すべてを愛でる人
今日もスピーカーからはTM NETWORKが流れている。
「COME ON EVERYBODY」
ジェラピケのピンクと白の2ボーダードレス。
かつらはミルクティーベージュの三つ編みおさげ。
ほんとは黒髪に憧れてんのよ。
でも黒にしたら、ただの町内会の副会長になるのよ、あたし。
エプロンしたら、給食のおばちゃんよ。
「はい、今日はカレーだよ〜」って帽子までかぶりたくなるの。
ふう。
今夜はお客はこなそうね。
あたしはカウンターに背を向けて、グラスの棚を整理し始める。
「きっと、今夜ここであえるさ~」
軽快に口ずさみながら、丁寧にグラスを並べる。
ふと、人の気配がする。
振り向くと一人の女が座っていた。
少し頬がぽっちゃりして、かわいらしい。
でも、体から滲み出るような、ただよう品。
胸元まで伸びた漆黒の髪。
きりりとした眉に、二重の瞳。
少し厚みのある唇。
白い肌に白いワンピース。
その表情は、少女のようなあどけなさを残す。
初めてのお客の観察。
でも――
「あら、ごめんなさい、気が付かなくて」
女はにこりと笑うと。
「その、カルーア、ミルク? くださいますか?」
はにかみながら、カウンターの上で、そっと両手を組んだ。
あたしは、柿ピーの皿をその手元にスッと差し出す。
カルーアを作りながら、もう一度女を見る。
「……どこかで、お会いしたことあるかしら?」
「さあ……」
首をすくめて、はにかむ。
女は差し出されたグラスを両手で抱え、氷が「からん」と鳴るのを楽しそうに見つめている。
「氷がとけていくの、少し悲しいけど、少しうれしいですね。なくなるものがあるから、味が生まれるんだもの」
あたしはカウンターを拭きながら肩をすくめる。
「アンタね、うちの安い氷に詩情持たせないでよ。次から高級品出さなきゃいけなくなるじゃない」
女はくすっと笑って、柿ピーをひとつ。
「でも、これだって、ひとつひとつ違う形をしてる。みんなちがって、みんないい……」
「……でた、名言泥棒」
あたしは自分のグラスに、カルーアを注ぐ。
「けどまあ、そうね。違うから救われる夜もあるわよ」
女は少し首をかしげて、やさしい目でこちらを見つめる。
「ママは、だれに救われたいの?」
思わず手が止まり、店内に小さな沈黙が降りる――。
あらやだ。
あたしはその視線に一瞬たじろぎ、慌てて手元のグラスを磨く。
「救われたい?……あたしは救われるより、救う側でいたいのよ。カウンターに立つ人間ってのは、そういうもんでしょ」
女は首を振る。
「救う人も、救われる人ですよ。お花が咲いて、人が笑うと、花だって笑っているように見えるでしょう?」
「うわ、ずるいわね。そんな風に言われたら、あたしの毒舌も薄っぺらくなるじゃない」
わざと肩をすくめると、女は小さな子どもみたいに微笑んだ。
なんだろ、この人。
そう思いつつ、あたしは音楽を変える。
GLAY「春を愛する人」
「でも、ママの毒舌はお花のとげみたい。とげがあるから、簡単には踏みつけられない。だから、本当はやさしいんだと思います」
……カウンター越しにそんなことをまっすぐ言われたら、
ジェラピケの毛糸がやけに熱をもって、顔まで火照ってしまうじゃない。
「――あーあ。やめてよね、人に褒められるなんて、柄じゃないわ。あたし、今夜はきっと眠れないわよ」
「眠れなくても、夢は見られますよ」
氷の溶けかけたグラスを掲げながら、女は小さな声で付け加えた。
「夢の中で、救われてください」
ボーカルのTERUの声が、やけに透きとおって聞こえた。
なんか、あたしが癒されてるんだけど。
まあ、そんな夜もありかもね。
あたしはため息をひとつ、わざと大きく吐いて――
新しいカルーアをそっとコースターに置く。
女はグラスの中の氷を、また指先で追いかけるように眺めていた。
「小さいころ、海の水に手をひたして、貝がらを並べるのが好きだったんです」
「へえ、ロマンチックな遊びね。あたしなんて、海行ったらスイカ割りで棒振り回すのが関の山よ」
あたしはわざと棒構えて振り下ろす仕草をする。
女はくすっと笑って、柿ピーをもう一粒。
ポリッと砕いた音にさらに楽しそうに笑う。
あたしの音はぼりぼり。
「でも、どんな貝がらも、全部きれいに見えました。小さくても、かけてても」
「アンタ、なんでも大事に見えちゃう性分なんじゃない? そんな風に見てたら、世の中ゴミひとつ捨てられないわよ」
女は少し首をかしげて、氷の透けるグラス越しに光を見上げる。
「そうですね……でも、子どもって、そうやって世界を見てるんだと思うんです。どんなものにも、理由があって、生きてる」
「――子ども、ね」
あたしはふっとグラスを置く。
「うちの店、子どもなんて入れたら大変よ。柿ピーで遊ぶわ、カルーアは甘いからって飲み干すわ」
「ふふ。……でも、子どもが世界を見つめてる眼差しって、大人が忘れてしまうものじゃないですか?」
カウンターの上に、静かな余韻が落ちた。
「いま、見えているものが全てではありませんでしょ?見えなくてもそこにあるんですから」
――どこか、懐かしい声。
まるで昔に読んだ一篇の詩が、形を持って語りかけてきているようで。
「そうね、ありがとう」
「うふふ、ありがとう」
あたしがグラスを掲げると、女もかかげる。
微笑み合った後、二人でグラスをあおった。
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