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ジェラピケのママ  作者: ぽんこつ


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15/25

時を見つめる人。

今日のお客は「ただ、君を見ていた。」「水の声」に登場したあの人です……。

今日もスピーカーからはTM NETWORKが流れている。

「JUST ONE VICTORY(たったひとつの勝利)」

ジェラピケのアイボリールームワンピースに身を包み。

カツラは漆黒の垂髪たれがみ

どうかしら?

このおしとやかな感じ。

いいでしょ?

あたしは黒髪を手ですく。

雅で艶やかで、どこぞの姫様みたいでしょ?

え?

なんて?

妖怪?


そして、今夜もこのひなびたバーに、ジャックとカルーアしか置いてないカウンターに、またひとり転がり込んできた。

その男は、韓流アイドルみたいな、目鼻立ちのすっきりとした色白の顔立ち。

切れ長の目元に穏やかな微笑を浮かべていた。

整えすぎない程度に無造作な髪が薄明りを拾う。

文字通りのイケメン。

足元の真っ赤なワークブーツ。

靴ひもとソールの部分の黒がやけに目立つ。

黒のパンツをさらりと着こなし、背の高い身体にベージュのハーフコートを羽織り、内には黒のモックネックを覗かせている。

その色合いが、却って顔や手の白さをガラス細工のように際立たせていた。

「はじめまして、こんばんは」

高く爽やかな声が風のように抜ける。

あたしは掌を軽く上に向けていざなう。

「いらっしゃい」

男は三つある丸椅子の一番手前に腰かける。

カウンターに置いた手の指先がトントンと軽快にリズムを刻んだ。

あたしは、カルーアミルクを準備する。

「こういう、お店初めてでして」

「あら、そうなの」

「いい雰囲気ですね」

男はゆっくりと店内を見渡している。

和やかな表情、口だけの言葉ではないようね。

カルーアと枝豆の皿を男の前に並べて置いた。

「へえ、甘いの飲みたいって良く分かりましたね」

「あんたの顔に書いてあるわよ」

男は自分の頬を触って首を傾げた。


あたしは自分のグラスにカルーアミルクを作る。

そして、次の曲を流す。

エンヤ「Only Time」

「あんたさ、物書き?」

「へえー、ママいったい何者?」

少し仰け反った男の目は大きく見開かれていた。

「あたし? 見ての通りの、紫式部」

あたしは立てた掌で口を覆う。

その指の隙間を開けて男を覗き見た。

無邪気に笑う男。

この人、もてるわね。

自然体が滲み出ていて、物腰が柔らかい。

「ああ、すみません。……ママの見立て当たりです」

男はグラスを掲げて一口。

そして、小さな吐息を一つ。

「僕は、主に歴史や旅の記事を書いています」

「へー。じゃあ日本全国巡ってるの?」

「しょっちゅうじゃないですけど。今は来年からの取材に準備をしていて、息抜きをしようと、こちらに迷い込んだ訳です」

あたしは、グラスを手に取りカルーアを流し込む。

声に抑揚があって、耳を傾けたくなる喋りかた。

「ふーん。どんな取材なの?」

その言葉を待っていたかのように、男は小さく頷く。

「全国各地の平家の伝説を調べるんです。まあ、ネタ的には出尽くした感がある素材なんですけどね」

「ああ、祇園精舎のってやつね。じゃあ、あたしは平時子たいらの ときこか……建礼門院けんれいもんいんってとこかしら?」

しおらしく黒髪を梳いて見せる。

「へー、ママは歴史にも造詣が深いんですね」

嬉しそうに手を擦り合わせる男。

「たまたまよ」

軽く手を振り、あたしは枝豆をぱくり。

「じゃあ聞いてみようかな、ママは歴史についてどう思います?」

「なによいきなり、壮大なテーマね」

男は喉仏を、ごくっと鳴らしカルーアを飲んだ。

カランと、氷の音を残して話し出す。

「歴史は……時の勝者がアップデートしてきた資料しかない。それが事実か真実かもわからない。誰かのベクトルが入っている時点で……」

「僕は真相を知りたくて、この仕事を始めたんですけど、全く知れば知るほど分からなくなってきましたよ」

枝豆を口にしながら、男はカウンターに肘をついてグラスを覗き込む。

「そうね、でも事の発端は善意であったはず。たかが100年前のことだって正確には分からない。それ以上昔になったら尚更ね」

「面白いことを言いますねママは。事の発端が善意か……」

「そうでしょ。家族や大切な人、自身の野望だって、自分を満たしたいってこと。発明だって同じだもの」

「そうですね。いや実に面白い見解です。善意の連鎖か歴史は……」

「さすが物書きね。いい言葉じゃない」

カラン。

氷が揺れた。

あたしは何食わぬ顔で曲をつなぐ。

嵐「ワイルド アット ハート」

「いや、物の見方の視点ですね。どうも僕は好きになると一点からしか見なくなってしまって、多角的に見ないとって分かってるんですけど」

「善意という観点で見ると、偉人も人間臭さが見えてきて親しみがわいてきますね」

カルーアを飲み干した男に、あたしは新しいグラスを差し出す。

「どんな英雄だって、人間だからね」

「確かに……」

「そして、あたしたちの祖先のように、平凡な名もなき英雄たちが作ってきた歴史でもある訳だから」

男は両手をパチンと合わせた。

「ママの言う通りなんです。どうしても、名を遺した人物に焦点が当たります。時代を牽引してきたわけですから、当然なんですけどね。でも、実際には普通に生活をしていた多くの人々がいた」

「残酷でむごい仕打ちも確かにあった。でも、その人たちがいなければ、食べ物を確保すること、物を作ること、商売や流通、果てや戦争なんかできなかったんですから」

「同感。あんたと気が合いそうね」

あたしは枝豆を口にして、カルーアを飲む。

男も同じようにグラスを傾ける。


挿絵(By みてみん)


すると、男は何か閃いたのか、思いついたのか、顔の前で両手を擦り合わせた。

「でも、このお店の雰囲気いいですね」

「そう?」

「こじんまりとして、少し寒いですけど」

嫌味のない素直な物言い。

口元に笑みを浮かべた男は続ける。

「昼間とかは営業していないのですか?」

「まあね、めんどくさいし」

垂れ落ちた黒髪を、あたしは手で撫でる。

「僕の従妹の咲良さくら、高校生なんですけど、絵を描いていましてね」

「ふーん。いいわね、あんたが物書きで、従妹は絵描き」

男は頷きながら笑う。

飾らない笑顔。

やっぱり、この男モテるわね。

でも、女の影を感じないのは何故かしら?

「その咲良がコンクールで賞を取りまして、良かったら昼間、ここで個展を開かせて頂けないでしょうか?」

「え……?」

あたしながら、間の抜けた返しをしてしまった。

ダジャレじゃないのよ。

ほんとに。

目の前の男は、受賞したのが、まるで自分の事のように、幸せそうな顔をしている。

そして、もう個展を開くのが決まったかのような無邪気な瞳で。

差し出された名刺には、フリーライター「三宅為晴みあけ ためはる」と明朝体の活字で記されている。

その左角には三角形が向かい合い、赤いリボンのようなマークがあった。

「あんた、侍みたいな名前ね」

「ママは、さしずめ姫君でしょ?」

「おほほ……」

あたしが、立てた掌で口覆うと、三宅は顔を引きつらせて笑っていた。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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