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新世界歴元年 4月1日
日本帝国 神奈川県 相模原市
帝国陸軍 相模原駐屯地
神奈川県北部にある相模原市。
人口80万人は川崎市に次ぐ県内第二位の都市だ(横浜市は特別市であるため神奈川県には含まれない)
200年ほど前は農村地帯であったが、鉄道が開通したことや、陸軍士官学校や海軍や陸軍の基地などが付近に次々できたことによって相模原周辺は発展していき、1950年代になると東京や横浜にほど近いベッドタウンとして周辺市町と共に急速な宅地開発が行われ人口が急増。現在では80万人あまりが暮らす神奈川県を代表する都市にまで成長した。
同時に、相模原は現在でも軍都の一面を持っている。
市内には陸軍の駐屯地もあるし、隣接している市には大規模な海軍飛行場があったり、陸軍士官学校もある。そして、新年度というのは軍でも大規模な人事異動が行われる時であり、士官学校では新たな士官候補生が入学する時期だった。
相模原市南区にある帝国陸軍相模原駐屯地には、帝国陸軍の特殊部隊である「特殊作戦団」が駐屯している。
特殊作戦団には幾つかの部隊がいずれも、各部隊から精鋭された実力者ばかりが集まる精鋭部隊であり、特に第101特殊作戦大隊は諸外国の特殊部隊からも一目置かれる部隊として知られていた。
さて、そんな精鋭揃いの「特殊作戦団」において最も異色といえる部隊というのが「第301装甲機動歩兵大隊」だ。
「装甲機動歩兵」というのは――言うなればパワードスーツを指す陸軍用語であり、外骨格型のパワードスーツを装備して各種作戦に従事する部隊として、5年ほど前に試験的に作られた実験部隊だ。
同じ頃、アメリカやソ連なども同様の部隊を作っており、ここ数年で実用レベルの段階に持っていっているが、パワードスーツ事態がそこまで安価な代物ではないことから実戦で使われたことはない。
第301装甲機動歩兵大隊は2個機動歩兵中隊によって構成されており、隊員数は約200名。隊員の多くは他の特殊作戦団隷下の部隊と同じく陸軍内から厳しい選抜を経て集められている。生身でも一般の兵士以上の戦闘力を持つが、パワードスーツを身にまとうことによってその戦闘力は更に数倍にまで引き上げられる。
もっとも、弱点というのもある。パワードスーツはいつまでも稼働できるわけではない。最新のパワードスーツである「23式装甲機動歩兵」のバッテリーは6時間ほどしかない。
そのため、隊員たちは実際のパワードスーツを使う演習以外に、仮想空間での訓練を毎日のように行っていた。
新年度である今日。第301装甲機動歩兵大隊にも5名が新たに着任した。
着任の挨拶もそこそこに、隊員たちは大隊長の号令のもと隊舎内にある「仮想訓練室」で、新人たちの「歓迎会」を行っていた。
「歓迎会」といっても、パーティーを開くのではなく、仮想空間内で行われる「模擬戦」のことを彼らは「歓迎会」と言っているのだ。
一見すれば新人いじりにも見えるが、もちろんこれにも理由がある。この部隊に配属される時点で新人といってもパワードスーツへの適正が高いということはすでに認められているので、その状態でどれだけ動けるのか部隊の幹部たちが直接その目で確認するという名目があったりするのだ。
「――如月竜也少尉だったか…動きが完成されているように見えるが、君はどう思う?」
「予想以上ですね。元々適正が極めて高いのはわかっていましたが。あの、野上と互角以上にやりあえるとは思いませんでした」
大隊長の君崎中佐と、副隊長の小室少佐が視線を向ける先にあるモニターには二人の兵士が組み合っている様子が映し出されていた。双方ともにパワードスーツを着ている状態なので、その力は素で組み合う以上のものだ。
組み合っている兵士の内、一人は今日この部隊に着任したばかりの新人だ――名を如月竜也という。
弱冠26歳である若い少尉であるが、その経歴は濃密だ。4年前には第1空挺師団に配属され、その後士官教育を受けて2年前に少尉に昇進した。前任の部隊はこれまた精鋭たちが集う近衛師団で小隊長を務めた後に厳しい選抜試験を突破して、この春にパワードスーツ部隊へ転属した。
そして、如月少尉と組み合っているのは野上剛也中尉だ。
野上は、この部隊が発足した5年前から所属している最古参メンバーの一人であり部隊で最もパワードスーツを自分の手足のように使いこなす実力者であった。そんな、実力者である野上相手に新人である如月が互角でやりあっている。もちろん、これは実戦ではなく模擬戦なので野上もある程度力をセーブしているが、それでも新人を軽くひねるだけの実力差があった。
如月に対しても当初、セーブした状態だったがすぐに彼が実力者だと察した野上は一切の加減もせずに如月に対峙した。それでもなお、如月は野上とほぼ互角だった。
(こりゃ、とんでもねぇ新人が入ってきたな)
少し焦ったが同時に、面白いとばかりに野上は獰猛な笑みを浮かべる。
更にペースを上げようと考えたところで、終了を告げるブザーの音が鳴り響く。それは、外で観察している大隊長の指示によるものだった。
野上は一瞬不服そうな表情を浮かべるが、上官の指示によるものだと察して渋々組み合うのをやめた。一方の如月はといえば淡々とした様子で野上から距離をおいた。
(まあ、いい…これから楽しめそうだしな)
部隊が発足して5年。隊員たちはいずれも高い技量を持っているがその中でも野上は一歩も二歩も先をいっていた。なので、日頃の訓練にどこか物足りなさを感じていた。だが、それも今日でもって終わりだ。
如月竜也という規格外の新人の出現は野上にとって喜ばしいことだった。
模擬戦が終わり、カプセルが開く。
新入隊員である如月竜也は眩しそうに目を細めながら身体を起こした。
「いやぁ。まさか、俺をここまで追い詰める新人が出てくるとは思わなかったぜ。お前、本当に今回が初めてなのか?」
隣のカプセルから同様に起き上がっていた野上剛也が笑いながら声をかけてくるが、強面の彼が笑うと獲物を見つけた肉食獣のようで少し怖い。ただ、別に怒っているわけではないのは声の調子でわかる。
「選抜試験のときに初めて使ったくらいです」
「それで、あの動きか…こりゃ面白くなりそうだな」
素直にほぼ初めてだと答えると、野上は更に笑みを深めた。
自分と対等に渡り合える存在が見つかったことが嬉しいらしい。
「VRであそこまで動けるってことは、現実でも似たような動きはできるだろう。まあ、実物を使う許可は中々おりないんだけどな…」
そう言って残念そうに肩を竦めさせる野上。
実物を使った訓練はあまり行われていない。パワードスーツ自体がまだ試験的なもので常に何かしらの整備や試験が必要だからだ。だからこそ、隊員たちは仮想空間での訓練をメインにしている。
確かに、仮想空間である程度の訓練は詰めるのだが、野上からすれば実物を動かすのが最も効率のいい訓練だと思っていた。樺太事変で実際に出番があればよかったのだが、さすがに特殊部隊を出すほどの案件ではなく彼らに出動命令がくだされることはなかった。そのことも、野上は内心残念に思っていた。
「まあ、これからよろしく頼むぜ。如月」
「こちらこそ、よろしくお願いします。中尉」
両者はがっしりと固い握手を交わした。
後に、彼らはパワードスーツ部隊のダブルエースと呼ばれるようになり、窓際部署とまで揶揄されていた第301装甲機動歩兵大隊の評価すら改めるような活躍をすることになるのだが、それはまた別の話である。




