旅人の行方
今日もスピーカーからはTM NETWORKが流れている。
「DIVE INTO YOUR BODY」
そして、今夜もこのひなびたバーに、ジャックとカルーアしか置いてないカウンターに、また客が転がり込んできた。
今日は男女のカップル一組。
彼氏は見るからに真面目そうな感じ。
ネイビーのジャケットに白いシャツ、革靴はきちんと磨かれている。
左手首には、少しベルトが擦れたシルバーの腕時計。
ハーフアップの黒髪の彼女は可愛らしい感じ。
でも瞳の奥に、ほんの少し翳りがあるのを見逃さない。
くすみローズのワンピースにベージュのトレンチ。
足元はローヒールのパンプス。
そして左手首にも、彼と同じ型の腕時計が光っている。
──指輪はない。
ん?
彼氏はジャケットの左ポケットを気にしている。
まさかとは思うけど。
だって、場末のバーよ。
当の二人は、ジャックとカルーア、枝豆を前に、会話は弾まない。
声はオーダーを聞いた時以来、発していない。
「DIVE INTO YOUR BODY……」
サビがかかる。
あたしは両手で二人に指の銃口を突き付ける。
彼女はうつむき、彼氏は苦笑い。
カウンター内のあたしは、くすみラベンダーのモコモコワンピース。
もちろんジェラピケ。
カツラは、深いキャラメルブラウンのフィッシュボーン。
ぱたん、ぱたんと頭を動かすたびに背中に当たる。
ビートに合わせ一人踊る。
「ラララ、ラララ、ララララ~」
ダメね、この二人。
逆にこっちに注目し出したわ。
あたしは、二人にウインクをして、踊りを中断する。
そして、自分の分のジャックを作る振りをしながら、音楽を変える。
「Voyage」浜崎あゆみ。
彼女の肩が僅かに揺れた。
「あら、あなた知ってるの?」
あたしはすかさず声をかけた。
彼女はこくんと頷き、彼氏の方を見る。
「あの時も、この曲流れてたな」
彼氏の声に、彼女は小さく微笑んだ。
その表情には、やすらぎが滲む。
「思い出の曲なのかしら?」
「高校時代、付き合おうって言ってくれた時に流れていた曲でした」
彼女はチラッと彼氏を見てカルーアのグラスに両手をそっと添えた。
「偶然ですね」
ジャックを流し込んだ彼氏。
おっ。
もう一押しかしら。
「運命かもね」
あたしの言葉に二人の視線が集まる。
「世の中に偶然はないのよ。全て必然。あなたたちがここに来たのも、この曲がかかったのもね」
ポカーンと口を開けている彼女。
目を伏せて口を結んだ彼氏。
あたしはコースターを二枚、カウンターの真ん中で少し重ねた。
その上に、柿ピーで小さな輪っかを作る。
即席リング。
「本日の限定メニュー、ピー・リング。……受け取る人は、手ぇ出して」
彼女が思わず笑う。
彼氏も、吹き出しそうなのを堪えている。
「Voyage だもの。船出には輪っかが要るでしょ」
グラスに氷をひとつ落として、音量をほんの少し下げる。
あたしは視線だけで彼氏の左ポケットを指した。
彼氏はわずかに息を吸い、ジャックを置く。
そして、ポケットから小さな箱を出した。
ベルトが擦れたお揃いの時計が、さっきより少しだけ明るく光る。
「……偶然じゃないって、思ったから。俺と、これからも一緒に、時間を進めてください」
彼女は一度、目をぎゅっと閉じて、ゆっくり開く。
カルーアのグラスを置く音が小さく響いた。
こくん。
彼氏が指輪をそっと彼女の薬指にはめる。
ぴたり――
音がした気がした。
そして、ピー・リングをみんなで摘まむ。
「おめでとう。……はい、儀式は完了」
手を叩いて二人を見比べる。
初々しい微笑みが、あたしを見つめ返す。
それを見て、手元で曲を一段、やわらかく熱があるものに繋ぐ。
椎名林檎「ギブス」。
今の二人の気持ちと、未来の二人をかっちり固めてやるのよ。
あたしは柿ピーをつまんで、二人の前にもうひと皿押しやる。
「うちはカード使えないから。お支払いは固定料金。柿ピー代は別ね」
二人、顔を見合わせて笑う。
彼女が誓いを受け止めた指先で新しい輪っかを作り、コースターの上にそっと重ねた。
店の空気が、すこしだけ甘くなる。
あたしは、新しいジャックとカルーアを二人の前に置く。
「これはお祝い。来年も、潰れてなかったら、遊びに来て。二人の写真、壁に貼っとくから」
あたしが差し出したグラスに、カチン、カチン。
彼女、彼氏の順番で。
カチン――。
そして見つめ合った二人のグラスが確かに重なった。
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