もっと
今日もスピーカーからはTM NETWORKが流れている。
「I am」
さすがに暖房のないこの店では寒いからアプリコットピンクのダウンジャケット羽織ったわ。
カツラはパープルのお尻まである超ロングストレート。
顎が上がるのよ。
うしろに重くて。
ピンクにパープルで目が痛い?
あらやだ、私には見えないの。
分かってるわよ。
私のが痛いってことくらい……
え?
一ヵ月以上も開店してないじゃないかって?
何を言ってるのかしら?
まだクリスマスから二日しか経ってないわよ。
はい。
外は雨。
午後から降り出した雨は止むことなく、時に店の小さな窓ガラスにパラパラと音を立てている。
ガオー、グオー。
風が怪獣の叫び声のように、戦場の鬨の声のように、店の前の路地を行き交っている。
こういう日は自然と客足は遠のく。
こんな天候の時にわざわざ場末のバーに来る客なんていないもの。
閃光が走り――
バリバリバリっとけたたましい雷鳴が轟く。
あたしは咄嗟におへそを隠す。
小さい頃からのクセ。
音楽のリズムに乗りながら、店仕舞いしようと棚を整理していたあたし。
「おい、酒と塩を」
突然背後からバリトンボイスが響く。
ビクッとして振り返る。
口髭を蓄えた男が三つある丸椅子の一番奥に座っていた。
黒の中折れ帽子かぶり、堀の深い目鼻立ち。
照明のオレンジに染まり柔らかい瞳。
その奥底には鋭さを隠している。
チャコールグレーの仕立てのいいスーツに身を包み、ノーネクタイのワイシャツもどこかのオーダーメイドなのか襟元に特徴がある。
何者?
曲者?
たまにあるのよ、あたしが気配に気がつかないお客。
「いらっしゃい、塩はないけど、塩味の効いたこれで我慢して」
あたしは枝豆の皿を男の前に出す。
そして、ジャックをグラスに注ぐ。
「ふむ、豆はいい」
男はむしゃむしゃと枝豆を頬張る。
その皿の脇に琥珀色に満たされたグラスをそっと差し出した。
満足気な笑みを浮かべた男は、グラスをこちらに掲げてゴクッ、ゴクッと喉を鳴らし一気に飲み干した。
あたしは飲みかけの自分のグラスを置いて、そそくさとおかわりを作る。
男は枝豆をむしゃむしゃ。
なんかさっきのデジャブを見ているよう。
「女、人は神になれると思うか?」
男は視線を合わせるでもなく語りかけてきた。
「なによ、いきなり、しかも女呼びって。あんたこういう店ではママって呼ぶのよ」
「ふむ、そうか、では、ママとやら、人は神になれると思うか?」
意図を量りかねる問い。
まあ、こういう時は流れに任せてみるのも一つの手。
「どういう定義にもよるんじゃないかしら? 神様がいるとしても、それが人の形をしたものなのか? 森羅万象の様な自然の理をそう捉えるのか?」
「なるほど。寺社仏閣に祀られているほとんどは人だな。その教えから派生した神や仏を崇めている訳だからな」
「それで言ったら、人は神になれるんじゃない? 今でもお参りして御利益にあやかろうとする人がいるからね」
「そうか、なれるのか」
「ただ、生きている間には難しいんじゃない? たいがいの神様になった人は亡くなってから拝まれてるわよ」
トン。
コースターの上に二杯目のジャックを置く。
男はすぐさま手に取り、口をつけ顔をしかめた。
途切れた音楽を流す。
B'z「love me, I love you」
「人を殺めても神になれるか? ママとやら」
「まあ、大概の英雄、神として崇められている人の多かれ少なかれ、それはあるわよ」
「人は神に救いを求めるのに、その神は人を殺めている。いかにも人は矛盾を孕んだ生き物よな」
「だから、面白いのよ」
あたしがグラスを掲げると、男もそれに合わせててジャックをあおる。
「あんたは神になりたいの?」
「そういう時期もあった。傲慢だったのかもしれないな」
自身のその心境を嘲笑うかのような物言い。
宗教家かしら?
三杯目のジャックを差し出した途端に。
まるで水のように飲む男。
「ふーん。どうして神になりたかったの?」
「それは容易い。人々を救いたかったからだ。この願いさえ傲慢であるがな」
「でもさ、神様になって人を救うことって出来るのかしら?」
「そうか? 祈りや願いの力が強ければ神は応えてくれる」
あたしは二つのグラスにジャックを注いで、男の目の前に並べた。
男は片手だけで拝み、小さく頭を下げた。
「それって人間の力じゃない? 祈りも願いも人が発したものでしょ?」
「その理屈で言えば、人は既に神ということになるではないか?」
あたしは枝豆をパクリ。
面白いじゃない。
男も枝豆を食べている。
すでに……五つの皿が重ねられている。
「そうしたらそうなのかも。飽くまでも象徴として神様って奉られているだけで、そもそも一人一人が神様ならば、世の中面白い」
「世の万人が神様か。でも神は公平であろう。人間が欲を捨てられなければ欲に塗れた世になってしまうのではないか?」
「あら、あんたに欲はないの?」
男は大きく頷いて。
まるで幼子のように、にんまりと笑う。
「まったくない訳ではない。食べたい、眠たい……飲みたい」
「ほら見なさい。欲を消し去るなんて無理なのよ」
「たしかに、酒がなければ現世の喜び楽しみがないに等しい」
また喉を鳴らして琥珀を流し込む。
はい。
酒豪。
しかし、いい飲みっぷり。
あたしは、また同じものを二つ用意した。
そして手元を操作し音をつなぐ。
「WINDY ROAD」MULTI MAX。
「あんた、お酒好きそうだもんね」
「そうか、分かるか」
ニタっと片頬あげてグラスを傾ける男。
「お酒のつまみに塩なんて、酒豪でしょうに」
「まあな、今の世は平穏か?」
「まあ、それも意味合いによるけど」
「ほう、面白い伺おう」
カラン。
男が置いたからのグラスの氷が鳴いた。
「日本だけに限って言えば、俗に言う戦争なんて縁遠いから平和なんじゃない」
「ふむ」
「ただ、あたしが思うによ、物理的な争いがない分、精神的な争いは増えたんじゃないかしら」
「正々堂々向き合うことがない訳か」
「そもそも、人と向き合う手段が増えたことで関係性が希薄な所が原因かもね、いじめでさえ多様化してしまって」
「いじめか。強きものは弱きものを助けるから強者と呼ばれる」
「そうかもしれないけど、強いとか弱いとかというのでさえ差別と取る向きもある。何事にも白黒つけたがるのかもしれない」
「戦と同じか。戦の形が変わったということか」
眉間に皺をよせ、首を捻り枝豆を口に運ぶ男。
「戦なんて言うと大げさかもしれないけど。ある意味そうかもね。昔の戦は相手が見えた。白黒つけるための戦だった。今の争いは、相手が見えない、曖昧な色のまま延々と続く。誰も英雄になれないし、誰も救われない」
「なるほどな、内なる戦いか。煩悩を追い出すようなものだろうか?」
「たしかに、孤独に思い悩む人は増えているのかもね。本来しなくていいことなのに」
「内なる自分を見つめ直すのは、それこそ神の道ではないのか?」
「んー。どうかしら? 健全な心身であれば意味を成すけど。どれか一つでもかけていたら。ただの苦痛よ」
「そうか。義がない世か」
宙を見据えた男は、顎髭を撫でる。
「義なんてものは、時代によって変わる飾りみたいなもの。でも、人を救いたい、孤独を埋めたいという欲は、いつの時代も変わらないのかもね」
「さしずめ、その派手な色も、敵から自分を守る鎧か」
あたしは咄嗟に腕を抱く。
「あらやだ、これは鎧じゃなくて防寒着よ。寒さから身を守る生存欲よ」
ウインクを一つ。
「はーはっは」
豪快な声で笑う男。
枝豆を手に取り顔の前でかざしている。
「ママとやら、この塩加減、悪くない。……昔、塩で救われた者がいた。あるいは、塩で救った者がいた」
「誰かに手を差し伸べる勇気と、受け入れる勇気があれば、救い救われる」
「その両者は……」
「神と呼んでもいいんじゃない?」
薄っすら口角を上げた男は。
カラ、カラン。
氷を鳴らしながら飲み干した空のグラスを掲げて見せた。
作品の投稿頻度が定まらない中でも、お読み頂きありがとうございます_(._.)_。
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