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 新世界歴元年 1月2日

 日本帝国 東京 千代田区

 首相官邸



 年末年始真っ只中のこの日、首相官邸にて安川総理による緊急記者会見が開かれるという情報が正月休み中の報道機関にもたらされた。会見内容は一切不明であるが、一部の記者はこれが昨日のオーロラや地震――そして一連の通信不良に関することではないかと考えていた。


「正月早々に緊急記者会見なんて、総理は一体何を考えてるんですかね……」


 折角の休みがパーですよ、とボヤくのは大手新聞社「大東新聞」で総理官邸を担当している若手記者であった。なにせ、正月休みが昨日をもって事実上なくなったのだ。文句の一つや二つをいいたくなるのも仕方がないだろう。


「お前、昨日の夜中に起きたことは気にならないのか?」


 ボヤいていた若手記者に、どこか呆れたように声をかけるのは同じ「大東新聞」の政治部に所属している先輩記者だ。


「どういうことです?」

「昨日の夜中に観測された地震とオーロラのことだよ」

「ああ、たしかその後通信障害がおきたってヤツですよね?」

「それだけじゃない。どうも、地形が大きく変わったって話だ」

「先輩。そんな小説じゃないんですから、ありえませんって」

「じゃあ、東京でオーロラがなんで観測された?しかも、いくら地震が多いとはいえ同じ時間にすべての地震観測点で同じ震度を観測した?おまけに震源すら気象庁は掴めてないときた。これは何かが起きていると考えたほうが自然だろう」

「そ、それは……」


 はじめはまともに取り合わなかった後輩記者も、先輩記者の言い分は一理あると思い始める。

 そして、それから1時間後。記者会見が始まった。



 正月休みという時期ながら、総理官邸の会見場には多数の記者たちが集結していた。大半の記者は「休み潰してまで行う会見ってなんだよ」という不満が見え隠れしていたが、中には今回の会見は国を揺るがすものになるかもしれない――と身構えている目敏い記者もいた。

 程なくして、姿を現した安川は神妙な表情を崩さないままに口を開く。


「先日未明に発生した発光現象及び地震とその後におきた通信障害に関して原因が判明いたしましたので、緊急会見という形でご報告させていただきます――まず、今回の事象はある人為的に起こされたものではなく『超常的な存在』によって起こされたものだというのが政府の認識です。この場合の『超常的な存在』というのは俗にいう『神』と呼ばれる存在であると認識いただいて構いません」


 会場は騒然となった。

 そして、多くの記者たちは総理の言葉を信じなかった。

 当然だろう。いきなり「先の事象は神によって引き起こされたもの」などと言われたのだ。総理は何を血迷ったことを言っているんだ?集まった記者たちの殆どがそう思った。

 だが、更に衝撃的な言葉が安川の口から続けて放たれた。

 曰く。樺太の西にイギリスがあるだとか、ユーラシア大陸の大部分が消えているとか。さらに極めつけは、異世界人と接触した――というものまで安川の口から放たれた。短時間で大量の信じられない情報が総理の口から発せられ記者たちの多くが困惑の表情を浮かべていた。

 それは、テレビやネット配信でこの会見を見ていた国民も同じだった。



 会見場ではユーラシア大陸の探索に向かった海軍の哨戒機が撮影した映像が流されている。青森の八戸から飛び立った哨戒機はそのまま日本海に出てユーラシア大陸があった場所へ向かったのだが、そこには幾つかの未知な島があるだけで、前日まであったはずの大陸はない。

 また、別の哨戒機は島になってしまった朝鮮半島の遠景を撮影していた。

 それらの映像を見た記者の反応というのが――。


「こりゃまた、とんでもないことに巻き込まれたみたいだな」

「先輩。まさか信じるんですか?」

「信じるも何も実際の映像が流れているからな」

「あんなの、合成に決まってますって」


 見事に真っ二つにわかれていた――否、これは合成だと考える記者の割合のほうが多かった。そのため、記者からの質問の大半は「本当に異世界なのか」とか「異世界人の詳細を教えろ」というものばかりだった。それに対しての安川の答えは「現時点で判明しているのはこれだけ」と返し、記者たちは「そんなの何の説明にもなってない!」と反発する。

 元々、記者というのは政府などの権力に対して常に批判的な立場にたって取材をすることが多い。それによって、様々な「政治の闇」は確かに出てくるのだが、結果的にこういった記者会見においては記者が常に相手に対して喧嘩腰で臨むことが多くなる。

 今回も、それが表に出る形となった。

 実は、政府側もこうなることは想定しており安川ではなく普段から毎日のように記者と対峙している官房長官が公表する――という案もあり、そちらのほうがより有力だったのだが、安川自身が「国民に私が直に説明したほうがいい」と譲らなかったため、安川が今回の会見を行うこととなった。



「そもそも、異世界などという話を国民が信じると――総理は考えているのですか!?それならば政府はよほど国民を見下していると言わざるを得ませんが――」


 金切り声――とまでいかないが、安川を睨みつけながらそのように捲し上げるのは政府批判の急先鋒として知られる女性記者だ。もっとも、彼女のしていることは別に「正義の代弁者」ではなく単に気に食わないことに噛みついているだけなので、同じ記者たちからはあまりよく思われていない。

 というのも、他の記者が質問している最中に野次を飛ばすなどマナーがなってないからだ。それでも、出入り禁止になっていないのは彼女が一応は大手新聞社の記者だからだろう。

 もっとも、今回ばかりは多くの記者は不本意ながら彼女の言い分に同意していただろう――それだけ、政府の言っていることはメチャクチャだとこの場にいる多くの記者たちは感じていたのだ。


 政府の言っていることが本当だったと記者や世論が知るのはそれから数日後。異界の国の交渉団がこの国にやってきた時であった。




 新世界歴元年 1月2日

 日本帝国 台湾南方沖

 日本海軍 護衛艦「大淀」



 現実世界と異なり、台湾は樺太・南洋諸島と共に日本領の一部となっていた。その台湾南方の洋上を1隻の軍艦が南下していた。

 護衛艦「大淀」

 台湾南部の大都市・高雄にある海軍基地を母港にしている「護衛艦」である。異世界に転移して二日目。政府が日本と周辺の地域が地球と異なる世界へ転移したと考え始めていた頃、海軍と空軍は稼働状態にあった哨戒機や艦艇のほぼすべてを用いて日本周辺の探索を進めていた。


 大淀が向かっているのは台湾南方の沖合200kmほどのところで海軍の哨戒機が発見した宮古島ほどの大きさをした未知の島だ。空からの偵察の結果、島全体が森になっていて人が住んでいるかどうかはわからなかった。

 そのため、今度は上陸して島を調査することになった。

 大淀には調査を行うための海兵隊1個小隊が乗り込んでいた。未知の島を調査するための海兵隊の部隊は同様に他の艦艇にも乗り込んでおり、彼らの調査によって正式に自国の領土へ編入する予定だ。


 

「あれが目的の島か……」

「見る限り、ほとんどが森なようですね」


 大淀の艦橋で双眼鏡を構えながら島を観察している艦長と副長。

 つい先程までは海兵隊の少尉がこの場にいたのだが、すでに島へ向かう準備をするために艦橋から離れていた。


「噂によると四国沖で九州島と同程度の大きさをもった島が発見されたようですが」

「仮にそれが事実ならば、開発はそちらが優先されるだろうな。この島に有益な天然資源があれば話は別だが――どちらにせよ、調査がそんなすぐに終わるとは思えんが」

「……そうですね。調べなければいけない島はこの付近だけでも10個くらいありますからね」


 そう、今回この海域で見つかった島は一つだけではない。

 周囲に更に10個ほどの島が固まっているのが哨戒機によって確認されていた。いずれの島はほぼ全域が豊かな森で彩られており、半数ほどは起伏がほぼ無いことが確認されているが、中には標高数千メートルに達する山を抱える火山島のような島も発見されていた。

 政府は、近海に出現した島すべてを調査する方針だが、すべての島の調査を終えるのに途方もない時間がかかるのは確実であり、すでに政府だけで調査するのは諦め今後大学などの民間の力も借りて調査を行おうとしていた。


「今回の件で正月休み組はそうそうに休みを切り上げることが決まったようですよ。落ち着けば、休暇はもらえるようですけど」

「いつになったら落ち着くか見通しがたっていない……だろ?」

「そうみたいです。まあ、霞が関の連中も似たような状況でしょうけれど」

「しかし、ここが異世界ということは好戦的な奴らもいるかもしれないな」

「ソ連とか北中国みたいな連中ですか?まあ、有り得そうですね……地球と同じような文明進化をした世界なら似たような国際情勢になっていても不思議ではないですし。グアムにやってきた……ガトレアでしたっけ?あそこが攻めてくる可能性も否定できませんからね」

「何も起きなければいいんだがな」

「まったくです。戦争なんて金がかかるだけですからね」


 軍人とは思えない会話をかわす両名。

 それから十分後。準備を終えた海兵隊員たちはボートで島へ向かった。



「大淀」から一隻のボートが島へ向かう。

 ボートには青色の迷彩服を着た軍人が数人乗り込んでいた。

 彼らは高雄に駐屯していた海兵隊の兵士たちだ。

 未知の島に上陸することもあり、今回は実戦経験が豊富な隊員たちが選抜されていた。指揮官である少尉も一兵卒からの叩き上げだ。そのため、ボート上の彼らは落ち着いているように見えた。

 海兵隊員たちは数日間の予定で島に滞在し、分かる範囲で探索を行う。より詳細な探索は後日行われる予定でその時は大学や民間の研究機関から専門家が同行する形で動植物の調査が同時並行で実施される予定だ。それを、すべての島で行うことが予定されており、すべての調査を終えるのには数年単位の時間が必要だった。

「大淀」から出発して20分ほどでボートは島北部の海岸に上陸する。


「――周囲には特に危険性のある生物は確認できませんね」

「ドローンは?」

「準備出来ています」

「よし、飛ばすぞ」

「了解」


 上陸した海兵隊員たちは早速ドローンを使って空から島の調査を始めた。

 海岸付近では人がいる痕跡は特に見つからなかった。この島の大部分は森林地帯となっており、高い山はないが標高400mほどの山が島の中央部にあることが事前に哨戒機によって確認されていた。


 ドローンを使ってもこの島に文明の痕跡を見つける事はできなかった。

 あとは、時間が許す限り徒歩にて調査を進めていくことになる。

 ただ、文明の痕跡がなかったことに兵士たちは安堵していた。ここで、未知の文明と遭遇すればそれはそれで面倒なことになる。この島は日本の領海の外にはあるものの日本領の目と鼻の先にある。仮に文明があった場合は諸々の交渉をしなければならない。そして、こういった交渉というのは長期戦になりがちだ。

 ただでさえ、未知の島が無数に見つかっているのにその島すべてに人が生活していた場合はそれら一つずつの問題を地道に解決しなければならず、間違いなくすべての交渉が終わるのに数年単位の時間が必要になる。

 まあ、軍人である彼らが直接交渉などをすることはないし、やるのは霞が関――おもに外務省の外交官などがあたるわけだが、外交官を丸腰で交渉に向かわせるわけにもいかないので結局軍人である彼らも護衛として現地へ派遣されることは確実であった。

 ガトレア王国の発見によってこれから嫌と言うほど異世界の勢力と接触する可能性がわかった時点での調査だったこともあり、この時点で文明の痕跡が発見されなかったことに海兵隊員たちは安堵しながらも、調査を続けるのだった。


 その後、3日間にわたって調査が行われたが文明の痕跡は発見されず、さらに危険な動物の生息も確認されなかったためこの島の調査は一区切りとなった。あとは、数カ月後に生物学者などを動員して本格的な大規模調査を実施することが決まり海兵隊員たちは迎えにきた「大淀」に乗り込み高雄へと戻るのであった。





 同日

 アメリカ合衆国 ハワイ州 オアフ島

 ヒッカム空軍基地



 アメリカ太平洋艦隊の総司令部などが置かれている真珠湾基地のすぐちかくに太平洋空軍の拠点であるヒッカム空軍基地がある。元々はアメリカ陸軍の飛行場であったが、陸軍航空部隊が空軍として独立したのを機会にアメリカ空軍の基地となり、現在は隣接している真珠湾基地と並んで「パールハーバー・ヒッカム統合基地」という名称が使われていた。

 そんな、ヒッカム空軍基地の滑走路に1機の航空機が着陸しようとしていた。その航空機は4発のジェットエンジンを搭載した中型機で、機体は水色に塗装され尾翼には日の丸。そして機体側面には「日本帝国海軍」と書かれていた。

 この航空機の正体は帝国海軍が保有する対潜哨戒機「4式対潜哨戒機(PJ-5)」である。日本の神川重工業によって開発された対潜哨戒機であり同社から民間機モデルも開発され日本海軍だけでも120機あまりが稼働しており、それ以外に朝鮮海軍やオーストラリア海軍など世界約14カ国に輸出された日本を代表する哨戒機だ。

 この機体は、ハワイの西にあるマーシャル諸島の基地に配備されていた機体であり、軍令部の指示によってハワイ諸島を捜索するために東へ向かっていたところに運良く真珠湾所属の空母艦載機と接触出来たことからそのままヒッカム基地までやってきたのだ。

 なお、ハワイを発見したという報告はすでに日本に行っていた。

 日本にとってアメリカは重要な軍事同盟の相手だが同時にビジネス面でも深い結び付きがあるだけに、ハワイだけではあるがアメリカの一部が見つかったことは日本としても安堵できる話であった。



「……なるほど、異界の勢力か」

「俄に信じられない話ですが……」

「だが、ハワイ周辺にも未知の島は幾つか発見されているのは事実だ。地殻変動にしてもこれほど短時間に大量の島を作り出せるとは思えん」


 口ではそういいながらも困惑の表情を浮かべるのは、アメリカ太平洋軍総司令官であるウォルコット大将だ。ハワイ周囲にも異変が起きたのと同時に複数の未知の島が確認されており、近くの島に対しては調査も行われていた。

 はじめは、海底火山の噴火によるものではないか――と考えていたが、火山活動の活発化などの情報はそれまで一切ない海域にも島が出現していたことから専門家を中心に突然の事態に困惑していたのだが、日本が言う通りここが地球ではない「異世界」ならば島が突然出現したことにも理由がつく。

 理由はつくのだが、超常的な現象すぎて理解が追いつかなかった。


「この情報。ワシントンの連中信じますかね?」

「信じてもらうしかないだろう。本国のほうだって偵察機を飛ばしているはずだからな。未知の島くらいは向こうでも見つかっていてもおかしくはない――しかし、本国との通信が途切れなかったのは良かったな」

「そうですね。ただ、国外の基地との通信は一切とれないままのようですが」

「そこも不思議なんだよな……まあ、我々は技術屋ではないからな」

「技術屋さんも原因がわからなくて頭を抱えているようですよ」

「だろうな……とにかく、日本が変わらずいることは朗報だし、日本の話しだと東南アジアや朝鮮半島などは見つかっているようだからな」

「ソ連と北中国がそのまま消えているというのもおかしな話ですがね」

「極東からすればいいことじゃないか。ソ連と北中国が消えて」


 特に近年軍拡が著しい北中国が消えたことは、対策のために軍備費を増額し続けなければならなかった日本や中華連邦には朗報だろう。これで、際限なく軍事費を増やして北中国に対抗する必要がなくなったのだから。

 ただし……。


「近くに北中国並の覇権国家が再出現しなかったら――という注釈つきですがね」


 むしろ、情報が揃っている北中国から情報が一切ない異界の覇権主義国家のほうが厄介さ具合は桁違いに上がるわけで、副官の少佐としてはとても楽観視できるものではなかった。


「大丈夫だろう。日本も中華連邦も現政権は有能だからな」

「有権者がきちんと危機意識を持っていることを祈るしかありませんね」


 問題が起きた時対処にあたるのは我々なのですから、と付け加える副官にウォルコットは苦笑いを浮かべることしかできなかった。


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