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ジェラピケのママ  作者: ぽんこつ


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10/25

巡りの中で

今日もスピーカーからはTM NETWORKが流れている。

「Children of the New Century」

乾いたギターリフが、狭い店内に少し大きめに響いていた。

ジャックとカルーアしかないカウンターに、ドアのベルを震わせて、ひとりの女が転がり込んできた。

白いブラウスは肩口が少し皺だらけで、タイトスカートの裾もよれている。

きっと、ついさっきまで仕事をしていたのだろう――

そんな服装のまま、ヒールを鳴らして丸椅子に腰を下ろす。

「……もう、全部疲れた」

化粧は少し剥がれて、目元には乾いた涙の跡。

カルーアミルクを頼む声は、ひどく小さかった。

グラスが置かれると、女はすぐには手をつけず、ストローを指先でくるくる回した。

あたしは、そっと柿ピーの皿を並べて置く。

ため息が漏れる唇の左下にほくろがあった。

「人ってさ、どうして裏切るんだろうね」

ぽつりと零れた言葉に、あたしは氷の音を立てながらジャックを注ぐ。

「理由なんて、裏切る側にしかわからないもんよ」

「……信じてたんだけどな」

「信じたから傷つくのよ。信じなければ、傷はつかない」

「でも、信じなかったら、人となんて関われないじゃない」

あたしはグラスを持ち上げ、薄く笑い返す。

「あたしはね、損してもいいから面白い方を選ぶ。でも、あんたは今、面白くもない人間に全力で裏切られてる」

女はやっとカルーアミルクを口にした。

ほんのり甘いはずなのに、喉を通るときは塩辛い。

「……甘くないね、これ」

「そりゃそうよ、今日のあんたには」


沈黙の中――

次の曲のイントロが少しだけ女の表情を変えた。

エルトン・ジョン&ジョージ・マイケル。

「Don’t Let The Sun Go Down On Me」

厚いピアノが、カウンターの上だけを優しく照らす。

「ママ、それってジェラピケ?」

「そうよ。いいでしょ?この耳」

あたしはフードを被ってそこについている耳を両手で立たせる。

「かわいい……」

女はカウンターに突っ伏しながら目尻を緩ませた。

でもすぐに、視線を落とす。

照明の光を帯びたダークブラウンの髪がはらりと顔にかかる。

呼吸は浅く、震えるまつ毛の奥の瞳は儚さに彷徨う。

唇が微かに開いては閉じる。


そして――

「死にたい……」

ポツリと落ちた言葉は、グラスの底に重く沈む。

きっともう、さんざん、そう思って泣いたんでしょうよ。

「あたしは、そうしたいなら、すればいいとおもうわ。——でも今夜はダメ」

女は視線だけあたしに投げる。

「まあ、あたしもそんなときがあったからね……」

「……心はずっと、一人だったから。……欄干に手を掛けて終わろうとした夜、『Get Wild』がたまたま流れたの。ベースのドゥンで足が止まってね。『死ぬの、3分半だけ延期』って。曲が終わったら次の曲も気になって、気づいたら朝。それからずっと、面白いほうに“延長”し続けてここまで来たのよ」

あたしは女にウィンクを投げて、ジャックを含んで喉を焼く。

そして、そっとグラスを置いた。

その琥珀を見つめる女。

「……『生きたくても生きられない人もいるのに、なんでお前は』って、頭の中の声がうるさくてさ。あれ、他人の顔をしてるけど、結局は自分をいじめる声なんだよね」

「……死のうと思ったことがない人の言葉は、ときどき軽い。まあ経験がないからね。でもあんたの重さはここに置いてっていい。今夜は延長、ね」

首を傾げ、女は顔にかかっていた髪を細い指で払う。

「ちなみに、延長料金は柿ピー一皿。払えないなら笑顔で分割」

目を細めてあたしを見つめる女。

「……ママが天使に見えるよ」

「そう? 夜の電球より浮いてるのよ、あたし」

レモンイエローのロングツインテールのカツラを撫でて、その毛先を両手で摘まんで女に向ける。

フッて笑って体を起こした女はカルーアを一口。

そして、つまんだピーを眺めている。

「あたしは、あんたのことは覚えておくわ、今夜ここに来たのも何かの縁だから、地球が巡るのと一緒ね」

「そう、お日様は沈まないのよ、あたし達が周りをグルグル回ってるだけで、ただ、そこにある」

ピーをほうり込んだ女は髪を耳に掛ける。

「私も……面白いものみつけられるかな」

「見つかるわよ、もしかしたらもう知ってるかもね」

女は目尻から零れそうな滴を指の背に滲ませた。

「じゃあ、これはどうかしら?……月に代わっておしおきよ!」

そう言って、あたしは指先を女に向ける。

キョトンした女は一言。

「なに、それ?」

「平成のバフ。令和でもたまに効くの」

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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