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ジェラピケのママ  作者: ぽんこつ


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11/25

こころの声は風のなか

今日もスピーカーからはTM NETWORKが流れている。

「THE POINT OF LOVERS' NIGHT」

カツラはおかっぱ黒髪。

ジェラピケはブラウンのハートアランワンピース。

清楚系って感じでしょ?

映えない?

地味?

派手や色付きだけじゃないのよ。

女の魅力は。

今日は地味の番よ。

そして、映えればいいってもんでもないのよ。

まだまだ、浅いわね。

にやり。


そして、今日もこのひなびたバーに、ジャックとカルーアしか置いてないカウンターに、またひとり転がり込んできた。

純情ぶったおかっぱを撫でながら、あたしは土埃の匂いを連れてきた女を眺める。

ベージュのキュロットに履き慣れたスニーカー。

グレーのパーカーにダウンベストのブルーが映えている。

旅人かな。

「こんばんは、寒いね、このお店」

「そうよ、四季に合わせてるの」

「ああ、そういうの私好き」

女は手前の丸椅子に腰を下ろして首をすくめた。

「ふふ、ジャックね」

「うん、よく分かるね私が飲みたいの」

「二種類しかないから、フィフティ・フィフティよ。人生もだいたい二択、勇気か保留。ほら、今日は勇気を」

あたしがウインクを投げながら、ジャックのグラスを差し出すと女はウインクを返し一口。

右目の下のホクロが浮きあがる。

繋げた音楽はHY「散歩に行こう」

「ふー、おいしい」

オレンジのリップの跡がついたグラスの縁を指でなぞる。

あたしは枝豆の皿をグラスの隣に置いた。

「ママはさ、旅したことある?」

「もちろんあるわよ」

「どっかオススメな場所ある?」

「あたしの聞いてどうすんの?」

女は枝豆をもぐもぐ。

「迷ってるんだよね」

あたしはジャックを一口。

カランと氷を鳴らす。

「でもね、女のひとり旅って、現実には危ないときもある」

「分かってる。私、合気道できるから」

「いいじゃない。なら“勇気と用心”は持って、“過信と油断”は置いてく。これ、旅の基本」

女は微笑を浮かべて琥珀を眺めている。

「どこに行こうか、終わったらどうしようかなって……」

「ふーん、あんたは旅の途中なんじゃないの? 行きたいとこに行って、旅が終わった、その時に考えたらいいじゃない」

「そうなんだけどさ」

女はグラスを人差し指の爪で弾いて、カンッと音を鳴らす。

「こんな風に寄り道もいいんじゃない、脈絡もなく。計算したり計画したりするよりも楽しいもんよ」

ジャックを流し込んだ女は、ふーと肩で息を吐き出す。

「……どうして?」

「何が起こるか分からないでしょ?だから面白い」

「そうかな、私は不安になるかも」

視線を上げ、そう言いながら、小さく首をひねる。

「うん、だから計画をたてるのよね。少しでも目標に近づくために。それで不安を減らしていくのよ」

あたしはおかっぱの毛先を指に巻きつけながら続ける。

「でも、その過程を楽しむことを忘れちゃったりもする。先だけを見て……ねえ? 何かをしようって思った時の気持ち。あんたには、まだある?」

黙った女はグラスをあおる。


あたしは、おかわりのジャックをコースターにそっとのせる。

氷が。

カラン。

そして、次の曲へ。

L'Arc~en~Ciel 「DIVE TO BLUE」

「最初はさ、日本全国周るつもりだった。いろんなものを見たくて、たくさんの人に出会ってみたくて」

「あら、すごいじゃない。ちなみにどこ行ったの?」

少し頬が緩んだ女。

「最初に行ったのは北海道一周。夏だったけど、冬にも行ってみたいって思った。そうそう、峠を抜けた先でさ、山に囲まれた広くて深い緑の森の中に、真っ白な道が一本、真っ直ぐ通ってて、その道をね走ったんだけど気持ちよかった」

言い終わると、組んだ手を前に伸びをする。

「すてき。あたしも行ってみたいわ」

枝豆をつまんで、女を見る。

何かを思い出したのか目尻が下がる。

「……温泉入って、豚丼食べて、カニ食べて、牛の乳しぼりもした。なんか大らかなんだよね北海道って。人も自然も飾らない」

「ごめん、よだれが出てきたわ」

はははと、女は笑う。

「次に行ったのは山陰。京都から山口。鳥取で砂丘見て、大山見て、出雲大社行って、萩の城下町、港町の仙崎。河口にも小さな町がいくつもあって、山と海が近くて……」

ジャックのグラスを傾けながら見つめる瞳は、アルコールの余韻というより、旅そのものの後味のように柔らかい。

「なんか過疎化って言われてるけど、ちゃんとみんな頑張って生きてたな、優しくて世話好きの人ばかりだった。もちろん美味しいものもたくさんあった。イカにカニ、おそばでしょ、サバしゃぶ、赤てん、シジミの味噌汁」

指折り数える女。

あたしの頭の中に、食べ物の映像が浮かんでは消える。

思わず手一杯につかんだ柿ピーをほおばる。

ピーの甘さと種の辛さが口の中に広がる。

女は枝豆を、そしてジャックを口へと運ぶ。

「ちゃんとあるじゃない。あんたの中に答え」

「そっか……」

溜め息交じりに、女は深く二度、三度と頷く。

「まだ行ってないとこもあるし、もう一度食べたいし、会いたい。景色や人たちに……」

宙に向けられた、女の視線の先に映るのは、きっと旅情。

いいわね、あたしも旅に出たくなってきたわ。

ジャックを流し込んで、まだ見ぬ地への想いを馳せた。

「きっと、旅自体があんたのしたいことなんじゃない」

息を吸って大きく目と口を開けた女は、頬を膨らませながら長く息を吐いた。

「……寄り道って大事かも」

「そうね、地味な服に隠れてる魅力みたいなものよ。映えるとこばかり探してると、見えなくなっちゃうの」

あたしは、黒髪の毛先を指に絡めて女を見つめた。

琥珀の向こうで、その瞳が艶やかに揺れていた。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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