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58:捕虜たちの帰国

 新世界歴元年 4月1日

 日本帝国 樺太州 大泊支庁 大泊市

 大泊港




 樺太南部――宗谷海峡に面する安庭湾の西端に位置するのが樺太第二の都市・大泊である。人口は約25万人で古くから樺太の玄関口として樺太開拓時には多くの船舶で賑わい、現在でも樺太最大の港湾として多くの貨物や人々が集まる。

 宗谷海峡を挟んで対岸にある北海道の稚内との間には、日本唯一の「鉄道連絡船」である「稚泊連絡船」が運行しており鉄道の運行ダイヤにあわせて大型客船が両都市を結んでいる。

 かつては、青森と函館の間の「青函連絡船」や岡山の宇野と香川の高松の間を結ぶ「宇高連絡船」などが国鉄直営で運行されていたが、青函連絡船は「青函トンネル」へ、宇高連絡船は「瀬戸大橋」にそれぞれ役割を譲り廃止となったが、宗谷海峡の間にはまだ橋梁やトンネルを作る計画は存在しない。

 莫大な予算がかかることと、本土と樺太の行き来は航空機が一般的になっており、更に貨物に関しても貨物船を直接大泊港へつけてから貨物列車を樺太各地へ走らせたほうがコスト的に安いためだ。

 稚泊連絡船もかつては大勢の利用者がいたものの、航空便が増加してからは利用者数は着実に減っている。それでも、鉄道連絡船という使命があることから便数こそ若干減らしているものの、運行を続けていた。



「…なんだありゃ?」

「海軍の輸送艦か?」


 大泊港に入港する稚泊連絡船の乗客たちは大泊港に停泊している数隻の大型船を見て思わず首をかしげた。よくよく目を凝らしてみると岸壁付近には軍のものと思われるバスなどが多く停車しており、どこか物々しい雰囲気を感じる。

 実は岸壁に止まっているバスたちは、先の戦争で捕虜になったマリス連邦軍の兵士たちを乗せていて、兵士たちは停泊している輸送艦に乗り込んでマリスへと帰国しようとしている最中なのだ。

 先日。ようやく日本とマリスの間で講和条約が結ばれたことによって捕虜の返還も行われることになったのだ。


「ついに帰国か…」

「なんというか、少し気分が重いですな」


 帰国する捕虜の中にルックフォード中将とオルト少将の姿もあったが、二人とも本音でいえばあまり国に戻りたくはなかった。

 帰国したところで彼らに待っているのは温かい出迎えではない。マリス世論というのは敗者に対して厳しい。おそらくメディアや世論からの強いバッシングを受けることになるだろう。政府が全面的に守ってくれるならいいが今は大統領選挙や解散された議会選挙の対応で手一杯なので、兵士たちのことを気にする余裕はなさそうだ。

 なにより、軍上層部は指揮官である彼らを糾弾するだろう。

 だからこそ、どちらも帰国と同時に退役してやろうと考えていた。

 他の兵士たちの表情もあまりかんばしいものではない。これからのことを考えて憂鬱になっているのだろう。


「次の政権はもう少し現実が見れる政権ならいいのだがな」

「参謀本部の人員も一新されるそうですが、あとが怖いですな…」

「主戦派の数はかなり多かったようだからな。国は大きく荒れそうだ」


 国の根幹ともいえた植民地の喪失はマリスにとって大きな痛手だ。

 いくら穏健的な体制の政権が出来たとしても、落ち込んだ経済などを立て直すのは簡単なことではない。政治のことをあまり詳しくない二人ですらこれからマリスに待ち受けているのが茨の道だというのを理解出来ている。

 もっとも、それすら理解できない者たちも多いのだが。


「…しかし、ここは本当に寒いな。島の南端でしかも4月だというのに」

「先程、話を聞いた日本兵は『だいぶ春らしくなってきた』なんて言ってましたね」

「これで春めいたか…仮に我々が占領したとしてもこの寒さではすぐに放り出している気がするな。いくら、油がとれるといってもな」


 現在の大泊の気温は8度ほど。青空は広がっているが海からの風は見に突き刺さるように寒い。だが、その中を港湾関係者や日本兵たちは平然とした顔で動き回っている。ある程度厚着はしているようだが、彼らいわく「この時期らしい気温」だといっていた。

 オルトたちはこれでもか、と厚着をしていても寒いというのにこの地域に長く暮らしている地元住民たちにとってはこれが「普通」なのだ。



 そのような会話をしながら二人は輸送艦の中に入る。

 元捕虜たちが乗り込んでいる輸送艦は、帝国海軍海上輸送群に所属している3隻の「秋津型輸送艦」だ。

 遠方へ兵士や兵器などを輸送するために民間の貨物船と同じ規格で建造された大型の輸送艦だ。帝国海軍では同様の輸送艦を複数隻運用し更に有事の際には民間の貨物船などを徴用して1個軍団規模の兵力を遠方へ派遣することが可能な体制がとられていた。

 これほどの輸送力を持つのは地球ではアメリカ軍くらいしかない。

 圧倒的な陸軍兵力を抱えるソ連や北中国でさえこれだけの規模の輸送艦は用意出来ていない。これは、日本が海洋国家だからこそ出来たことともいえるだろう。

 第二次世界大戦時から帝国海軍はこのような輸送体制を整えておりおかげで、大規模な部隊をヨーロッパ戦線へ送り込むことができたし、戦後の中東戦争などへの介入時にもその輸送力で連合軍の兵站などを支えた。


「こんな巨大な輸送艦を一度に複数用意できる国。他にあると思うか?」

「少なくとも列強でこれと同程度の国はないのでは?」

「そうだ。列強最大規模の海軍を有すると言われている我が海軍でさえ輸送面は民間を頼っていたほどだ。我が国より海軍の戦力が劣る他の列強ではまず用意するのは無理だろうな」

「つくづく、喧嘩を売る相手を間違えたと痛感しますよ」

「まったくだよ」


 マリス兵たちを乗せた輸送艦はその30分後に大泊港を出港した。


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