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場末のマリア

三つしかないカウンター席に、年季の入った丸椅子。

壁のスピーカーからは、小室哲哉のキーボードが流れている。

お気に入りは「HumanSystem」。

そう大体はTM NETWORK。

けど、それはあたしの“初期設定”みたいなもん。

客の顔色や姿勢を見て、あたしは曲を変える。

仕事帰りの疲れたサラリーマンなら、チャゲアスの「Say Yes」で背中を軽く押す。

恋愛でくたびれてる子には、ベリンダ・カーライル「Heaven Is a Place on Earth」で甘くほぐす。

泣きたい子には、HY「366日」や164「天ノ弱」で枯れさせる。

とことんリピート。

落ち込みが深すぎるやつは、マイケル・ジャクソンの「Billie Jean」で足先を勝手に動かさせる。

BTSは若い子やノリたい客にぶっこんで、場を明るくするための爆薬みたいなもん。

文字通り「DYNAMITE」

自信を失ってるやつには安室奈美恵の「Get Myself Back」で背中を押す。

戻ってきなさいよ、あんたの“myself”。

怒りを酒で流そうとしてる強面には、ボン・ジョヴィの「It’s My Life」でカウンターごと焚きつける。

そして、夜の終わりには石川さゆりちゃんを流す。

ここまで来れば、どんな客も一度はうつむいて、グラスの底を見つめる。


今日もこのひなびたバーに、ジャックとカルーアしか置いてないカウンターに、またひとり転がり込んできた。

うちに来るやつはたいてい、酒より吐きたい話を抱えてる。

年に数回、本気で吐くやついるけど。

今日のカツラは昼ドラの悪女みたいなブロンドの縦巻き。

ソフトクリーム機のノズルが全力で仕事したみたいに、見事にぐるんぐるん。

あたしはピンクのジェラピケのワンピースを着たまま、グラスをくるくる回す。

だって暖房効かないんだもの、この店。

客も文句言わないわよ。

場末だもん。


「ジャックにする? それとも甘いカルーア?」

顔を見りゃわかる。

今日は苦い方がいいらしい。

柿ピーと枝豆、どっちがマシか聞くと、苦笑いされた。

苦笑いする元気はあるなら、まだ大丈夫ね。

「さては仕事で何かあったわね」

あたしはカウンターに肘をつき、手の上に顎をのせる。

瞳が曇り揺れている。

あたしの目はごまかせない。

軽い眩暈ね。

ジャックを注ぎながら、こっそり柿ピーの皿を引き寄せる。

氷の音がチン、とグラスに響く。

そして、そっと流し始めたのはビートルズの「Let It Be」。

ジャックダニエルの琥珀色がゆっくり満ちていくのを眺めながら、男はため息をこぼす。

「悩みはここに置いてきなさいな。あんたの分も、一緒にボリボリ食べてあげるから」

男は顔を上げると、グラスを一気にあおった。

氷がカランと鳴り、ピアノがそっと重なる。

「あんた、飲み方だけはロックね」

そう言うと、男は吹き出すでも泣くでもなく、ただ肩の力を抜いた。

あたしの柿ピーを食べるリズムが曲と重なる。

男も柿ピーを口にほおり込む。

そして、あたしは新しく注いだジャックをそっとコースターの上に置く。

男は躊躇なく、おあおると、グラスを傾け見つめていた。

あくまでも口に出さないタイプね。

でも、ひととき消化できても蓄積するのよ。

「あんた、男は黙ってみたいな美学、捨てた方がいいわよ」

男は顔をあげ、不思議そうに見つめている。

あたしは構わず柿ピーを頬ばる。

曲のサビが終わる頃、男はぽつりと——

「……もう一杯、いいですか」

「いいけど、柿ピー代は前払い。あんたの話もついでに聞かせなさい」

男は初めて笑った。

「……ママって、優しいんですね」

「あら、やだ。勘違いしないで。あたしは柿ピーが好きなだけよ」

「ハハ……」

男は声に出して笑うと、琥珀を見つめながら、口を開いた。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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