すわれたの
今日もスピーカーからはTM NETWORKが流れている
「CHASE IN LABYRINTH (闇のラビリンス)」
ジェラピケはアイボリーのモールワンピース。
カツラはブルーのアンシンメトリーのショートボブ。
片眼にかかるように流れる前髪が少しだけうざいけど。
え?
ゲゲゲに似てる?
色が違うわよ。
でも妖しい感じは出てるかしら?
フフフ。
そして、今夜もこのひなびたバーに、ジャックとカルーアしか置いてないカウンターに、またひとり転がり込んできた。
ガチャ。
勢いよく開いたドアから飛び込んできた女。
ベージュと黒を基調にしたグレンチェックのミニスカート。
トップスはグレーのパーカーにパープルのダウンベストを着込んでいる。
丸みのあるショートカットが印象を柔らかくしている。
細長いアイボリーのタッセルイヤリングが揺れていた。
女は三つある丸椅子の手前にドンとお尻から勢いよく腰掛ける。
あらあら、激おこプンプン丸さんね。
「あーーー」
と、吐息をこぼしながらカウンターに突っ伏した。
あたしは、その脇に柿ピーの皿を置いて、カルーアミルクを作り始める。
「ママーーー、聞いてよ」
「はいはい、ちょっと待ちなさい」
「はあい」
女は頬杖をついて、片手で柿ピーをつまみだす。
「どうぞ」
あたしはグラスを差し出して、ウインクを投げる。
両手でグラス持った女はぐびぐびとカルーアを流し込む。
いい飲みっぷりだけど。
それを横目にあたしは曲をつなげる。
山下達郎 「RIDE ON TIME」
「ぷはー」
トン。
空のグラスを置いた。
あたしはおかわりのカルーアと自分のジャックを注ぐ。
女は柿ピーをぽりぽり。
「あのさママ、言ってることとやってることが違う人って疲れる。私は口に出したことが本心だし、他意はないのに、勝手に裏があるって深読みしてきて、その人が思い描く人物像に当てはめて、あたかもそれが正しいみたいな言い方してきてさ、飽きれたっていうか、何か少しでも信じた自分がばかだったなって」
一気にまくしたて、女はふう―っと長い息を吐いた。
「ああ、いるわよそういう人。友達?」
二杯目のカルーアをコースターの上に置く。
女は小さく頭を下げて、白く張ったグラスを見つめている。
「友達ではないよ、そんな人は友達にならないよママ」
「まあ、そりゃそうね」
あたしは柿ピーを一つまみ。
「オンラインサロンで知り合った人なんだけどさ、妙に趣味の話とか馬が合って、ちょくちょく連絡してたんだけどさ」
首を傾げてカルーアを流し込む女。
頬が染まって、苦笑いを浮かべる。
「でもさ、それこそあんたが勝手に思ったことでしょ? って言いたかったよ。私の言ってることに裏はないよって、前から言ってるのに、聞く耳さえも持たない。その人が絶対正しいっていう感じでさ」
「ああ、それはね簡単。そういう人は自分の言ったことも覚えてないし、人の話のほとんど覚えていないから。自分が一番かわいいちゃんなのよ」
小刻みに頷いた女は、カルーアに口をつける。
あたしは、自分のジャックをあおる。
まあ、いるのよね。
人を自分の都合のいい関係だけに留めて、利用しようとする人。
計算してする人もいれば、地でやる人もいる。
出逢ったら、ちょっとめんどい人種ね。
「ああ、分かる気がする。まあ、プライドが高いんだと思った、その割には繊細ですみたいなことを言ってくるし、こっちは意見を言っただけで、責めてないって言っても信じないし、挙句の果てには、後だしじゃんけんの言い訳列挙して、は? いまさらそんなこと言う? 聞いてないしみたいな。それで自分を正当化して人のことを責め立てる」
残りのカルーアをぐびっと女が飲み干すと、あたしはお冷を置く。
女は首を傾げてたけど。
「まあ、世の中は色んな人がいる。さっきも言ったけど、そもそもそういう人は人を理解しようとしないのよ。結局は自分が理解されたいだけなの。すごいでしょ。可哀そうでしょ。頑張ってるでしょとか。まあ、一定数いるのよ。謙虚って言葉を知らない人」
柿ピーをぽりぽりして、女はお冷で流し込んだ。
「私にもいけないとこあったかもかもしれないけど、なんか、疲れるよねそういう人って、言葉じゃなくて言刃だもんね、言い返すのも無駄だって思えたから何も言わなかったけどね」
「えらいわあんた。それが正解。そういう相手と議論するだけ時間が勿体ないし、そもそも議論にもならないから、それにあんたの心がかわいそうよ」
女は力が抜けたように笑う。
優しい顔立ちじゃない。
そして、やっぱり女の笑顔ってすごいわ。
そっと手元を操作して、次に流す音楽を――
「B・BLUE」BOØWY。
「だよね。人に言う前に自分の考え方直せよって思う、あんたの価値観が絶対じゃないって」
「そもそも、お互いに理解しようという気持ちがあって人間関係って深化していくものだからね、はいはい、分かったから飲みなさい」
あたしは、ミルクで満たされたグラスを置いた。
女は肩をすくめて、グラスを両手で持ってをがぶがぶ。
「はー、ママこれアイスミルクじゃん。……でもスッキリした。ありがとう」
女はクスッと笑って見せた。
「ならいいけど、あんたに一つ言っておくわ。あんたみたいに正直に話す人って少ない。だから、今回みたいな意思の齟齬がまた起きるかもしれないから気を付けるのよ」
「うう、うん」
少ししょぼんとして肩を寄せる女。
「大概の人は、そんな深読みはしないで接するし思ったとしても言い方を考える、どんな事情があるにせよ、それが人としてのモラルね、きっとその人は人の事情も推し量らないし推し量れない。事情なんて多かれ少なかれ誰でもあるものだから」
「私も気を付けよう、そういう人にならないように、いつ自分がそうなってるか分からないもんね」
「そうね、あたしだって誰かを傷つけることはあるし、傷つけられることもある。ただ一定数いるのよ、あたしみたいな妖怪が」
カツラの前髪で片目を隠す。
「妖怪?」
「鬼太郎よ」
「へ?」
ポカーンと口を開けたまま固まってしまった女。
時代の流れって切ないわね。
あたしはおばあちゃんから聞いたのよ。
ゲゲゲのこと。
「んとね、その妖怪は、エネルギーヴァンパイアよ。血じゃなくて気力を吸うの。あんたは、おさらば出来て良かったんじゃない? ほら、柿ピーでも食べて補充しなさい」
女は言われた通り、ぼりぼりと柿の種をむさぼる。
「おかわり!」
あたしがその声に微笑むと女はすまし顔でアイスミルクを飲みだした。
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