こころの声は風のなか
今日もスピーカーからはTM NETWORKが流れている。
「THE POINT OF LOVERS' NIGHT」
カツラはおかっぱ黒髪。
ジェラピケはブラウンのハートアランワンピース。
清楚系って感じでしょ?
映えない?
地味?
派手や色付きだけじゃないのよ。
女の魅力は。
今日は地味の番よ。
そして、映えればいいってもんでもないのよ。
まだまだ、浅いわね。
にやり。
そして、今日もこのひなびたバーに、ジャックとカルーアしか置いてないカウンターに、またひとり転がり込んできた。
純情ぶったおかっぱを撫でながら、あたしは土埃の匂いを連れてきた女を眺める。
ベージュのキュロットに履き慣れたスニーカー。
グレーのパーカーにダウンベストのブルーが映えている。
旅人かな。
「こんばんは、寒いね、このお店」
「そうよ、四季に合わせてるの」
「ああ、そういうの私好き」
女は手前の丸椅子に腰を下ろして首をすくめた。
「ふふ、ジャックね」
「うん、よく分かるね私が飲みたいの」
「二種類しかないから、フィフティ・フィフティよ。人生もだいたい二択、勇気か保留。ほら、今日は勇気を」
あたしがウインクを投げながら、ジャックのグラスを差し出すと女はウインクを返し一口。
右目の下のホクロが浮きあがる。
繋げた音楽はHY「散歩に行こう」
「ふー、おいしい」
オレンジのリップの跡がついたグラスの縁を指でなぞる。
あたしは枝豆の皿をグラスの隣に置いた。
「ママはさ、旅したことある?」
「もちろんあるわよ」
「どっかオススメな場所ある?」
「あたしの聞いてどうすんの?」
女は枝豆をもぐもぐ。
「迷ってるんだよね」
あたしはジャックを一口。
カランと氷を鳴らす。
「でもね、女のひとり旅って、現実には危ないときもある」
「分かってる。私、合気道できるから」
「いいじゃない。なら“勇気と用心”は持って、“過信と油断”は置いてく。これ、旅の基本」
女は微笑を浮かべて琥珀を眺めている。
「どこに行こうか、終わったらどうしようかなって……」
「ふーん、あんたは旅の途中なんじゃないの? 行きたいとこに行って、旅が終わった、その時に考えたらいいじゃない」
「そうなんだけどさ」
女はグラスを人差し指の爪で弾いて、カンッと音を鳴らす。
「こんな風に寄り道もいいんじゃない、脈絡もなく。計算したり計画したりするよりも楽しいもんよ」
ジャックを流し込んだ女は、ふーと肩で息を吐き出す。
「……どうして?」
「何が起こるか分からないでしょ?だから面白い」
「そうかな、私は不安になるかも」
視線を上げ、そう言いながら、小さく首をひねる。
「うん、だから計画をたてるのよね。少しでも目標に近づくために。それで不安を減らしていくのよ」
あたしはおかっぱの毛先を指に巻きつけながら続ける。
「でも、その過程を楽しむことを忘れちゃったりもする。先だけを見て……ねえ? 何かをしようって思った時の気持ち。あんたには、まだある?」
黙った女はグラスをあおる。
あたしは、おかわりのジャックをコースターにそっとのせる。
氷が。
カラン。
そして、次の曲へ。
L'Arc~en~Ciel 「DIVE TO BLUE」
「最初はさ、日本全国周るつもりだった。いろんなものを見たくて、たくさんの人に出会ってみたくて」
「あら、すごいじゃない。ちなみにどこ行ったの?」
少し頬が緩んだ女。
「最初に行ったのは北海道一周。夏だったけど、冬にも行ってみたいって思った。そうそう、峠を抜けた先でさ、山に囲まれた広くて深い緑の森の中に、真っ白な道が一本、真っ直ぐ通ってて、その道をね走ったんだけど気持ちよかった」
言い終わると、組んだ手を前に伸びをする。
「すてき。あたしも行ってみたいわ」
枝豆をつまんで、女を見る。
何かを思い出したのか目尻が下がる。
「……温泉入って、豚丼食べて、カニ食べて、牛の乳しぼりもした。なんか大らかなんだよね北海道って。人も自然も飾らない」
「ごめん、よだれが出てきたわ」
はははと、女は笑う。
「次に行ったのは山陰。京都から山口。鳥取で砂丘見て、大山見て、出雲大社行って、萩の城下町、港町の仙崎。河口にも小さな町がいくつもあって、山と海が近くて……」
ジャックのグラスを傾けながら見つめる瞳は、アルコールの余韻というより、旅そのものの後味のように柔らかい。
「なんか過疎化って言われてるけど、ちゃんとみんな頑張って生きてたな、優しくて世話好きの人ばかりだった。もちろん美味しいものもたくさんあった。イカにカニ、おそばでしょ、サバしゃぶ、赤てん、シジミの味噌汁」
指折り数える女。
あたしの頭の中に、食べ物の映像が浮かんでは消える。
思わず手一杯につかんだ柿ピーをほおばる。
ピーの甘さと種の辛さが口の中に広がる。
女は枝豆を、そしてジャックを口へと運ぶ。
「ちゃんとあるじゃない。あんたの中に答え」
「そっか……」
溜め息交じりに、女は深く二度、三度と頷く。
「まだ行ってないとこもあるし、もう一度食べたいし、会いたい。景色や人たちに……」
宙に向けられた、女の視線の先に映るのは、きっと旅情。
いいわね、あたしも旅に出たくなってきたわ。
ジャックを流し込んで、まだ見ぬ地への想いを馳せた。
「きっと、旅自体があんたのしたいことなんじゃない」
息を吸って大きく目と口を開けた女は、頬を膨らませながら長く息を吐いた。
「……寄り道って大事かも」
「そうね、地味な服に隠れてる魅力みたいなものよ。映えるとこばかり探してると、見えなくなっちゃうの」
あたしは、黒髪の毛先を指に絡めて女を見つめた。
琥珀の向こうで、その瞳が艶やかに揺れていた。
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