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北風の夜のともし火

今日もスピーカーからはTM NETWORKが流れている。

「STILL LOVE HER(失われた風景)」

今日はお客じゃなくてお手紙が来たのよ。

さっき、郵便受けに入っていたの。

どーして、ここの住所を知っているのかしら?

まっ、いいか。

空や海のような淡い水色の封筒。

かわいらしい丸みを帯びた文字で宛名が書いてある。

「ママさんへ」

便箋からほのかに匂う、爽やかなレモンの香り。

ふーん。

珍しいわね、香りを付けるなんて。

市販じゃないわよこれは。

ポプリでも使ったのね、きっと。


「拝啓 ジェラピケのママさんへ

私は高校二年生の茜といいます。

未成年なのでお店に行くことが出来ないので、

手紙をしたためました。

ありきたりの悩みなのですが、

私には好きな男の子がいます。

太郎くん(仮名)。

彼はサッカー部で、二年生にもかかわらず、

レギュラーで活躍しています。

サッカー上手で、爽やかで、

優しくて、かっこいいです。

そんな彼はモテるんです。

彼女はいないみたいだけど、

彼に好意を抱いている女子は多いみたい。

私はきれいでも、かわいくもないから、

マネージャーとして傍にいられるだけでも、

十分、幸せなんですけど……。

彼、家の事情で来月転校してしまうのです。

振られるって分かっていても、

好きという気持ちは伝えたほうがいいのでしょうか?」


というお便りを頂きました。

はい。

おかしいわね?

いつから、そんなコーナーはじめたかしら?

でも、いいわね、青春……って感じ。

じゃあ、音楽を変えて。

THE ALFEE「木枯しに抱かれて…」

これって、あたし返事書かないといけない感じよね。

オフホワイトのジェラピケの袖をたくし上げ、カツラのソバージュを払って丸椅子に腰かけた。

どうして、言う前から振られるって決めちゃうのかしら?

もうちょっと。

あたしはため息一つ。

払っても、払っても、前に出てくる、このアッシュベージュのソバージュ。

ほんと、出しゃばりなんだから。

あたしはその毛先を摘まむ。

青春はピカピカに輝いてるのに、どう見ても体育館のモップ色。

いいわよ、あたしが磨いてあげるわよ。

ソバージュはもう好きにさせて、あたしは柿ピーを一摘まみ。

――でもさ、この子。

彼の傍にいるなら、彼のことを少なくとも他の女子よりは知ってるはずよね。

ここはアドバンテージになるんじゃない。

「言いなさい。言わないでいつまでも想いを延長戦に引きずるよりも、そこでケリをつけなさい」

あら。

あたしながら上手いわね。

サッカー部だけにケリをって。

にやり。

けどさ、この子気配りできる子よ。

あたしは便箋を手に持ち息を吸う。

レモンの香り。

素敵。

いい子じゃない。

彼もきっとこの子のことを気にはしてるんじゃないの。

まあ、妄想ですけど。

封筒を裏返すと、住所が書いてない。

あらやだ。

どーすんの?

これ。

しかも、表にもここの住所書いてないじゃない。

直接、郵便受けに入れたってことよ。

あたしは、ふーっと前髪に息を吹きかける。


微かに、店の外に人の気配。

あたしは席を立ち入口の扉をそっと開ける。

ひやりとした空気が足元を滑っていく。

そこには、制服姿の女の子が鞄を抱え、壁に寄りかかり、空を仰いでいた。

内側にカールしたボブ。

長いまつ毛が、小さなため息の度に出来る白い息に揺れていた。

彼女はあたしに気付くことなく。

夜の帳に包まれた建物の合間、わずかにのぞく星空を見つめている。

路地を抜ける風が、電線を震わせ、かさかさと落ち葉をさらう。

あたしは、そっと隣に並んで、同じ様に空を仰ぐ。

「茜ちゃん、好きなら言っちゃいな」

視線があたしを見ているのは分かったけど、そのまま続ける。

「想いをね残すとやっかいよ。いつまでも糊のようにベトベトと心に居座るからね」

「でも……」

「傷ついたら、また手紙書いてここに入れなさい」

「……」

「ああ、でも住所は書いてよね」

あたしは、ポケットに忍ばせた柿ピーの小袋を、彼女の顔の前に出した。

「お腹空いたでしょ?あげる」

彼女は両手で包み込むように、それを受け取る。

「あんたかわいいし、気配りできる子よ、だから頑張れ」

コクリと頷く。

「ありがとうございます。ママさん」

小さくお辞儀をして、上げた顔にはえくぼが二つ浮かんでいた。

かすかに、レモンの香りが滲んでいるかのように。

「でさ? どうしてあたしに手紙を書こうと思ったの?」

「それは……」

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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