ほんもの
今日もスピーカーからはTM NETWORKが流れている
「SEVEN DAYS WAR」
風の通り道である店の前の路地。
ひっきりなしに窓を震わせている。
底冷えのする店内。
あたしは、アンシンメトリーのショートボブの青い毛先を指に絡ませ、棚に寄りかかっている。
もちろんカツラよ。
手には常連客のちひろが持ってきた小説。
内容は施設で育った姉と弟の話。
それぞれ里親に引き取られ育てられ、記憶のほんの片隅に幼い頃に一緒に遊んだ想い出が三歳年上の姉にだけ残っている。
その姉弟が十数年後、ひょんなことから巡り合う。
そして惹かれ合って、愛し合うようなってしまうという物語。
設定はありがちかもしれないけど、今までの文体と明らかに違う。
選ぶ言葉が、そうね全体的に優しくて、切なくて、哀しくて、温かい。
半分程読み終えた所で、あたしは一息つく。
ジャックに口をつけ、置いたグラスの氷が、カランと溶ける。
ちひろはもぐもぐとひたすらに枝豆を口に運んでいた。
「あんた作風変えたの?」
「すごいママ気がつくんだね」
ちひろはニコッと笑い両手で頬杖をつく。
「あたり前田のクラッカーよ」
「?」
きょとんとしているちひろ。
ギャップね。
じーえーぴーじゃないわよ。
いいのよ。
分かる人には分かるの。
そこのあんたみたいに。
「ママどこ見てるの?」
「ん? それで、どんな心境の変化なの?」
背筋を伸ばして、ちひろはすまし顔。
照明が瞳を優しく揺らす。
「作品を書いてる以上はさ、やっぱり読んで貰えた方がいいにこしたことはなにんだけどさ。それなりに読んで貰えるのは恋愛ものが多くて、書いてて楽しいんだけど、読んで貰えたらありがたいんだけど、それに追われるというか、本来書きたいものじゃなくなってきたというか」
「また評価を気にしてるのね?」
小首を傾げるちひろ。
「それもあるかもだけど、インプットのために色んな人の作品をここんとこ見てらさ、一つ気がついたの」
「あら、気づきね、いいじゃない。どんなこと?」
ちひろはカルーアを一口流し込む。
両手でグラスを置いて、空になったグラスを見つめている。
あたしは手元を操作して、次の曲を流す。
サザンオールスターズ「愛の言霊~Spiritual Message~」
「私が書いてたのは恋愛で女の子の心理の機微とかさ、揺れに揺れて、結局はハッピーエンド。まあ、よくあるって言ったら大袈裟だけど、読んでくれる人多いから書いてて」
「需要が多いものね、漫画でもね」
「うん。でも、他の人の作品を読んでいるうちにさ、ああ、この話何度も読みたいなって作品に結構出会ったんだ」
ちひろは枝豆をパクッと一つまみ。
あたしは、白い液体で満たしたグラスをそっと前に置く。
「なるほど。あたしにもあるわよ、話の筋は分かっていても、なお読みたくなる作品って」
「そうなんだ、ママにもあるんだ。そういうのを読んでてさ、私の作品どうなんだろうって考えてさ」
「それで作風が変わったのね」
「うん。何度も読みたいっていうのも感性とか波長が合う作品なのかもしれないけど、私がまた読みたいって作品はどれも優しいんだよね文体とか出てくる人物とか、描写とか、物語が……」
「まあ、世知辛い世の中だからね、余計に恋しくなるのかも、でもきっとそこに本質があったりするのかもね」
アッという表情のちひろ。
両手でグラスを包み込み、そのまま一口。
あたしは柿ピーを頬張り、ぽりぽりとこぎみいい音を立てる。
「恋愛ものでも書けないことないんだけど、でも紆余曲折があった方が読者受けがいいから、でもなんだかんだ似たような話になっちゃって、自分の作品だから読み返すけど、最近見た作品たちみたいに読後の余韻みたいのはないんだよね、そんな作品を書きたいって思ってさ」
「いいじゃない。自分の書きたいものを書く。それが一番でしょ?」
小さくうなずく千尋。
「なんか心に感情が残るような作品を書けたらなって、切なさでも、温かさでも、哀しさでも」
「あんた、それとてもいい気付きじゃない。そういうのって人の心が乗るのよ。作者自身の人間性が乗るのよ。創作ではあってもね、だから伝わる人には伝わる。あんたが出会った作品もそういうことよ」
「私自身の心?」
「そうよ、流行り廃りとか評価の数とか関係なくね。あんたの調べに呼応してくれた時、そんな事よりも大切なことを得られる」
「どんな?」
ちひろはカウンターに手をついて身を乗り出す。
「それは、あんた自身がそうなった時にわかるわよ」
「ふーん」
口を尖らせるちひろ。
何でも分かればいいってものでもないのよ。
特に自分が気づいた時に何事にも代えがたいものに出逢えたものはね。
「何でもそうよ、人でも、そうね、音楽や絵でも。一過性でその時は感動とかするけど、いつの頃からか忘れてしまっていたりする」
「うん」
「でも、人気や有名無名を問わず、誰かの心に届くことだってある訳よ。特に今の世の中は」
あたしはジャックで喉を湿らせる。
「どんなものだって誰かの目に留まって、その誰かのこころに触れることが出来た時に、心に残るものなるのよ」
「私のもそうなったら素敵だな」
「そうね、でも前にも言ったけどリアクションが全てじゃないわ、声をあげない読者だっている。だからあんた書きたいものを書き続けるのよ」
「うん、分かってるよ」
ニコッと笑い、枝豆をぱくつくちひろ。
あたしは曲を繋げる。
「I Want It That Way」 バックストリート・ボーイズ。
「あたしは、以前の文体も好きだけど、今の言葉の組み合わせのが心に入るわ、少なくともあたしにはね」
「そう?」
「たぶん、あんたが本当に書きたいものなのかもしれないわね」
「そっか……」
ちひろは瞼を閉じて頷いている。
息を吐きながら目を開けて枝豆に手を伸ばす。
「ママさ今日はジェラピケじゃないの?」
「この中身がジェラピケよ」
あたしは、アプリコットピンクのロングダウンのファスナーを胸元まで下げて見せた。
「さすがにそれだけじゃ最近寒いもんね」
「そうよ、あんたさ暖房買ってくれない?」
「なんで? ママ儲かってるんでしょ?」
ちひろは、ジトッとあたしは見つめながら、枝豆をもぐつく。
ギクッ。
あたしは素知らぬ振りで、柿ピーをむさぼる。
「でも、ママに読んで貰ってよかった。色んなテーマでさ物語書けるようになりたいって思えたから」
そう微笑むちひろの瞳は既に妄想の旅に出ているように宙の一点を見据えていた。
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