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私らしくあるために

今日もスピーカーからはTM NETWORKが流れている。

「Self Control (方舟に曳かれて)」

曲が中盤に差しかかった頃、今日もこのひなびたバーに、ジャックとカルーアしか置いてないカウンターに、またひとり転がり込んできた。

「ママ、こんばんは」

「あら、あんたまた来たの。こないだ来たばかりじゃない」

入って来たのは常連のちひろ。

近くのトキワとかいうズレたマスターの喫茶店の常連でもある彼女。

しらんけど。

うわ、やだわ……しらんけどって、あいつの口癖。

彼女は心が揺らいだ時やってくる。

少女のような純粋さで、真っ直ぐすぎるくらいに歩く子。

こないだ来たとき、好きなこと。

そう、小説を書くこともままならないと愚痴をこぼしていた。

いつものように、三つある丸椅子の真ん中に陣取り、両手で頬杖をつく。

「ふうー」

口を尖らせため息一つ。

ここまでは、毎度おなじみ。

あたしは、カルーアのグラスを差し出す。

隣に柿ピーの皿も。


そして、さりげなく曲を変える。

「Just time girl」KATSUMI。

ちひろはリズムに合わせてグラスの縁で指を跳ねさせる。

「ママ、時間がないの」

「だったら、こんなとこ来てないでやりたいことしなさいよ」

あたしは柿ピーを頬張る。

ちひろはカルーアに口をつけると、吐息交じりに笑う。

「ママ、スタイルいいよね?今日のジェラピケも似合ってる」

まあ、あたしも褒められて悪い気はしないけど。

この子の場合は少し違う。

ちょっと自信を無くしている。

そんな時でも人に優しくできてしまう。

「いいでしょ、このくすみピンクのショーパン」

「うん、かわいい。私も買おうかな」

「そうね、あんたも私の次に似合うんじゃない」

少し目尻を緩めるちひろ。

「それに今日のツインテールもかわいい。ラベンダーグレーって、落ち着いてるのに甘い感じする」

「ふふ、ありがと。でも、若い子がやれば“清楚”って言われるけど、あたしがやると“清掃員の後れ毛”って感じよ」

ちひろは、柿ピーを口にして、無理に笑おうとしている。

仕事も小説を書くことも、何もかも全力で当たり前に頑張れちゃう子。

なのに、すごく繊細でどこか、自分の心を置き去りにしてしまう子。

「あんたさ、完璧子なのよ」

「なに、それ」

「あんたは放っといても頑張っちゃうからね」

「そう、かな」

視線をカルーアに落とす。

両手でグラスを包み、ゴクゴクと飲み干す。

「ぷはー」

「はいどうぞ」

二杯目をコースターに乗せる。

あたしは柿ピーをひとつまみ。

「でも、何か力抜いちゃうと、ダメってみんなに思われそうで、自分もダメだって思っちゃう」

「思われたらいいじゃん、思っちゃってもいいじゃないの?」

「え?」

「その方が楽よ」

「だって……」

「あー、だってもへちまもないのよ」

あたしは柿ピーをわしづかみにして口の中に詰め込む。


しゅんとしてしまった、ちひろ。

そうだ、怒ったようにしちゃいけないんだったわ。

さりげなく曲が終わったんで、あたしは次のを流す。

Favorite Blue「truth of love」。

「ちひろ」

少し潤んだ上目遣いの瞳。

「ごめんね、怒ってんじゃないのよ」

コクリと頷く。

「あんたさ誰のために頑張ってるの?自分のためでしょ?」

肩を丸めて小さくなるちひろ。

「あんたみたいなのは、滑走路全力疾走しても頑張った気にならないのよ。だから、頑張らない日を作る」

「でも……」

「いいじゃない、あんたは十分頑張ってるんだから、すごいわよ。ほら口開けて」

柿ピーをぽいっと、ちひろの口に放り込む。

「それに、あんたが全力疾走してる滑走路、誰も見てないわよ。勝手に休んだってバレやしない」

ちひろはふっと笑った。

「ほら、笑えるじゃない。あらやだ、笑ったらかわいいじゃない」

ちひろはフフフと顎を突き出して笑う。

女は笑ってるのがいちばんね。

あ・た・し・も。

にやり。

「色んな事をさ頑張りすぎて、周囲を気にして、好きなものが嫌いにならない為にもね」

小さく頷いたちひろはカルーアを一口。

「あんた、今度書いた小説みせなさいな」

「えー。なんで?」

「おかしなことを言う子ね、読みたいからでしょーが」

「どうしようかな」

「あたしに勿体ぶってどーすんのよ、あんたの好きを見てみたいのよ」

あたしはピーだけをひとつまみ。

「いいよ、ちゃんと読んでくれるなら」

「読むわよ。ほら」

ピーを、ちひろの口にほおりこむ。

口元を押さえながらモグモグ。

そして、カルーアで流し込む。

だいぶほぐれたようね。

瞳の中に、輝きが戻って来た。


あたしも飲みたくなったのでジャックのロックを作る。

そしておかわりのカルーアも。

こっそり、手元を操作する。

お次は、槇原敬之「どんなときも」

「ママ、そう言えば気になってたんだけど」

ちひろはグラスを両手で挟んでコロコロと弄んでいる。

「なにが?」

「ここのミルク美味しいけど、どこの使ってるの?」

「知ってどうするの?」

「そりゃあ、買ってみようかなって」

「高いわよ」

「まあ、美味しいもんね」

ちひろはグラスを口元に運ぶ。

「しぼりたてよ、あたしの」

カルーアを吹き出すちひろ。

「ちょとー、あたしのジェラピケに飛んだじゃない……さいあくー」

「うそでしょ?」

「飛んだわよ、ほらここ」

ちひろの、右の鼻の穴から一筋の白い軌跡。

「あんた……鼻から出す派?」

目をひん剥き、両手を挙げて、びくっとしたちひろは、慌ててティッシュ。

初めて見たわ。

鼻から牛乳。

「ママ、違くて、しぼりたてって」

「え?ほんとよ……だから高いのよ」

柿ピーをつまんで、あたしはグラスを傾ける。

「ま、あんたは無理に安売りする必要ないけどね」

そう言うと、ちひろは、鼻をすすりながら笑う。

あんた、鼻水ミルク飲んだのね……今。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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