光を包む闇
*今回のお客は「ただ、君を見ていた。」に登場した人物です。
今、連載中の「好きだから。」にも今後登場します。
今日もスピーカーからはTM NETWORKが流れている。
「WILD HEAVEN」
寒いわね。
いい加減暖房買おうかしら?
もうすぐ展示会もあるし。
そうなのよ。
いつぞや店に来た、ライターの……
なんか侍みたいな名前の男がさ。
従妹が絵画のコンクールかなんかで賞取ったから、うちの店で個展開かせてくれって。
でもなんだか、それだけじゃなくて。
あたしも、よくわかんないんだけど。
従妹だけじゃなくて、何人か他の人も参加するんですって。
何でここなのよって想うけど。
まあ、お金は貰っちゃったしね。
あたしは、真っ白のおかっぱ頭を撫でる。
ガチャ。
「いらっしゃい」
「こんばんは~」
今夜もジャックとカルーアしかない場末のバーに一人の女が迷い込んできた。
アシンメトリーのショーボブ。
物憂げな瞳。
ベージュのトレンチコート。
裾から伸びる足にはロングブーツ。
「ママ。カルーア」
そう言いながら女は丸椅子の一番奥に腰を下ろした。
あたしは枝豆の皿を女の前に置く。
髪を耳にかけ、片手で頬杖をついた女。
指先で摘まんだ枝豆を顔の前で向きを変えながら眺めている。
「君は私に食べられて、幸せなのかな?」
ひょいっと口に入れてもぐもぐ。
女はお酒を作る、あたしの挙動が珍しいのか。
はたまた、物珍しいママを観察しているのか。
見惚れているのか。
は――
ないか。
「ママはあれですね、ブラックホールみたい」
「あたしが?」
そっとカルーアのグラスを置く。
女はグラスの縁をゆっくりと撫でる。
「失礼だったらごめんなさい」
「いや、そんなのどうでもいいわよ。ここはバーなのよ。で、どういう意味なのかしらブラックホールって?」
あたしを見て、女は艶のある唇の端を上げた。
「ママは人のすべてを自分の中に吸い込んで。否定も肯定もしない。ただそこにあって。でも、一点の光に収束していく」
「はあ」
あらやだ、哲学者かなにか?
でも面白そうな女ね。
まだ若いのに。
大学生くらいかしら?
小首を傾げた女。
微笑みを返すあたし。
「でも、そんなママの心にあるのは虚無。漆黒の闇。だから冷たいけど。あったかい」
「ふーん。あなた何者?」
「私は、ただの美大生ですよ」
女はカルーアを一口。
グラスに着いた口紅の跡をそっと指で拭う。
なるほど。
この女の独特な感性って訳ね。
あたしは、手元を操作して曲を変える。
中森明菜『難破船』
「でもそれって、あんたも同じじゃない?」
「ハハハ、さすがママですね。バレちゃいました」
枝豆を頬張る女。
「あんた、もがいてるのね」
肩をすくめ、グラスをあおる女。
きっとこの女には闇がある。
闇にのまれそうだから。
人の光を見つけて、そこにすがってる。
そうしなきゃ壊れてしまうのよ。
見出した人の光が、微かに残る自分の中のあたたかさを照らしてくれるのよ。
生きてていいんだ。
ってね。
「私は絵があるから、まだましかも。冷たくなっちゃったけど。そんな絵でも心を震わせてくれる人がいたりする」
「そっか……」
「その温かな光を持った人達と触れ合うことで。生きながらえているの。ママはちょっと違うかも」
「かもね」
あたしがウインクをすると。
女も真似をする。
妙に艶っぽい。
「でも、その光を持った人間が、時に闇を産むの……」
唇を噛んで、首を傾げた女。
いいのよ。
迷って。
口に出してもいいし。
封じ込めてもいい。
どっちにしたって、自分を救うのは自分だけ。
「今年の夏ね、高校の頃から付き合ってた彼が交通事故で旅立ったの。青信号を渡ってて。不注意運転だよ」
「そう……憎いよね」
「ええ、私は絶対許さないかな~」
両手を挙げて伸びをする女。
「許すのがこころの広さとか~、前を向く~。とかきれいごと言うけど。それは痛みを知らない人が言うセリフ。それに仮に痛みを知っている人が言うにはどれほどの苦しみがあるか分かってない」
つまんだ枝豆を見つめて口の運ぶ女。
「そうね」
「死んだ人は生き返らない。でも殺した人は生きている。この不条理を私はゆるすことはないよ」
「いいんじゃない。それで」
「ふふ、わかってくれる人がいると心強いね」
カウンターに肘をついた女。
ピースサインをした両手の指を曲げ伸ばしする。
「そりゃあ。ね、孤独よりはいくばくか、ただ心底理解しあえる人はそうはいない。けどね」
あたしはジャックをあおる。
「うんうん。同感。でも、それでいい。ママと袖が触れただけでも面白いから」
「そう、面白いのが一番」
柿ピーを頬張るあたし。
「今は、まだ届けることがあるから頑張れる」
グラスを両手を包み込んで微笑む女。
その瞳に――
ほんの刹那。
無が宿った。
あたしはこの女が復讐をするような気がした。
気がしただけ。
気持ちは分かるわ。
世の中都合がいいのよ。
命は大切だと言いながら。
人を殺しても生きている。
生きている人間の人権だ未来だという。
奪われた命はどこへいくのかしら。
女がグラスの中の氷を指で回している。
口を尖らせて、年相応なかわいらしさを醸し出している。
まあ、この世に生きてることが必ずしもいいこととは限らないけど。
亡くなった人間と、生きている加害者との間には、埋めようのない断絶がある。
それは自明の理。
憎しみを抱き続けることが「愚か」?
憎しみの連鎖?
だから何だというの。
じゃあ、やったもん勝ち?
「死んだ人はそんなの望まない」なんて、誰が聞いたのよ。
イタコでも呼んだのかしら。
死者は喋らない。
それをいいことに、生きてる人間が自分たちの都合のいい物語を死者に被せているだけ。
色んな価値があったっていいと思わない?
過激だけど、罰を受ける覚悟あるのなら。
「また、おいで」
「ええ。ここの展示会に私も作品出しますからみて下さい」
「あら。そうなんだ。楽しみにしとく」
おかわりのカルーアを差し出して、あたしは自分のジャックのグラスを掲げる。
女も手に取った白い液体のグラスを顔の前にかざした。
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