つないでいくもの
今回のお客は「後日談・つないでいるもの」と「カゲヌシ」に登場した二人です。
今日もスピーカーからはTM NETWORKが流れている。
「WILD HEAVEN」
どうしてこんなに寒い日が続くのかしら。
今年の冬。
アプリコットピンクのダウンジャケットが脱げない日々が続く。
カツラはクリームイエローのおかっぱ。
華やかでしょ?
場末のバーに咲いた一輪の花。
…………
知ってるわよ。
誰もそんなこと、思っちゃいないわ。
今日は常連のしがない役者が、若い美人を連れてきた。
三つある丸椅子の奥に美人を座らせ、男は真ん中に陣取る。
「よう、ママ。この子は知ってるかい?」
年齢的にはもういいおじいちゃんのはずなのに、声は軽く弾んでいる男。
頬が痩せこけて、往年の肌艶もない。
ただ、その瞳の眼光の鋭さは失われていない。
さすが大物俳優、津山勲。
あたしは枝豆の皿を二つ、そっとカウンターの上に並べて置いた。
「さすがのあたしだって知ってるわよ、いーちゃん」
うしろでまとめ上げた髪。
大きな瞳に、控えめなアイライン。
化粧なんかしない方がいいと思えるくらいの白い肌。
薄っすら頬にのせたオレンジのチークが一層やわらかい印象を与える。
「今をときめく若手女優の、杵築八雲さんでしょ?」
八雲は微笑みを浮かべて小さく頭を下げた。
「はじめまして、お邪魔しています」
「はは、どうだい。いい子だろ」
「そうね。清純って感じ。あたしが永遠に手に入れられないもの」
あたしはウィンクを送り、ジャックとミルクを用意する。
ついでに、勲のお気に入りの曲を流す。
井上陽水「少年時代」
杵築八雲は正統派の女優ね。
今どきの子にしては珍しく、時代劇などの所作、立ち居振る舞いが美しい。
指の先まで精神が行き届いるって感じ。
整った顔立ちもさることながら、演技から醸し出す情緒は、往年の名女優の貫禄すらある。
「でもさ、珍しいわね、いーちゃんが同伴なんて」
「そうか? そうかもな、こんな店に連れてくるのは、大御所としては気が引けるからな」
「あら、こんな店に連れてこられた八雲さんの立場は?」
「いけね」
勲は白々しく頭を掻く。
口元を手で押さえ肩を揺らせて笑う八雲。
まあ、さすが千両役者ね。
八雲を和ませるための三文芝居。
でも――
普段一人で来る勲が連れを伴ってやってきた真意を量りかねている。
ジャックを勲に、ミルクを八雲に差し出した。
二人はグラスを手に取り視線を交わす。
カチン。
重なり合うグラスが鳴いて、微笑みを残しそれぞれ口をつける。
それから、勲は今年の夏に撮影した映画の話を切り出した。
そこで、久しぶりに八雲と共演したのだという。
「二十四の瞳・新」という昔の作品のリメイク版。
公開は来年の夏。
瀬戸内海に浮かぶ夕凪島で行われたロケは、二人にとって貴重な時間になったらしい。
二人の役者が咲かせる、演技についての語らいは耳目に余るほど聞き入るものだった。
勲も八雲も役をやり切ったという達成感が言葉の端々から滲んでいた。
この話をする為に、わざわざ場末のバーに、八雲を連れてきたとは思えない。
話しが落ち着いて、二杯目のグラスを置いた時、あたしには珍しく直球の問いを投げ掛けていた。
「いーちゃん。なんなのさ、八雲さんをあたしに紹介する真意は?」
カラン。
氷を揺らしながらあたしはジャックをあおる。
喉を焼く刺激に目を細める。
勲はグラスを片手に揺れる水面を見つめながら、口を真一文字に結ぶ。
その瞳は琥珀を映し、どこか寂し気で、でも、温かなものだった。
「ママ。八雲ちゃんのことをよろしく頼むよ」
覇気のない、まるで娘を嫁に出す時の父親のような声。
「なに、どういうこと? あたしなんかより頼りになる連中ならいくらでもいるでしょうが」
「いや、そうじゃないんだよ。仕事やプライベートに関しては勿論、八雲ちゃんの支えになってくれる人はいる」
「でしょ?」
「ママ。俺が何でこの店に来ていたかわかるかい?」
「あたしに惚れてたからでしょ?」
「アハハ。まあ違いね。人物に惚れたのさ」
「残念。女に惚れたんじゃないのね」
両手を前にした勲は、なだめるように手のひらを振る。
「まあまあ、役者っていうもんはさ、あこぎな商売で、どこに行っても見られてるから、津山勲でいてしまうんだ。それがプライベートでも。友人は変わらず接してくれているが、それでも津山勲を脱ぐことは出来ねえんだよ」
「なるほど、そういうものなのね」
「俺が不器用ってのもあるかもしれん。ママ。あんたは俺のことどう思って接してた?」
「あたしは、別に普通の年取ったお客さんとして話していたけど。でも別にいーちゃんじゃなくても誰でもそうよ、あたしの場合」
パン。
勲は手を叩いて背筋を伸ばす。
そして、あたしに向かって指した指を小刻みに揺らす。
「そう。それなんだよ。そういう相手が、俺にとってはこの上なく有難かったんだぜ」
あたしの中に嫌な予感がわく。
勲はあたしと八雲に笑顔を振りまいて、口元にグラスを運ぶ。
つないだ曲は。
「川の流れのように」美空ひばり。
「でさ、この八雲ちゃんも不器用なんだよ。俺に似て。だから連れて来たって訳さ」
八雲は頭を下げて髪を耳に掛ける。
「津山先生から、お話を聞いて、ママさんにお会いしてみたいって、今日は私の方からお願いしました」
「そう、まあ、いーちゃんに頼まれなくても、ここに来たらあたしの大事なお客さんよみんな」
「うんうん。そうだよな」
嬉しそうにジャックをあおる勲。
トン。
グラスが置かれる。
「ママ。今日はお別れを言いに来たんだ」
やっぱり。
「八雲ちゃんには話してある。遺言とかそう大層に構えなくていい。くれぐれも八雲ちゃんをよろしく頼むよ」
カウンターに両手をついて頭を下げる勲。
「もうやめなさいよ。言われなくてもさっきも言った通りよ」
頭を上げた勲の表情は、仏様が宿ったような、やさしいものだった。
「ママ。本当にありがとうよ。世話になった」
「そんなに……なの?」
「映画の完成は見れそうにないらしい。本当は酒も煙草も止められてるんだがね」
「私は、先生からたくさんのものを貰ってばっかりで、何もご恩返しができないんですけど、これからの役者人生でそれを返せていけたらって思っています」
「じゃあ、あたしがその映画を見て、墓前に報告にいってあげるわ。煙草とお酒を持ってね」
カチン。
三人のグラスが重なる。
あたしは、勲のお酒を飲む姿を目に焼き付ける。
あんたこそ、あたしを一人間として、接してくれた数少ない友人よ。
「いーちゃん。ありがとう。会いに来てくれて、そして、金づるを紹介してくれて」
「まあ」
八雲は目と口を大きく見開いてアハハと笑う。
勲もガハハと笑う。
そしてあたしもウフフと笑った。
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