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ジェラピケのママ  作者: ぽんこつ


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14/25

しんあいなるもの

今日のお客は「約束の木の下で ー忘れらない初恋の記憶ー」の登場人物。

「約束の木の下で ー忘れらない初恋の記憶ー」のネタバレも含んでいるので予めご了承の程をお願いします。

今日もスピーカーからはTM NETWORKが流れている。

「あの夏を忘れない」

ジェラピケのバニーモコフード付きワンピース。

ほら、見て見て。

フード被れば――

あら不思議。

かわいい、うさちゃんの出来上がりよ。

……

……

はい。

そして、カツラはラベンダーのツインテール、毛束は縦巻き。

くるんくるんで、お嬢っぽい?

あら、そう?

ん?

らせん階段?

巻貝?

ソフトクリームを逆さまにした感じ?

ラベンダーのソフトクリーム食べたくなるじゃない。


そして、今夜もこのひなびたバーに、ジャックとカルーアしか置いてないカウンターに、またひとり転がり込んできた。

「こんばんは」

女の澄んだ控えめの声は、柔らかな余韻を耳に残した。

「いらっしゃい」

黒髪は耳の後ろでまとめたローツインテール。

あら、おそろいじゃない。

女も気がついたのか、その毛先をスッとつまんだ。

足元は白いスニーカー。

歩くと、チェックのロングスカートがふわりと揺れる。

深い森の色を閉じ込めたような濃い緑と、焚火の残り火のような赤茶色が織りなす模様。

整然と交差する細い白と黒のラインが、その色彩に知的な落ち着きを添えている。

白のタートルネックニット。

その首元でふんわりとたまるシルエットが、顔周りを優しく包み込み、白さが顔色を明るく見せている。

照明を柔らかく受け止め、淡い光沢を放つキャメルのロングコート。

色白でぱっちりとした黒目と、ピンクベージュの唇が、どこかあどけなさを残す顔立ち。

可愛らしい外見からは、一見どこにでもいる若者に思える。

いまのところ、何かがあるようには見受けられない。

「よいしょ」

三つある丸椅子の一番奥に女は腰かけた。

あたしはグラスにカルーアを注ぐ。

「こういうとこ、はじめてなんです」

カウンターの上で両手を組んで視線を左右に泳がせた。

黒い瞳は好奇を帯びているが、その奥に憂いを含んだ翳りが一瞬だけ顔をのぞかせた。

あたしは枝豆の皿とカルーアをその脇にそっと差し出す。

女は手を引っ込めながら軽く頭を下げた。

そっとグラスを両手で包むと、凪いだ白い液体を見つめ、口の形が言葉を刻んだ。

そして口に付けると目をつむって――

ゴクゴクと一気に飲み干した。

肩でため息一つ。

頬がみるみるほんのりと赤く染まり、トンとグラスが置かれる。

両手を頬に添えると、目を瞬かせ、女は顔のそばでひらひらさせて扇ぎだした。

あたしは、その様子を目の端で捉えながら、おかわりのカルーアと自分用のを準備する。

女は口をすぼめて小さく息を吐くと、微かな微笑を湛えつつ、枝豆をもぐもぐ。

なんだろう?

失恋にしては、まとっている空気がやわらかい。

仕草や眼差しからして、まだおそらく学生ね。

将来への不安とも違う。

あたしは珍しく目の前にいる客を量りかねていた。

「……どうぞ」

高く軽い声を添え、二杯目のカルーアをコースターに乗せる。


挿絵(By みてみん)


そっと変えた曲。

「Dear」中島美嘉。

でも、あの口の動きは「おめでとう」。

その後に続いた言葉は名前のはず――。

あっ――。

あたしは恐らく理解した。

女の心を。

カルーアを一口飲み込み、あたしは柿ピーの皿を置く。

そしてピーをケーキの生地に見立て、種を苺やろうそくに見立てた即席ピーケーキを作った。

女はあたしの手元をじっと見ていたが、意図を察すると目と口を大きく開けた。

ゆっくり表情が微笑みへと塗り替えられていく。

瞳は潤んではいるが涙は見せなかった。

それがこの女の成長なのだろう。

「どう? ピーケーキよ」

「ありがとうございます」

女はこくんと頭を垂れる。

どうして、なんて野暮なことは、この子は聞かない。

「天国の彼へのお祝いよ」

あたしの声に、女は片手を胸に当て白いグラスを見つめた。

「……でも、初めてなんです。お祝い? するの。今日だって知ったのは今年なんです」

「そっか……」

ふーん。

複雑そうね。

どういうことなのかしら?

――たぶん、この子は話さないわね。

ちゃんと消化は出来ているから泣かない。

ただ、彼へのお祝いと弔いと、想い出に触れるためにこんな場末のバーに来たのね。

きっと。

「頂きます……」

静かに両手を合わせて、女はピーケーキを華奢な指先で摘まむ。

ぽりぽりと軽い音が弾んだ。

そして、カルーアを一口含んで、ふうーっと小さく息をこぼす。

「……初恋の人でした。でも、私は……あの頃の、夏の顔しか知らなくて、冬が誕生日って、少しおかしくて……」

「そっか……」

女は手にしていたグラスを回す。

カラッ、カラン。

氷が小さな白い海に波を立てる。

「冬の想い出なんかないのに、木枯らしや、高い空とか、冬の海とかって哀しいですよね……あっ、全然、大丈夫なんですよ」

笑みを浮かべ、慌ててグラスを置いた女は、顔の前で両手を振る。

「寒い分、ぬくもりが恋しくなるのよね。それが人でも想い出でも、動物でも、お酒でも、屋台のラーメンなんて最高よ」

ふふふ、と女は声に出して笑う。

いつも思うけど、女の笑顔ってどうしてこうもエネルギーがあるのかしら。


「ママは、すごいですね」

「あんたのが、すごいわよ」

下唇を噛んで肩をすくめた女。

あたしは柿ピーをつまむ。

だって、あなたはちゃんと想い出を大切に、彼のことも悲しみに囚われるのじゃなくて、寄り添いながら歩いてゆける――

そんな面持ちになれたんだから。

――でも、気になるわ。

普段、詮索はしないあたしでも。

目の前にいる、この子が惚れた彼のこと。

「あっ、自己紹介してませんでした」

女は気を付けするように姿勢を正した。

「いいのよ、ここはバーなんだから名前なんて、そもそもあたしは名無しよ」

あたしは、人差し指をほっぺに押し当て、首を傾げておどけてみせる。

クスッと肩を弾ませて、女は笑う。

呼吸を整えながら、胸の前で片手を包み込んだ。

「……私は、倉科梨花くらしな りかなしに、はなで、梨花です」

「あら、いい名前。それと……その自己紹介、素敵」

女の瞳がほんの一瞬、憂いを含んだ。

でも次の瞬間には、目尻が下がり春が訪れたような微笑みに変わっていた。

そして、小さく肩を揺すって背筋を伸ばす。

「ありがとう」

語尾を軽やかにあげた、梨花のひと言は、音ではなく波のように、耳から心へ柔らかく、そして温かく、あたしの奥底にしみ込んでいく。

何もしてないのに、優しい気分になる。

方言って、なんかいいわね。

それとも――

この子の魂の声だからかしら。

カウンターの隅にある、今夜出したばかりの小さなクリスマスツリー。

それを眺める梨花の瞳にきらめきが映っている。

まるで慈しむような眼差しの中に。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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*写真は作者がAIで作成したものです。

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― 新着の感想 ―
声にしない感情だけが持つ「密度」のようなものがありました。 梨花ちゃんが笑うたび、その奥にあるほんのわずかな影がちらりと揺れ、それを見逃さないママ。 柿ピーで作った即席ケーキは滑稽さとは無縁で、むし…
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