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59:中米戦争3

 新世界歴元年 3月25日

 メキシコ連邦共和国 南部



 メキシコ南部――グアテマラとの国境近くを走る幹線道路は、グアテマラからメキシコ方面へ避難する難民たちによって渋滞していた。全く進まない車からはクラクションが鳴り響き、避難民たちが早く先に進みたいという焦燥感と苛立ちが国境周辺に立ち込めていた。

 その、反対車線では前線へ向かう軍用車両の車列があった。

 これから前線へ向かうアメリカ陸軍の車列だった。


「反対車線は全く動いてないですね……」

「メキシコ以南の中央アメリカ――すべての国が避難命令を出したからな」


 ベルカ連邦が中央アメリカに侵攻を始めて二ヶ月。

 ベルカはパナマ・コスタリカ・ニカラグアを占領し、現在はホンジュラスの大部分を占領下においていた。中米諸国の軍事力は非常に小さいことを考えるベルカの進軍速度は遅い。

 その理由は、アメリカ軍が各所で行っている妨害によるものだ。

 空軍や海軍が補給線を空爆でたたき、陸軍と海兵隊の地上戦力が散発的な戦闘を各所で起こして避難までの時間を稼いでいるからこそ、ベルカがあまり進軍できていないのだ。

 さて、アメリカがなぜ遅延戦術を使っているのか。

 その理由は単純で兵力が足りないからだ。

 アメリカ陸軍はその主戦力をヨーロッパと極東に駐屯させており、アメリカ本土にいるのは予備部隊が殆どなのだ。これは、ソ連と北中国と直接対峙している地域の防衛のためなので仕方がない。

 空軍に関しても主力の戦闘機部隊がやはりヨーロッパと中華連邦・朝鮮などに分散配置しており、国内には予備部隊がメインとなっている。

 例外は海軍くらいだが、こちらも半数は整備などでドックに入っているので現状では今動かしている3個空母戦闘群以外で動かせる艦艇はない。

 極東駐屯部隊に関しては北中国が消失したことに伴い撤収させているが、撤収した部隊をすぐに中米にまわすことはできない。一応、カナダやメキシコも軍を出しているので、前線を停滞させることはできているがそれも長く維持させることはできない。

 更に、ベルカはカリブ海の島々にも軍を進めていて海兵隊は島嶼部に派遣されており、地上には手がまわっていなかった。


「日本が軍を出してくれれば楽なんだがなぁ」

「そうだな…向こうの戦争は終わったなら余裕がありそうだが」

「でも、上の連中が日本に援軍を求めるとも思えないがな」

「ああ…プライドってやつか?」

「そんなことよりも、さっさと敵を大陸から追い出すほうが一番だと思うけどな」

「――お前達、無駄話はそこまでにしておけ」


 上層部批判に話が飛躍したのを見て、部隊長が注意する。

 多少の雑談くらいならば目を瞑るが、だからといって上層部批判までは見過ごすことはできない。

 兵士たちも自分たちが余計なことを口に出しかけていたのを理解していたのかすぐに口を閉じた。





 パナマ共和国 パナマ市

 ベルカ連邦軍 第15軍団 前線司令部




 パナマ市中心部にあるアメリカ資本の高級ホテルは現在、ベルカ連邦軍第15軍団の前線司令部として使われていた。ホテルの周辺はパナマ市の市街地だが、ほとんど人気はない。ベルカ軍の攻撃によって破壊された建物などは二ヶ月経って現在でも殆ど片付けが行われていない。

 パナマに入ったベルカ人たちが片付ける動機もないし、国から逃れることができなかったごく僅かな市民たちは郊外で息を殺すように活動しているからだ。食料や燃料などはすべてベルカから運び込まれている。当初は、現地で調達する予定だったが現地住民の大半が避難してしまったため、使える人材が殆どいなかったと、仮に現地住民がいたとしても言葉による意思疎通がほぼできないことからベルカ側が諦めたのだ。



「閣下。参謀本部からです」

「……またか」


 司令官のベクター中将は渋い顔で参謀本部から送られたであろう紙を受け取り目を通し――深々と溜め息を吐いた。

 そこに書かれていたのは、予定よりも進軍が遅れていることへの非難であった。担当者はよほど腹に据えかねているのか「祖国への忠誠心が足りない」とまで書かれている。


「祖国の忠誠心だけで進軍速度が上がるわけがないだろうが…」


 進軍状態ははっきり言って悪い。

 侵攻先にある国の軍事力は小国レベルのものしかない。だが、その小国に味方している国の軍隊がいるようで、その軍隊による妨害で当初の予定に比べて進軍は大幅に遅れていた。

 参謀本部はそのことがお気に召さないらしい。

 おそらくは総統閣下に苦言でも呈されたのだろう。そして、それを受けて現場に八つ当たりしているのだ。そもそも、総統に「この程度の小国容易に占領できる」と大見得をきったのは参謀本部の連中なのだが、そのことは綺麗さっぱり忘れていることだろう。

 なにせ、現場の「げ」の字も知らない連中が取り仕切っているのだから。

 ひとしきりの罵詈雑言を心のなかでぶつけながらもベクターは考える。

 当初の予定よりは遅れているものの、それでも着実に占領地は拡大している。相手も正面からぶつかるつもりはないらしく適度に戦ったあとに後退しているからだ。

 問題があるとすれば、敵はベルカの兵站線に執拗な攻撃を行っていることだろうか。すでに幾つかの補給施設が空爆によって破壊されている。さらに空軍のレーダー施設も被害を受けているらしく、北部の防空能力が大幅に弱体化しているなんて報告もあった。

 首都の参謀本部はそこまで問題と考えていないようだが、現場に近い将官ほど状況がより悪化していることに気づいていた。

 おそらく敵はまだ正面とぶつかれる戦力を動員している最中なのだろう。

 一連の妨害工作はそのための時間稼ぎだ。

 ならば、一気に戦力を注入して正面突破するほうが勝機はありそうだが、残念ながら現有戦力ではそれは難しい。だからといって、追加の兵力投入を参謀本部に要請もしたくない。確実に今ある指揮権は中央から出てくる人間に奪われるに決まっている。そうなれば、考えなしに兵力を消耗させてより厳しい状況になるだけだった。


「…相手の疲弊を待つしかないか」


 長期戦になればなるほど相手は疲弊していくだろう。

 もっとも、それは自分たちも同じであり「待つ」ことに慣れていない参謀本部の連中が我慢し続ければの話だが。





 エルサルバドル 中部



 エルサルバドルの国土を南北に貫く幹線道路は、大規模な戦闘が行われていた。侵攻してきたベルカ軍の戦車部隊を、防備についていたアメリカ・メキシコ連合軍の戦車部隊が立ちふさがる。

 数の上ではベルカ軍が連合軍を上回っていた。

 しかし、連合軍はこの地域の制空権を握っているため戦況は連合軍が優位に進めていた。

 アメリカ陸軍と共闘しているメキシコ陸軍第1機甲旅団の戦車は日本製の90式戦車だった。輸出仕様なのでいくらかスペックダウンしているが、ソ連のようなあからさまに性能を下げたものではない。日本製の射撃指揮装置などが搭載されており、主砲の命中精度は日本の帝国陸軍で使われているものと遜色ないものだ。


 戦車戦から少し離れたところでは歩兵同士の戦闘も起きていた。

 連合軍は瓦礫の合間などから射撃を続け、更に歩兵支援のために多数のドローンを使ってベルカ側の歩兵部隊を攻撃していた。ベルカの歩兵部隊はなんとか戦線を突破しようとするが、制空権を握られているため満足に進軍することはできない。


「くそっ…空軍の連中はなにをしている!」


 現場指揮官である中隊長が恨めしげに空を睨む。

 断続的に攻撃ヘリコプターのプロペラの音と、更に別のドローンが発するプロペラ音が空で鳴り響く。ベルカ側にもドローンのような無人偵察機は存在するのだが、連合軍のものに比べれば性能は悪く満足に偵察をすることができていない。それによって、彼らは完全に後手にまわってしまっていた。


「聞いてた話と違う…」

「相手は殆ど軍事力を持たない小国だって話だったはずだ!なのに、眼の前の奴らはどう見ても列強クラスの軍隊だ…」


 そして、兵士たちの士気もどんどん下がっていた。

 はじめのうちは士気は十分にあった。ベルカの強大さに酔いしれていたともいえる。だが、それもアメリカ軍が参戦してからは「話が違う」とばかりに兵士たちは常に愚痴を言い続け、そのたびに指揮官に「無駄話をするな!」と怒鳴られていた。

 元々、今回のために徴兵されていた彼らの大半はかつてベルカによって併合された国々の出身者が多い。もとより、ベルカへの忠誠心はなく彼らの大半は徴兵に伴い支給される「報酬」を目当てにしていた。

 だからこそ、力のない小国相手だと思っていたら列強クラスの軍隊が出てきて戦意を喪失したのだ。彼らにとってベルカは命を捧げる国ではないのだから。


 逆に連合軍――いや、メキシコ軍の士気は非常に高い。

 ここを突破されれば祖国であるメキシコに敵軍が近づく。他の中米諸国と違ってメキシコの総人口は1億人を上回る。すでに、南部の州は市民への避難を呼びかけているほどだ。

 メキシコにとって正規の戦争というのはそれこそ、200年前にアメリカと戦って以後一切経験していない。メキシコにとっての戦争といえば敵国ではなく、国内で幅を利かせているマフィアやゲリラとの抗争だ。

 だからこそ、メキシコ軍の装備も非正規戦を戦うことを重きにおいた編成をしている。一応、国連軍として他国へ兵力を派遣する必要があることから外征用の機甲部隊などは有しているが、メインとなるのは機動性を重視した歩兵部隊であった。

 ゲリラとの戦いを常に行っていることから、メキシコ陸軍はゲリラ戦の経験は豊富であった。そして、メキシコ軍には中米各国から後退していた各国軍の兵士たちも義勇部隊という形で参加しており特に彼らは非常に高い士気をもっていた。



「義勇兵の士気はとんでもなく高いな」

「とはいえ、数はあちらが圧倒的に優位。このまま押し返すことは難しいでしょうね」

「…そうだな。援軍は?」

「本国から追加で2個歩兵師団が派遣されていますが、到着までには3日ほどかかりますね。メキシコの2個大隊は本日中に合流予定と先ほど連絡がありました」

「2個歩兵師団がくれば少しは変わるかもしれないが…やはり、押し返すのは難しいか」

「ええ、情報部の話では相手はどうやら更に一個軍団をこちらへ送り込もうとしているらしいですから」


 まるでソ連みたいだな、と現場指揮官である大佐は小さくボヤいた。


「ヨーロッパを攻め込んでいる国も圧倒的な物量を持っていたが…異世界というのはそれが当たり前なのか?」

「さあ?何分サンプルが少ないので何もわかりませんが…」


 好戦的な国は思った以上に多いかもしれませんね、と副官は苦笑する。

 その時、上空でジェット機特有の音が鳴った。そして、しばらくしたあとに近くで大きな爆発音のようなものが聞こえてくる。


「…空軍――いや、海軍の空爆か」


 メキシコ湾と太平洋にそれぞれ空母打撃群が1つずつ展開していた。

 おそらく、そのうちの一つの艦載機による空爆だった。


「どうせなら、敵の首都もふっとばしてほしいものだな…」


 それで戦争が終わる訳ではないのはもちろん知っているが、意趣返しにはなるだろうと大佐は思った。


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