あら、そう。
今日もスピーカーからはTM NETWORKが流れている。
「Resistance」
開店と同時に入って来た青年。
三つある丸椅子の手前に座り、スマホに食いついている。
時にジャックを傾け。
時に枝豆をつまみ。
時に薄ら笑いを浮かべながら。
わざわざ店にまで来て見る必要あるのかしら?
家で飲んだらいいのにね。
しかも見ているのはニュースなのか動画なのか知らないけど。
世界がどうのこうのってスマホが喚いている。
寝不足気味なあたし。
カウンターの客に背を向けてあくびを一つ。
深紅の巻き髪の毛先で鼻をくすぐって遊ぶ。
別にヒマなのはいつものことだから問題ないのよ。
ただ、この手の客は意外と面倒なのよ。
「……またやってるよ。結局、人間って進歩しないのかな」
青年は溜め息をついて、空のグラスを差し出した。
はいはい。
おかわり作りましょ。
「ママ、やっぱり戦争は良くないよね」
「まあ確かにそうね」
「そうでしょ? 結局、歩み寄りが足りないんだよ。どれだけ武器を揃えたって、最後はテーブルについて握手しなきゃ終わらないんだから。最初からそうすればいい。話せばわかるんですよ、人間なんだから」
突き立てた人差し指をあたしに向ける。
「ふーん。そうなの」
営業スマイル全開でお応えするあたし。
「ええ、僕は大概話し合いで解決してきましたから。サークルの揉め事だって、バイト先のトラブルだって、誠実に話せば大抵の人は理解してくれた。結局、言葉を尽くすのが一番の近道なんです」
腕を組みながら口を真一文字に結ぶ青年。
あたしは、おかわりのジャックで満たしたグラスをそっと置く。
「じゃあ、今すぐ荷物をまとめて、その戦地に行って話し合ってきなさいよ」
「は……?」
顔を突き出して首を捻る青年。
「いや、戦争は良くないんでしょ? 今でも争ってるところはあるわよ。あなたの得意な『話し合い』で、その子たちの涙を止めてきたら?」
「それは僕の範疇の外の話だ」
青年はジャックを口にして顔をしかめた。
「は? 戦争は良くないのよね?」
「そうだけど?」
「自分が、関わらない戦争はどうでもいいの?」
「そういう訳じゃないけど、現実問題として無理でしょ。僕一人が行ったって、話を聞いてくれる保証もないし……」
「じゃあ、机上の空論じゃない。あっ、そうだ例えばここにナイフか銃を持った人間が来たとして、あなたなら話し合いで解決できるの?」
「ん? まあ、話せる相手なら」
「あら、あなたは話し合いで解決してきたのよね? 話せる相手じゃないとダメなの?」
「そりゃあそうでしょ。聞く耳持たない奴と会話できると思う?」
「ふーん。あんたさ、歴史を勉強しなさい。人間の歴史」
「は? そんなの知ってるよ」
「じゃあ、どんな歴史?」
「どんなって学校で習うでしょ」
首を傾げて枝豆を口に放り込む青年。
「人類の歴史は戦いの歴史なのよ。それ紛れもない事実。いい? 平和を願うのは当然のことかもしれないけど。話し合いで万事解決出来たら人は争わない。齟齬もない。差別もない。あんたさこの国が攻められたらどうするの?」
「は? そんなのもしもの話でしょ」
「その『もしも』で死ぬのが戦争なのよ。あんた、どうするの?」
あたしは青年を指さした。
青年は鼻根に皴を寄せ、小さく息を吐く。
「ママはどうするんだよ」
でしょうね。
質問返し。
どうして答えられない時は質問で返す子が増えたのかしら。
まあ、どうでもいいけど。
考えないのかしらね。
トン。
あたしはジャックのグラスを置く。
カラン。
氷が微かに揺れた。
「あたしは戦うわよ。役に立たなくても戦うわ。無駄死にと言われても。私の愛する人達がいるこの国を守るために」
「俺だって…………でも、それじゃ暴力の連鎖は止まらないだろ。 力で解決しても、また新しい恨みが生まれて、結局同じことの繰り返しだ。そんなの解決とは言えないよ」
「あら、お利口な意見ね。でもね、連鎖を止めるのは『話し合い』じゃない。連鎖を断ち切るほどの圧倒的な力か、それを飲み込む覚悟よ」
「……覚悟?」
「いい? 言葉があるから誤解が生まれるのよ。言葉を弄して解決できることは僅かなの。もっと言えば、言葉があるから人は『もっともらしい嘘』で自分を騙せるのよ。 誠意を見せれば伝わる? 笑わせないで。銃口を向けられた状態で語る誠意なんて、ただの命乞いよ」
「……」
「武力なき外交は外交じゃないの。背景に力があるから対等な交渉のテーブルに座れる。有利な交渉が出来るのよ、これが現実。あんたが信じている『話し合い』は、平和という安全圏の上でしか機能しない、ただの甘えなのよ」
「……」
「戦争は良くない。のかもしれない。でも争いで歴史を作ってきた私たち。その積み重ねの上に、今のあんたの平穏がある。それを理解しなさい。事実を誤認して、肥大した理想を語るのは、その平穏への冒涜よ」
「じゃあ、力が正義……」
「正義ではないけど、力があれば正義に出来る世の中よね」
「力か……個人で言ったら腕力か」
「そうね。ただ、やみくもにかざしてたらそこら辺のトンちくりんと一緒」
「どういう時に使う?」
「あなたが愛した人を守る時によ」
「戦争か?」
「あんた大袈裟ね。どんな時でも腕力と胆力があれば愛した女一人くらい守れるでしょ?」
吐息と共に肩を落とした青年。
カラン。
氷が揺れて。
グラスを手に取った青年は一気にあおる。
「ふうー。なんで、こんなはなしになったんだっけ」
あたしを見つめる瞳に微かな揺れが混じっていた。
「あんたが日和見坊ちゃまだからよ」
「そっか……」
青年は手で顔を覆い洗うように上下させた。
肩で息を一つ落として。
「ところでさ、ママ、たんりょくってなに?」
あたしはずっこけてシンクの角に肘をぶつけた。
その間隙を縫って曲を変える。
本田美奈子の「One Way Generation」。
「大丈夫ですか?」
「ええ、おかげで目が覚めたわ」
「は?」
微笑みながらウインクを飛ばす。
青年の片頬がピクついた。
「そうね、胆力はね……怖いまま立ってる力よ」
「……なにそれ?」
「震えても、逃げてもいい。でもどうしようも無くなった時。理不尽な現実や、自分の弱さに、最後まで抗い続ける力。あんたみたいな『話せばわかる』なんて綺麗な教科書を、自分の手で手放す勇気のことよ」
「……難しいな」
首を捻る青年。
あらやだ。
あたしも言葉を弄してるじゃない。
「鵜吞みにしないで、たぶんだから」
「は?」
「言葉で理解するよりもっと大事なことがあるって、あたしのお婆ちゃんが言ってたわ」
「ん……?」
顔を突き出す青年に、あたしはもう一度ウインクを投げた。
お読み頂きありがとうございます_(._.)_。
感想やご意見ありましたら、お気軽にコメントしてください。
また、どこかいいなと感じて頂けたら評価をポチッと押して頂けると、励みになり幸いです。




