そとをむいても、うちをむいても、おもうことは……
今日のお客は「カゲヌシ」に登場したあの人です……。
今日もスピーカーからはTM NETWORKが流れている。
「SPANISH BLUE」
ジェラピケのラベンダーのモールワンピース。
さすがにちょっと寒いから、カーディガンも用意してるけど。
これで、頑張るの。
カツラはライトブルーの内巻きレイヤーセミロング。
ライトブルーにしたらね、なんだか海の妖精みたいな気分。
なんて？
くらげ？
うみぼうず？
……まあ、それも海の恵みよね……
そして、今日もこのひなびたバーに、ジャックとカルーアしか置いてないカウンターに、またひとり転がり込んできた。
若い男。
まず、目に入ったのは肩まで伸びた長髪。
ところどころ癖があり、外にはねた毛先が印象的。
履き慣れた感じ赤いスニーカーは所々汚れが目立つ。
服装は厚手の黒いカーゴパンツと赤いボタンシャツ。
ライトグレーのハーフコートを羽織ったスラッとした痩身の青年。
色白で整ったアイドルの様な目鼻立ちの良い顔立ち。
イケメン、そして一際目を引いたのが鳶色の瞳。
あたしと目が合うと、無邪気に笑う。
「こんばんは」
品のある高い声。
立ち止まり、手品師のように両手を広げる。
身振りが大きくどこか芝居がかった感じ。
「いらっしゃい」
あたしの声に、笑みをもう一花咲かせた。
トントンと軽快に歩き、ひとつずつ指を差して、三つしかない丸椅子の一番奥の椅子に微笑みながら腰掛ける。
あたしが黙ってカルーアの準備をすると、頷きながら鳶色の瞳がじっとあたしを追っている。
柔らかく優しい光を湛え、どこか懐かしいようなぬくもりさえ感じさせる。
それと同じくらい、何かを見通すような底の知れない奥深さがあるような気がした。
氷を鳴らしながらグラスを差し出し、その隣に柿ピーの皿を置いた。
男は嬉しそうに手をこすり合わせると、柿ピーをつまみ、カルーアを一口。
その様子を見ながら、次の音楽を流す。
「瑠璃色の地球」 松田聖子。
「旨い！ ところで、ママも人の心が読めるの？」
「どして？」
「僕が、飲みたいもの、食べたいものが分かったでしょ？」
そう言いながら、男は口に柿ピーを放り込んで笑う。
「うちの店は、飲み物、食べ物、二種類づつしかないからね」
「ふーん。なるほど。じゃあ、観察と経験と……勘なんだね」
なぜか嬉しそうに、また柿ピーを放り込む。
「あたしもってことは、あんたは心が読めるの？」
男は意味ありげに口角を上げると、グラスを手に取りゴクリと喉を鳴らす。
トンとグラスを置くと男の表情から笑みが消える。
「ママはさ、魂って何だと思う？」
今までとは違う張りのない声。
けれど曇りない鳶色の眼は、真っ直ぐあたしを捉えている。
「いきなり、オカルト的な話ね」
カルーアを口に含みながら、あたしは微笑みを返す。
「あるかないかで言ったら、あるんじゃないかしら」
「へえ、どうしてかな？」
「説明できない過去の記憶を持った人がいたりするでしょ。それに……」
男はどうぞと言わんばかりに黙って両手を差し出す。
一挙手一投足がまるで……道化師の様な身振り。
「そうあって欲しい」
「ふーん」
男は姿勢を正すように体を仰け反らす。
「季節や地球が巡るように歴史もそうだし、あたしたちの営みも循環という仕組みの中にいるでしょ？そうしたら魂の輪廻があったとしても不思議ではないし、あった方が面白いじゃない」
男はカウンターの上で手を組んだ。
「なるほど、でも輪廻があるなら魂の総数は決まっているはず。今の人類は歴史上一番多くの人口を有しているでしょ？」
「それは、どの視点で見るかによって変わるんじゃない？そもそも、もっと魂があれば問題ない訳だし、あたしたちが知らないだけで、今以上の人間がこの星に住んでいたかもしれないじゃない」
「分からないから面白いし、それこそアバターの世界やVRの世界の様なものかもしれないじゃない。いまのあたしたちって」
ニコッと少年のような笑みを浮かべ、組んでいた両手をパッと開く。
「ママは面白いことが好きなんだね」
「それだけで生きてきたようなもんよ」
あたしは内巻きの毛先を両手でつまんで男に向けた。
「僕は、清原慎哉……そして第36代山背日立。陰陽師の家柄なんだ」
さすがのあたしも突然の自己紹介に度肝を抜かれたわ。
陰陽師って映画や本でしか知らないけど、そういう家系が続いていることに正直驚いたわ。
「陰陽師って……」
あたしは何かの映画で見たように人差し指と中指を立てて口元に当てた。
慎哉も真似をして同じ仕草をする。
「でね、僕は初代山背日立の生まれ変わりさ」
「あらま。初代ってことは何年くらい前？」
「約1500年くらい前かな……」
「聖徳太子がいた頃かしら？」
「そうだね、その頃」
慎哉がカルーアを飲み干す。
あたしは柿ピーをぼりぼりと食べながら、カルーアを流し込む。
陰陽師、前世を知る者、魂。
目の前の慎哉の風貌とのギャップに人はつくづく見た目ではない。
そう思うのと、この男がなぜ魂の話をしているのか、気にはなっている。
新しいカルーアを慎哉の前に置くと、両手を合わせてお辞儀をする。
この男には、いちいち、身振り手振りが付きまとう。
そして、美味しそうに喉を鳴らす。
「あんたは陰陽師の仕事をしてるの？」
「まあ、一応。霊を鎮めたり結界を張ったり、またはそれを維持したり。まあその道の何でも屋みたいなところかな」
「でもさ、一般的には陰陽師なんてそんなに知られてないし、あんたに仕事を頼むときはどうしたらいいの？」
「ああ、基本的には紹介ってことになるかな、顧客は代々繋がっているところがほとんどだから、表には余り出ない」
「ちょっとあんた、そんなこと、こんな場末のバーのママのあたしになんか話してもいいの？」
「そうだから、話した……というのは冗談だけど、何か話せてしまう、そんな雰囲気がママにはあるから」
慎哉はグラスをあおり飲み干した。
カラン。
氷が跳ねる。
あら、ペース上げたのかしら？
あたしはおかわりの準備をしながら、この不思議な若者を目の端で眺める。
相変わらず挙動は面白く。柿ピーを手のひらに乗せて片手で手首を叩いて宙に浮かせた柿ピーを口でキャッチして喜んでいる。
繋いだ曲は、マイケル・ジャクソン「Heal the World」
「どうぞ……」
差し出したグラスを見つめながら、
「ママ、僕に出来ること、ないかな？」
そう切り出した。
「どういうこと？」
「信じてもらえるか分からないけど、僕は人の心が読める」
「へえー、あんた一体何者よ」
「ただの陰陽師の末裔」
ニコッと笑って、慎哉は口元に指先を当てる。
ここまで来たら信じたくなるわよね。
なぜって面白そうじゃない。
「じゃあ、あたしの心も読んだの？ あんたにあたしごと盗んでほしいけど」
ウインクを投げると、男は口に含んだカルーアを吹き出しそうになる。
「ママを……盗むかはともかく、今はそんな簡単に心を覗かないようにしている」
「じゃあ、以前は、覗きし放題だった訳？ あら、やらしいこと」
両手を突き出し子供のように手を振る男。
「だからってどうこうしてたわけじゃないよ、でも持ってしまった能力を意図しないで使ってしまうことは確かにあった」
カラン。
グラスの氷が鳴く。
男は微笑を浮かべながら少しだけ首を傾げた。
「今年の夏に、ある人たちに出会ってね、その人たちの影響……いや、教えてもらったのかな」
視線を宙に浮かせると鳶色の瞳が穏やかな光を帯びる。
きっとその時の映像を今映し出しているのだろう。
「相手の許可なく覗くことはしなくなったよ。今更だけどね」
「で、あたしの力になるってどういうこと？」
「ママの心を見た訳じゃないけど、ついで、というのもおかしなはなしだけど僕は魂に触れることが出来るんだ」
「魂？」
「うん、魂には記憶が宿っていてね、分かりやすく言えばそれこそ前世の」
「あら、それは面白そうね」
慎哉は片頬を上げニヤッと笑う。
「でね、ママの瞳の奥に影がある。同じような瞳を持った人を見たことがあってね」
「あたしの瞳？この濁った瞳に？」
苦笑しながら、慎哉は小さく首を振る。
「その人は心に暗闇をしょい込んでいた……もしかしたらってね」
「あたしがしょい込んでるのは、飽くなき乙女心よ」
あたしがしおらしく、両手を胸の前に添えると、慎哉はパチンと指を鳴らして身をよじらせて笑っている。
「ママはすごいね」
「あんたのその外跳ねの髪のが気になるわよ、むさくるしいから切った方がいいんじゃない？」
「ママみたいに内巻きにしようか」
笑い過ぎて零れる涙を拭きながら、肩を揺すっている。
一つ大きな息をついて、慎哉はカルーアに口をつけた。
「まあ、もし助けが必要だったら遠慮なく」
そう言って名刺を差し出した。
あたしはそれを手に取って眺める。
名前とスマホの番号が記されただけの簡素なものだった。
「でも、あんたも大変な能力を持っちゃたわね、知ってしまったら何とかしようするんでしょ？きっと」
パンっと慎哉は手を叩く。
「そうそう、話し聞いてあげて欲しい友人がいるんだ」
まるで、あたしの問いが来るのが分かっていたかのうように、すり抜ける。
「あたしで何かできるなら、全然かまわないわよ」
「うん、店に来るように話しておくよ」
「大事な友達なんだ」
「友達……そうだね、あの二人は僕にとってこの人生で出逢った大切な魂の共鳴者さ……ずっと昔からの……」
慎哉は目尻を下げ、優しい眼で、グラスの氷を見つめていた。
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＊写真は作者がAIで作成したものです。
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