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ジェラピケのママ  作者: ぽんこつ


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20/25

一秒たりとて君のこと

今日もスピーカーからはTM NETWORKが流れている。

「一途な恋」

ラベンダーのシャーリーギャザープルオーバーにショーパン。

白のカーディガンを羽織る。

ピンクのカツラ。

少女漫画に出てくるような、うしろは縦巻きくるくる、サイドは三つ編み。

そしててっぺんにお団子一つ。

どれだけの毛量なのよこれ。

カップ麺の二倍増量どころじゃないわね。


そして、今夜もこのひなびたバーに、ジャックとカルーアしか置いてないカウンターに、またひとり転がり込んできた。

あたしに負けないくらいのコスプレ女子。

そもそも、あたしはコスプレじゃなくて仕事着なんだけどね。

女は暖房ないのに羽織っていたトレンチコートを脱いで真ん中の丸椅子に置くと、一番奥の丸椅子に腰かけた。

アニメかなんかのキャラなんでしょうけど。

網タイツにガータベルト、裾が跳ねたフリル満載のミニスカート。

胸元もサービス満点、谷間が強調されて、背中も腰のあたりまで見えている。

真冬に我慢比べ?

これは、衣装を見せたいわけよね?

それとも、自分のボディを見せたいのかしら?

両方かしら?

「ママ、私かわいい?」

座るや否や小首を傾げる。

「そうね、その格好込みで?」

「うう……そうじゃないんだけど」

「なに。はっきり言ってごらん」

あたしは、カルーアのグラスと柿ピーの皿を女の前に並べて置いた。

女は、小さく息を吐くと、両手を腿の間に挟んで背筋を伸ばす。

「私さ、好きな子いるの……」

「あら、いいじゃない」

ペロッと舌を出して、女はグラスを見つめている。

あたしは、柿ピーを摘まんでジャックを一口。

その瞳は、憂いに満ちているが、目尻が下がってる分、柔らかい。

一筋縄じゃない恋の相手。

かしら。


「ほら、飲みなさいよ」

あたしの声に女は両手をパッと出して、そのままカルーアのグラスを持ってぐびぐび。

「ふうーっ」

「夜は長い、話したくなったら話しなさい」

女は口の端をあげる。

何か思ったのか両手を合わせると、ごそごそとカバンの中からスマホを取り出して操作し始めた。

あたしの顔を上目遣いにチラッとみて、スマホをちょこんとカウンターに置いた。

「見ていいの?」

女は大きく頷く。

画面には高校生か中学生くらいの女の子がふたり。

一人はこの子ね、今はメイクしてるけど、面影あるからわかるわ。

隣の女の子は、横に流した前髪をヘアピンで留めた、セミロングの髪。

切れ長の目、理知的な印象ね。

「迷ってるんだ。気持ちを伝えようかどうしようか」

女は一瞬目を見開いて、コクリと頷いた。

「そうね、男女より難しいもんね。でもさ好きになっちゃうのはしかたいもんね」

「ママは男の人が好きなの?」

「あたし? あたしはどっちも。まあ変態だから」

三つ編みの毛先を指に巻き付けながら、あたしはウインクを投げる。

女は肩を撫でおろしながら、ウインクが出来ないのか、両目をギュッと閉じた。

「ううん、そんなことないよ。私は少なくともわかるよ。たぶん」

「いつから、好きだったの?」

あたしはスマホをそっとカウンターに置く。


そしてちょちょいと、手元を操作。

流れ始めたのは、西野カナ「Best Friend」

女は手に持ったスマホの画面を愛おしそうに見つめている。

歌詞に合わせて口の形が「ありがとう」そう言っていた。

一つはにかみを残して顔を上げる。

「中学生の時に出会ったんだ。趣味とか妙に話があってさ、週末はお互いの家に泊りっこしてた」

「あらいいわね」

「うん、ああ、私は愛理えり。で、その子は里紗っていうんだけど、一緒にお風呂も入ったりして、ある時さ、ふって里紗の横顔見てたら」

カラン。

あたしはジャックの氷を鳴らしながら一口。

「その……キスしたいなって……思ってる自分がいて」

「いいんじゃない?」

「でね、里紗ね、頭いいからさ、最初は無理かなって思ってた里紗が行く高校に、勉強教えてもらってね、入れたんだ」

「すごいじゃない、あんた」

愛理は、小さく笑う。

「うん、でもさすがに大学行く頭は私になかったみたいで、服飾の専門学校行って、今なんかコスプレしてる」

自嘲気味に笑う女。

「いいのよ、生き方は人それぞれよ」

「今も里紗と会ったりするんだけど、やっぱり好きなんだよね。学生の頃は抱き合ったり、いちゃいちゃしたりしてたけど……なんかそういうのも無くなって……」

愛理は摘まんだ柿ピーをもぐもぐ。

そしてグラスを手にカルーアを流し込む。

あたしは、おかわりのカルーアを準備。

それを静かにコースターの上に置く。


「怖いよね。気持ちを伝えた途端に、そこで終わってしまうかもしれない。伝えなければ、友達としての関係は続けられる。男女の友達なら、ちょっと気持ちが揺れても“友達のまま”って形が残ることもあるけど」

「でもね、戻れないからって、全部なくなるわけじゃないの。友情も恋もね、“その子と一緒に過ごした時間”は、どっちに転んでも消えないのよ。――あんたの中に残る。それが宝物なの」

カルーアを一口飲んだ愛理は頷いた。

「うん。でもね、里紗には幸せになって欲しいっていつも思ってるよ」

「あんたいい子じゃない」

あたしは柿ピーを一摘まみ。

同じく愛理も一摘まみ。

「その里紗には恋人はいるの?」

愛理は首を振る。

「今までは?」

「告られた事はあるみたいだけど……」

「好きな男の話とか二人でするの?」

愛理はゆっくりと首を傾げる。

「そう言われたらないかも……」

「仲いい二人の女子がいて男子の話が出ないなら、里紗もあんたに気があるのかもよ?」

「え?うそだー」

少し頬を染めて、愛理は両手で頬杖をつく。

「あら、だって大概、年頃の男なら女の事、女なら男の事を話すのが、あくまでも一般的でしょ?あくまでもだけど」

「……確かに」

「あんたたち、そういうのなかったんでしょ?」

「うん……」

頬杖をついたまま大きく頷く。

「絶対とは言えないけどさ、可能性は高いんじゃないの? あたしはそう思うけど」

スマホを見つめながら、深呼吸する愛理。


「じゃあママ、今から聞いてくれる?私……」

言いかけて口ごもる。

「はいはい、あたしが里紗ちゃん役ね。ほら、胸元開けて、ガーターベルト見せる必要はないわよ?」

愛理は思わず吹き出す。

「そんな子じゃないってば」

「いいから、やってごらん」

愛理は真剣に背筋を伸ばし、両手を握りしめる。

「……あのね、里紗。私、ずっと……」

声が震えて出なくなる。

「ほらほら、そこで止めちゃだめよ」

「だって、これ言ったら終わっちゃうかもしれないんだよ?」

あたしは静かにジャックを揺らし、氷の音を響かせる。

カラン、カラン――

そして繋げた曲は、モンゴル800「小さな恋の歌」

ちびちびとカルーアを飲む愛理。

「愛理。終わるかもしれないって怖いんでしょ。でもね、恋ってのは“伝えなきゃ始まらない”のよ」

目を見開いた愛理はそっとグラス置いた。

「終わるかもしれない未来を怖がって、何も言わないなら、ずっと今のまま。けどね――終わるかもしれないってことは、“始まるかもしれない”ってことでもあるの。あんたの心臓がドキドキしてるのは、怖いんじゃなくて、希望も混ざってる証拠よ」

口をギュッと結んだ愛理の目に光の雫がたまる。

「……ママ、それずるいよ」

「オカマはずるいの。だからモテるのよ。あたし以外はね」

あたしはジャックを一口。

そして両手で持ったグラスを胸にはにかんで見せる。

小さく肩を震わせて笑う愛理。

「人生も恋も、答えは一つじゃないのよ。あんたが選んだ答えが、いちばん似合うわ」

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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あら、ママはオカマだったのね  意外にも  さもありなんとも
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