニキスはニヤッと笑って堂々と歩き出した。レインはあからさまに嫌そうな顔をし、リヴェンも顔を青くして不安そうにしている。
胡散臭い道案内を先頭に、僕らは半日過ごした洞窟を後にした。
樹冠のお陰で月明かりを通さない森は、お互いの姿すら見失いそうなまでに暗く、静まり返っていた。
昼間は活発だったガーゴイルたちも、夜は休憩してるらしい。どうやら、夜の移動は正解だったようだ。
地面は木の根に覆われて凸凹だが、歩けないほどじゃない。僕らはそびえ立つ大樹の間を縫うように進んでいった。一歩でも仲間から離れればもう二度と会えない気がして、皆で身を寄り添わせる。レインの冷たい手が右手に触れる。
数刻置きに休憩を挟み、燻製をつまむ。そうしているうちに、気づけば空が明るみ始めた。
「そろそろ寝る場所を探そう。」
ハオランが口を開くと、オニキスが返した。
「それなら良い場所があるぜ。」
数分歩きたどり着いたのは、巨大な二枚岩だった。岩同士が重なり合い、天然の三角屋根が形成されている。
「よく分かったね。」
僕が感心して言うと、オニキスはどこか遠くを見つめるように目を細めた。
『1000年経っても変わらないものはある』
「最初の寝番は俺がやる。昨日はずっと寝てたしな。」
リヴェンが言う。
僕らは岩の陰に隠れるようにして早めの朝食をとり、草の上で横たわった。
悪夢の中に溺れていく。
「__ウラヌス。貴方、なんのつもりなの?殺すならさっさと殺しなさいよ」
「誰をだい、テラ様?...今頃あのお方は大変なお怒りだぜ。」
囁き声に目を開ける。レインの冷たい声とオニキスの聞き慣れない声。
レインは神経質に耳のピアスを触った。
「黙れ。どうしようと私の勝手よ。それより、あなたの目的は何?何故助けるようなマネを…」
オニキスが目を逸らし、僕と目が合う。黒猫は少し驚いたように目を見開いてから、すぐにレインの方へ向き直った。
「それこそ俺の勝手だ。まあ、今はお互い仲良くしようじゃないか。…主様も起きたようだしな。」
レインはハッとしてオニキス越しに僕を見た。
「…全部、聞いてたの?」
声が震えている。
「…レインはどうしてオニキスをウラヌスと呼ぶの?二人は知り合いなのか?」
起き上がりながら聞くと、レインは目をそらした。しばらく黙ってから、ぽつぽつと告白し始める。
「…ええ。そうよ。私はその悪魔を知っている。」
「どうして?」
「それは…」
言葉を濁す。
「レインの悪魔から聞いていたらしいぜ。」
オニキスがフォローするように言う。レインはひきつった笑みを浮かべた。
「…ええ。そうよ。そう。私の悪魔はシャイだからなかなか姿を現わさないけれど。…。私はもう寝るわ。」
レインは言うや否やパタンと寝入ってしまった。
絶対何かある。この二人は僕に隠し事をしている。確信があったけれど、僕はそれ以上問いたださなかった。
二枚岩の下は影になって涼しい。高台にあるせいか、時折風が吹き抜けていく。
はるか遠く、空と地面が接する所に、頭を白くした山々が連なっている。その山脈が終わる場所に、巨大な黒い渦が渦巻いている。ちょうど、魔王城の上空。まるで、この世界とどこか別の世界を繋ぐ穴のようにおぽっかりと。
「オニキス、君はあそこから来たのかい?」
膝の上で丸くなる黒猫に尋ねてみても、返事は返ってこない。
寝番の間何度か鳥か、もしかするとガーゴイルかもしれない影が時々横切ったが、こちらに気づく様子はなかった。ハオランのお札のお陰だろう。
数時間後ハオランと寝番を代わり横になっても、悪夢を見るのが恐くて目を瞑れなかった。




