第十一話 洞窟
まだ、起きたくない。
目を覚ませば、また新しい世界が始まってしまう。これ以上、僕に何をしろっていうんだ。もう全部やった。全部やって、全部壊して、全部失敗した。もう何もしたくない。消えてしまいたい。起き上がっても、また後悔の一日が始まるだけなんだ。何も成し遂げられず、それどころか新たな後悔を生み出して終わっていくんだ。
「なあに馬鹿な事言ってんだ」
視界いっぱいに黄色の瞳。
「ぎゃっ」
思わず跳ね起きる。
「何!敵襲?」
レインの驚いたような声。枕もとでオニキスが伸びをする。
あたりを見回して、そこが洞窟だと気づく。
「ここは…?」
その空間は、入り口を蔦に覆われ、僕ら4人が優に収まる広さを持っていた。レインは入り口付近で落ち葉や枯れ枝を集めている。しとしとと雨音が響く。
「墜落した後、私とハオランで、ストームとリヴェンを担いで避難したの。」
「ごめん。僕、気絶してて…。リヴェンは?」
レインが顎をしゃくる。見ると、洞窟の奥の方にリヴェンが横たわっていた。額と足に布を巻かれている。額の布は赤く染まり、足には添木がしてあった。
隣でハオランが小さくなったドラゴンの手当をしている。
「軽傷は治したのだけれど、もう魔力が残っていなくて。…でも、ドラゴンの傷なら治せるかもしれない。」
レインが言うと、ハオランが顔を上げた。
「本当か?頼んでもいいか。」
レインが頷き、腰を上げる。彼女がドラゴンに触れようとした瞬間、ドラゴンが彼女の手を噛んだ。ハオランが慌てて引きはがす。
「すまない!こら、噛んじゃだめだろ」
ドラゴンは唸りながらレインを睨んでいる。治癒を拒否しているのだ。レインは噛まれた手をさすり、ドラゴンを見つめた。初めて見る、恐ろしく冷たい目。
ハオランがドラゴンの翼の付け根に布を巻きながら言う。
「治癒を遅らせる呪いをかけられたらしい。__ユエは飛べるようになるまで一週間くらいかかりそうだ。」
ドラゴンの名前はユエというのか。僕が運んでくれたことのお礼を言おうとすると、リヴェンが
「そんなにかかるのかよ…。」
と呟いた。ハオランがリヴェンを睨みつける。
「今、何て言った?」
リヴェンはのっそり上体を起こしてユエを指さし、責めるように言った。
「時間がかかりすぎだって言ったんだ。こんなとこで一週間も野営できるかよ。外ではまだあのゴブリンたちが見張ってるんだぞ。ここだっていつバレるか…。」
「だからってその言い方はないだろ」
ハオランが言い返す。僕は何も口を出せなかった。リヴェンにとやかく言える資格はない。
「じゃあ、どうしろってんだよ!」
リヴェンが叫ぶ。頬がリンゴのように上気している。熱があるんだ。
「だいたい、そのドラゴンが墜落したせいで俺らは怪我したんだ。墜落さえしなけりゃ、今頃どこかの宿にでも泊まれてたかも知らないのに。」
ハオランがリヴェンの胸ぐらに掴みかかる。
「なら、そもそもお前が俺たちと一緒に来なけりゃよかったって話だろ!ユエが気に食わないなら、ここを出て自分でどこかへ行ったらどうだ?…まあ、その足じゃ無理そうだけどな。」
取っ組み合いの喧嘩が始まりそうになる。レインと二人で間に入る。
「今は仲たがいをしてる場合じゃないわ。とにかく、これからどうするか落ち着いて考えましょう。」
レインが静かに言うと、ハオランは「悪かった。」と呟き、リヴェンは訝しがるように目を細め、今度はレインを見た。
「レイン、あの時なぜガーゴイルを射た?あっちはお辞儀までしていたんだぜ。俺たちが何もしなけりゃ、戦闘にならなかったんじゃないのか?」
視線がレインに集中する。
「…善い悪魔なんていないわ。どっちみち戦いになっていた筈よ。」
目をそらして言う。
リヴェンは最後に僕を見据えて、口を開けた。言葉は出てこない。そのまま口角を歪めて、笑っているのか怒っているのかよくわからない表情をする。
全員が黙りこくり、雨音だけが響く。レインが再び口を開いた。
「それより、これからのことを考えましょう」
リヴェンは眉根を寄せてレインを見てから、諦めたように背中を向けて身を横たえた。
レインが薪に火をつける。…洞窟の中で焚火をしても大丈夫なのか?
よく見ると、洞窟の岩肌は薄い赤色の膜で覆われていた。ところどころにお札のようなものが張り付いている。
ハオランが口を開く。
「防護膜を張ったんだ。音や煙を吸収してくれるから、あいつらにはしばらくバレないと思う。」
僕は感心してお札に魅入った。手のひらサイズの頑丈な紙に、見たことのない複雑な文字がびっしりと書いてある。
レインが焚火の側に座って口を開いた。
「今、私たちが選べる選択肢は二つよ。」
人差し指を指を立てる。
「一つは、このままここに留まって、ドラゴンの回復を待つ。もう一つは、歩いて近くの町へ避難する。」
ハオランが口を開く。
「これから奴らがどう出るかは分からないが、一週間後でも空を飛ぶのは危険だ。上は完全にガーゴイルたちに支配されちまってる。」
オニキスが洞窟を歩き回っている。
「なら、近くの町まで歩くしか…。けど、リヴェンはどうする?」
僕が言うと、ハオランが悪い笑みを浮かべて言った。
「置いてくしかないな」
レインが頷く。彼女は本気に見える。
「おい冗談じゃないぞ…」
リヴェンはさっきの口論で元気を使い切ったようだ。弱々しく反論する。
ハオランが口を開く。
「リヴェンが回復するまで、移動はできない。…この四人の中で治癒魔法を使えるのはレインだけだが_」
ハオランがレインを見る。
「魔力が戻ったら、リヴェンを治してやってくれないか。」
レインは僕をちらっと見て、ついでに僕の膝に陣取るオニキスを睨んでから言った。
「…一日休めば、移動できるくらいには治せると思うわ。」
「ありがとな。」
ハオランが礼を言う。まるでリヴェンの父親か兄貴みたいだ。リヴェンは相変わらずそっぽを向いている。
「出発はリヴェンが回復してからだ。問題は、どこに向かうかだが__」
「それなら」
僕が一番ここらの地理に詳しい。なんせ、生まれてこのかたずっとここにいたから。近くの森は庭みたいなものだ。
「一番近くは僕が捕まってた、ベニトだけど…。」
__断頭台。
泡を吹く人々の顔。
脳裏に焼き付いた記憶がフラッシュバックし、言葉に詰まる。僕の周りだけ酸素が薄い。
左手に、冷たい感触が伝う。とっさに手を引く。
レインがハッとして僕を見た。
「…ごめんなさい。」
握ろうとしてくれてたんだ。
「思い出さなくていいんだぜ」
オニキスが僕の左手を舐める。
僕はレインに申し訳なくなって、彼女の手を取った。
「僕こそごめん。傷つけるつもりはなかった。」
「分かってる。」
レインがフッと笑う。その顔を見て、オニキスの体温を感じる。そうしていると、段々呼吸がしやすくなっていった。
「…良い雰囲気のとこ申し訳ないが、どこへ向かうか決めないか。」
ハオランに言われ、顔が熱くなる。オニキスが口笛を吹く。茶化してるみたいだ。
「いてっ」
すかさずレインがオニキスの頭を小突いた。ハオランが口を開く。
「ストームの顔が割れてるから、ベニトへは行かない方がいい。屋敷に戻るのも無理そうだな。」
「…ごめん。」
僕が謝ると、ハオランは首を振った。
「すまないが、それは俺が許してやれることじゃない。…次に近いのはどこだ?」
…謝罪に別の意味が込められていたことが気づかれたらしい。
「それより先に決めることがあるんじゃないか?」
オニキスが口を挟む。
「何よ」
レインが怪訝そうに聞くと、オニキスは僕の膝から降りて隣に座りなおした。
「もっと先のことさ。旧王都の封印が解け、この国の主戦力が壊滅した今、お前たちはどう出るんだ?」
ハオランが口を開く。
「…俺は、現王都に行くのがいいと思う。国王に会って、この目で見たことを報告してから支持を仰ぐんだ。」
僕は同意しかけ、ためらった。ザイオンは国王とも面識がある。僕が王都に行けば、死刑執行の続きをされるかもしれない。
レインが僕の顔を見て頷く。
「ストームは国王に会わない方がいいわ。私とハオラン、リヴェンで済ませましょう」
ハオランも頷いた。
「…多分、俺の親父も来てる。報告の後は解散することになるかもな。」
「ハオランの父さんは現王都に住んでるの?」
聞くと、ハオランは首を傾げた。
「言ってなかったか?俺の親父はフォーイェンの国王だ。」
「そうか。」
うなずく。ハオランの父さんは国王なのか。
…国王?
……こくおう?
「国王!?」
僕の大声に、オニキスが飛び上がる。開いた口が塞がらない。
…待てよ、ハオランの父親が、いや、お父上が国王様なら、ハオランは。ハオラン様は…
「ハオランはフォーイェンの王子だ。知らなかったのか?」
リヴェンが周知の事実とでも言いたげにこっちを見る。
僕はレインを見た。仲間が欲しかったのだ。けど、レインも何も驚いていない。
…どうやら、知らなかったのは僕だけだったらしい。
「す、すみませんでしたハオラン、様。今までのご無礼をお許しください…。」
僕はおでこをつけて土下座した。ハオランが笑う。
「別にご無礼されてないぜ?楽しいからそれでいいじゃないか。」
…流石王子。器のデカさが違う。
そうか、そうだったのか。王子か…。そうと分かると、ハオランが一気に別世界の住人のように見えてくる。僕の器は小さすぎるようだ。
「ここから現王都へ行くには、旧王都を迂回する必要があるな。」
オニキスが言う。悪魔のくせに、なんでこんなに詳しいんだ?
『だてに長生きしてないもんでね』
オニキスの声。口は動いてない。頭の中に直接語りかけたみたいだ。
しもべって便利だな…。
『そういうのも全部筒抜けだからな?』
え、そうなのか…。
確かに、今までもオニキスが僕の考えを読んでいるように思えたことはあったけど、本当に読まれていたとは…。そう思うと、逆にヘンなことを想像してしまいそうになる。
「いっそ、フォーイェンに寄って親父と合流してから向かうのも__」
「まさか、フォーイェンに行くつもりか?」
リヴェンがハオランの言葉を遮り、すっとんきょうな声を上げて跳ね起きる。
「痛ってえ!」
骨折した足を覆うように背中を丸める。それでも彼の勢いは収まらない。
「冗談じゃない!あそこに行けば俺は…。どうなるか考えたくもない。俺は行かないぞ!」
青ざめて涙ぐむ。本気で嫌がっているみたいだ。
「その問題があるんだよなあ…」
ハオランが眉間に手をやる。
「何かあるの?」
聞くと、ハオランは顔を曇らせた。
「俺の大親父とハオランの両親の間に、因縁があるんだよ。」
「ぐあーー。聞きたくもない!大体、なんで子供の俺まで…」
リヴェンが一人でぶつくさと言っている。それを見たハオランは苦笑して続けた。
「…俺は国に入るくらいなら許してくれると思うんだけど__」
「いや。ハオランはあいつの本当の顔を見たことがないからそう言えるんだ。」
リヴェンが拗ねたように言う。
「あいつが僕に向ける目…。今でも夢に出てくる。俺が子供だとか、お前の知り合いだとか、そんな言い訳は通用しない。あの時は無事だったが今度会えば__。」
リヴェンは言葉を濁し、下を向いた。
「とにかく、俺はフェーイェンに行くつもりはない。」
「…私も賛成よ。今別の問題に時間を割く暇はない。直接王都へ行きましょう。」
レインが珍しくリヴェンを肯定する。ハオランは頷いた。
「まあ、今は一刻も早く王都へ早く到着することが先決だな。…そうと決まると腹が減ってきたな。」
それを聞き、あることに気づいて背筋が凍る。三日前のピザから、何も食べていないのだ。飲んでもない。それなのに、平気だ。
…人間じゃないみたいだ。こんなの、気づかれたくない。
「ストーム、顔色が悪いわ。大丈夫?」
レインが心配そうに僕の顔を見る。僕は笑おうと口角をつりあげて話を逸らした。
「食べ物はどうする?」
ハオランが腰を上げる。
「外で獲るしかないな。ストーム、一緒に来るか?」
狩りの経験がないなんて泣き言を言っている暇は無さそうだ。僕はうなずいてハオランに続いた。
「見つからないよう、気を付けて。」
レインが僕の手を握る。透き通った緑色の目に吸い込まれる。
…キスでもしてやろうか。
『お盛んだこと!』
オニキスが僕の肩に飛び乗る。
「行こうぜ。腹が減って敵わねえ」
ハオランが入り口のところで声をかける。僕はレインに頷き、内心びくつきながら洞窟の外へ出た。




