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ジェラピケのママ  作者: ぽんこつ


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13/25

埋もれてもなお……

今日もスピーカーからはTM NETWORKが流れている。

「TIME TO COUNT DOWN」

ジェラピケはネイビーのGOOD NIGHT BEAR がジャガードされたプルオーバーと、スタージャガードショーパン。

カツラはロイヤルブルーのツインバンズ。

かわいいでしょ?

動物の耳みたいで。

ほらくまさんみたいでしょ?

え?

鬼の角?

あんた、鬼は赤いでしょ?

え?

青鬼もいる?

ああ……

たしかにいたわね……


路地を抜ける風が、ゴーゴーと音を立てている。

まるで、嵐のように吹いては止みを繰り返している。

こんな日は客足が遠のく。

あたしは、グラスを磨いていた手を休め。

ジャックを飲むために、カウンター下の大型冷凍ストッカーから氷を取るためにしゃがんだ。

大きな氷を取って立ち上がると、三つある丸椅子の真ん中に男が座っていた。

「わっ!……ビックリした、脅かさないでよ」

「すまない……」

片手をスッと前に出し、男は手のひらをみせた。

恰幅のいい、濃紺のスーツに身を包んだ男。

くすんだ赤のネクタイには口という字の四隅が、枠から少しはみ出すように線が伸びた模様が散らばっている。

背筋はスッと伸び、頭髪はオールバック。

両手は腿の上に添えられていた。

「お茶はあるか」

あたしは思わず、ずっこけて氷を落としそうになる。

真面目なのか冗談なのか、微妙な境界線上を歩く物言い。

「あんた、ここはバーよ、大丈夫?」

「ふむ、仕方ない」

男は顎を指でなぞる。

「じゃあ、それをもらおうか、ジャック」

あたしは柿ピーの皿を男の目に置き、二つのグラスにジャックを注ぐ。

柿ピーをむしゃむしゃと頬張って、目尻が下がる男。

「どうぞ……」

男は、両手でグラスを捧げるように持ち上げ、まるで茶碗みたいに一口。

途切れた音楽の次をかける。

「Change the World」エリック・クラプトン。

「……これもまた、ひとつの作法か」

あたしは思わず吹き出すけど、その仕草があまりに真剣で、申し訳なくなる。

「うん、旨い」

そんなあたしを気にすることなく、男の風貌はどっしりとして落ち着き払っている。

優しい瞳だが、その奥に鋭さと儚さが同居している。

そんな揺らぎが垣間見えた。

「もう愛国心という言葉は死語かね」

グラスを置いた男は、少しつりあがった細い目で私を見つめる。

「どうかしら、日本人らしさね、それさえ作られたもので怪しいかもしれない、でも、国を想う心を持つ人はいるはずよ。声高に叫ばなくても」

「ほう、声高に叫ばない。ということは言いたいことが言えないのか」

「少し違うわね、言いたいことがあっても言ったところで、反対の価値観の人達が寄ってたかって封じ込めてしまうの。影響力のある者ですら焚きつけられやすい。世知辛い世の中よね……って、もうずっと言ってる気がするわ……」

あたしは、ジャックで胸に沸いたわだかまりを焼く。

「……そうか、国のために命を賭すというのは、古い考えなのかもしれんな」

「そんな事はないんじゃない。ただ今の教育やメディアの宣伝で骨抜きになっちゃったからじゃないかしら。資本主義の権化みたいな国だからね。良い面もあるけれど、やはり味気ないところはあるわ」

「繁栄のための選択ならやぶさかではあるまい。国の舵を取るということはその立場にならないと分からぬものだよ」

「そうね、あんたの言う通り。その時は最善と思った決断でも、後から見れば違って映る。時代や価値観によっては、失敗に見えてしまうことだってある」

「ようは結果論で物事を考えてしまうからだろう。私は少なくともすべての決断に命をかけてきた」

男は柿ピーを一つ、二つと口へと運ぶ。

その所作一つとっても美しい佇まい。

時代劇の俳優のような立ち居振る舞い。

「……そんな感じがするわ、何か風格が体から滲み出てるもの。でもさ、あんたみたいのって、その苦衷を口にすることもなかったんじゃない? 下手したら、わかって貰おうとも思わなかったとか?」

ゆっくりと首を振る男。

「……そんなことはない。やはり理解してくれる人間がいれば腹は座る」

腹をぱんぱんと叩くと、男はジャックのグラスをお茶のお手前のようにして飲み干した。


あたしは、二杯目のジャックを注ぐ。

どこぞの企業の会長?

もしかしたら茶道の大家?

体から滲む気迫、気というのかしら、まさに肝が据わった人物ということだけは分かる。

そっと差し出したグラスを見つめる男。

琥珀の海の透明な島の頂を指で触れた。

カン、カラン。

グラスに跳ねる氷の音。

あたしは手元を操作する。

流れ始めたのは、浜田麻里「Cry For The Moon」

「批判を恐れず、世のため人のため、国のためになると信じたなら、悔いることはない。若者には挑むことを恐れないでほしい」

「大丈夫よ、人間万事塞翁が馬」

あたしはジャックに口をつける。

氷がカランとグラスの中で遊ぶ。

「ほうママは面白いな」

男は相変わらずの作法でジャックを飲む。

「どうも」

「たしかに物事は一方向から見ていたのでは、見えないものがある。主義主張もそう。特に決断を下す時は、基準となる正確な情報は欲しい」

「そうね、日光を見ずして結構と言うなかれ。見もせずに語るな。一方だけの意見を聞いて判断するなってことよね」

「得たり。それが万端相整ったとして、これだ、と決断しても最良になるかどうかは分からない。さっきの話に戻るがね……」

ゆっくり頬を緩ませ、枝豆を手に取る男。

貫禄の中にどこか、茶目っ気が見え隠れする。

「そうね、だからあたしは面白い方を選んで、これからも生きていくつもり」

「それはいい。私も極めたい道があったな……」

「茶道? かしら?」

大きく、深く頷いた男。

「今日のこの出逢いも、忘れられぬものとなりましょう」

男はグラスの底に手を添えて掲げて見せた。

「ええ、一期一会ね」

あたしが見つめると、男の眼光が鋭く光り、顔が綻ぶ。

「ママ、あなたは人の心を汲む人のようだ」

「そんなたいそうじゃないわよ、酒を酌む人よ」

ハハハと男は高らかに笑う。

氷がカランと音をたて、ジャックに溶けてゆく。

「ママは鬼才だな」

「あらやだ、鬼じゃなくて、かわいいくまさんに見えないの?」

「くまか……なるほど、見方を変えれば見えなくもないな」

あごを手で擦りながら、男は頷いている。

外で暴れていた風は、いつのまにかおさまっていた。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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