一秒たりとて君のこと
今日もスピーカーからはTM NETWORKが流れている。
「一途な恋」
ラベンダーのシャーリーギャザープルオーバーにショーパン。
白のカーディガンを羽織る。
ピンクのカツラ。
少女漫画に出てくるような、うしろは縦巻きくるくる、サイドは三つ編み。
そしててっぺんにお団子一つ。
どれだけの毛量なのよこれ。
カップ麺の二倍増量どころじゃないわね。
そして、今夜もこのひなびたバーに、ジャックとカルーアしか置いてないカウンターに、またひとり転がり込んできた。
あたしに負けないくらいのコスプレ女子。
そもそも、あたしはコスプレじゃなくて仕事着なんだけどね。
女は暖房ないのに羽織っていたトレンチコートを脱いで真ん中の丸椅子に置くと、一番奥の丸椅子に腰かけた。
アニメかなんかのキャラなんでしょうけど。
網タイツにガータベルト、裾が跳ねたフリル満載のミニスカート。
胸元もサービス満点、谷間が強調されて、背中も腰のあたりまで見えている。
真冬に我慢比べ?
これは、衣装を見せたいわけよね?
それとも、自分のボディを見せたいのかしら?
両方かしら?
「ママ、私かわいい?」
座るや否や小首を傾げる。
「そうね、その格好込みで?」
「うう……そうじゃないんだけど」
「なに。はっきり言ってごらん」
あたしは、カルーアのグラスと柿ピーの皿を女の前に並べて置いた。
女は、小さく息を吐くと、両手を腿の間に挟んで背筋を伸ばす。
「私さ、好きな子いるの……」
「あら、いいじゃない」
ペロッと舌を出して、女はグラスを見つめている。
あたしは、柿ピーを摘まんでジャックを一口。
その瞳は、憂いに満ちているが、目尻が下がってる分、柔らかい。
一筋縄じゃない恋の相手。
かしら。
「ほら、飲みなさいよ」
あたしの声に女は両手をパッと出して、そのままカルーアのグラスを持ってぐびぐび。
「ふうーっ」
「夜は長い、話したくなったら話しなさい」
女は口の端をあげる。
何か思ったのか両手を合わせると、ごそごそとカバンの中からスマホを取り出して操作し始めた。
あたしの顔を上目遣いにチラッとみて、スマホをちょこんとカウンターに置いた。
「見ていいの?」
女は大きく頷く。
画面には高校生か中学生くらいの女の子がふたり。
一人はこの子ね、今はメイクしてるけど、面影あるからわかるわ。
隣の女の子は、横に流した前髪をヘアピンで留めた、セミロングの髪。
切れ長の目、理知的な印象ね。
「迷ってるんだ。気持ちを伝えようかどうしようか」
女は一瞬目を見開いて、コクリと頷いた。
「そうね、男女より難しいもんね。でもさ好きになっちゃうのはしかたいもんね」
「ママは男の人が好きなの?」
「あたし? あたしはどっちも。まあ変態だから」
三つ編みの毛先を指に巻き付けながら、あたしはウインクを投げる。
女は肩を撫でおろしながら、ウインクが出来ないのか、両目をギュッと閉じた。
「ううん、そんなことないよ。私は少なくともわかるよ。たぶん」
「いつから、好きだったの?」
あたしはスマホをそっとカウンターに置く。
そしてちょちょいと、手元を操作。
流れ始めたのは、西野カナ「Best Friend」
女は手に持ったスマホの画面を愛おしそうに見つめている。
歌詞に合わせて口の形が「ありがとう」そう言っていた。
一つはにかみを残して顔を上げる。
「中学生の時に出会ったんだ。趣味とか妙に話があってさ、週末はお互いの家に泊りっこしてた」
「あらいいわね」
「うん、ああ、私は愛理。で、その子は里紗っていうんだけど、一緒にお風呂も入ったりして、ある時さ、ふって里紗の横顔見てたら」
カラン。
あたしはジャックの氷を鳴らしながら一口。
「その……キスしたいなって……思ってる自分がいて」
「いいんじゃない?」
「でね、里紗ね、頭いいからさ、最初は無理かなって思ってた里紗が行く高校に、勉強教えてもらってね、入れたんだ」
「すごいじゃない、あんた」
愛理は、小さく笑う。
「うん、でもさすがに大学行く頭は私になかったみたいで、服飾の専門学校行って、今なんかコスプレしてる」
自嘲気味に笑う女。
「いいのよ、生き方は人それぞれよ」
「今も里紗と会ったりするんだけど、やっぱり好きなんだよね。学生の頃は抱き合ったり、いちゃいちゃしたりしてたけど……なんかそういうのも無くなって……」
愛理は摘まんだ柿ピーをもぐもぐ。
そしてグラスを手にカルーアを流し込む。
あたしは、おかわりのカルーアを準備。
それを静かにコースターの上に置く。
「怖いよね。気持ちを伝えた途端に、そこで終わってしまうかもしれない。伝えなければ、友達としての関係は続けられる。男女の友達なら、ちょっと気持ちが揺れても“友達のまま”って形が残ることもあるけど」
「でもね、戻れないからって、全部なくなるわけじゃないの。友情も恋もね、“その子と一緒に過ごした時間”は、どっちに転んでも消えないのよ。――あんたの中に残る。それが宝物なの」
カルーアを一口飲んだ愛理は頷いた。
「うん。でもね、里紗には幸せになって欲しいっていつも思ってるよ」
「あんたいい子じゃない」
あたしは柿ピーを一摘まみ。
同じく愛理も一摘まみ。
「その里紗には恋人はいるの?」
愛理は首を振る。
「今までは?」
「告られた事はあるみたいだけど……」
「好きな男の話とか二人でするの?」
愛理はゆっくりと首を傾げる。
「そう言われたらないかも……」
「仲いい二人の女子がいて男子の話が出ないなら、里紗もあんたに気があるのかもよ?」
「え?うそだー」
少し頬を染めて、愛理は両手で頬杖をつく。
「あら、だって大概、年頃の男なら女の事、女なら男の事を話すのが、あくまでも一般的でしょ?あくまでもだけど」
「……確かに」
「あんたたち、そういうのなかったんでしょ?」
「うん……」
頬杖をついたまま大きく頷く。
「絶対とは言えないけどさ、可能性は高いんじゃないの? あたしはそう思うけど」
スマホを見つめながら、深呼吸する愛理。
「じゃあママ、今から聞いてくれる?私……」
言いかけて口ごもる。
「はいはい、あたしが里紗ちゃん役ね。ほら、胸元開けて、ガーターベルト見せる必要はないわよ?」
愛理は思わず吹き出す。
「そんな子じゃないってば」
「いいから、やってごらん」
愛理は真剣に背筋を伸ばし、両手を握りしめる。
「……あのね、里紗。私、ずっと……」
声が震えて出なくなる。
「ほらほら、そこで止めちゃだめよ」
「だって、これ言ったら終わっちゃうかもしれないんだよ?」
あたしは静かにジャックを揺らし、氷の音を響かせる。
カラン、カラン――
そして繋げた曲は、モンゴル800「小さな恋の歌」
ちびちびとカルーアを飲む愛理。
「愛理。終わるかもしれないって怖いんでしょ。でもね、恋ってのは“伝えなきゃ始まらない”のよ」
目を見開いた愛理はそっとグラス置いた。
「終わるかもしれない未来を怖がって、何も言わないなら、ずっと今のまま。けどね――終わるかもしれないってことは、“始まるかもしれない”ってことでもあるの。あんたの心臓がドキドキしてるのは、怖いんじゃなくて、希望も混ざってる証拠よ」
口をギュッと結んだ愛理の目に光の雫がたまる。
「……ママ、それずるいよ」
「オカマはずるいの。だからモテるのよ。あたし以外はね」
あたしはジャックを一口。
そして両手で持ったグラスを胸にはにかんで見せる。
小さく肩を震わせて笑う愛理。
「人生も恋も、答えは一つじゃないのよ。あんたが選んだ答えが、いちばん似合うわ」
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