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 新世界歴元年 3月12日

 日本帝国 東京市 千代田区



 マリス連邦のフェルゼン大統領はその日のうちに帰国の途についた。

 ゆっくり日本を視察――という余裕は今の彼にはなかった。帰国後はすぐに任期途中で辞任することを公表し、マリスはすぐにでも選挙モードに突入するだろう。

 仮に選挙の結果で日本に敵対的な政権になったとしても、マリスが万全な体制を整えるまでには時間がかかる。なにせ、主力部隊の殆どが日本の報復攻撃によって壊滅したからだ。いくら、現代の精密兵器が少ないとはいえ第二次世界大戦などの時代と違ってすぐに大量の兵器を現場に送ることはできない。少なく見積もっても2・3年はかかるだろう。

 日本政府としては、マリス情勢はしばらく静観することになっている。

 なにせ、日本も日本で片付けなければならない問題が山積しているのだ。



「とりあえず、一つの山はこれで片付きましたね――とはいえ、その次の山も中々に難しいですが」


 そう言って苦笑する安川。

 扶桑島の開発やドラニア王国をはじめ新たに接点をもった異世界国家との交渉など多くの問題がまだ残っている。ただ、いずれの問題も時間をかければ解決できるものだ。扶桑島の開発も関連予算はすでに新年度予算に盛り込まれた。日頃から紛糾している新年度予算に関しても今回に限っては普段ならば積極的に批判をする野党が歩み寄る姿勢をみせ、実際に法案に賛成していることから普段以上にスムーズに話が進んだほどだ。まあ、国防予算に関しては軍縮を求める意見が野党から出たほどだが、こちらもマリスとの一件もあってか以前に比べればトーンダウンしていた。

 日本政府にとって最も頭を悩ませている問題――それは中米とヨーロッパの戦争だ。特にヨーロッパの戦争に関してはドイツやフランスといったヨーロッパ主要国から直に参戦要請が届いていた。日本はNATOに加盟はしていないものの、対ソ連という観点でNATOと密接な繋がりがあるし、これまで第一次世界大戦と第二次世界大戦では連合国の一員として多数の兵力をヨーロッパ戦線に派遣してきた歴史がある。

 ドイツやフランスなどはそのことを持ち出して「今回も助けてほしい」と頼み込んできたのだ。ただ、日本にとっては素直に頷ける話ではなかった。転移前ならば救援部隊をすぐに編成できるだけの余裕はあった。しかし、転移後の今は二つ返事で軍を派遣することはできないでいた。


 問題となっているのは日本とヨーロッパの距離だ。転移前も日本とヨーロッパの間は1万キロ以上離れていたが、転移によってその距離は純粋に2倍以上――約3万キロと言われていた。

 それだけ離れてしまっているとヨーロッパに行くだけで数ヶ月かかってしまう。帝国海軍の輸送力ならば1個軍団程度を運ぶことは可能だが、アメリカとヨーロッパの間の海域が安全なのかどうかわからないこと、数カ月かけて援軍を送り込んで果たして戦況が大幅によくなるのかわからないことなどの理由で統合参謀本部は、ヨーロッパへ部隊を送り込むことに慎重だった。


 さらに言えば、一個軍団を仮に送り込んだところで状況は大きく変わらない。

 実際のところフランスやドイツが求めているのは地上戦力ではなかった。あくまで地上戦力はおまけで、両国が求めているのは機動艦隊の派遣(しかも戦艦つき)だった。

 現在ヨーロッパにはアメリカ第6艦隊の空母が1隻に、フランス海軍の空母が2隻。イタリア・スペイン及びブラジル・アルゼンチン海軍の空母が1隻ずつの7隻の空母が地中海に展開していた。


 このうち、ブラジルとアルゼンチンの空母はいずれもかつて日本帝国海軍が使用していた「雲鷹型航空母艦」を購入・近代化改造したうえで使用していた。


 雲鷹型航空母艦は、日本初の原子力空母である「鳳翔型」と同じ時期に配備された通常動力型の大型空母(当時は)であり、2000年まで現役であった。ブラジル海軍にはこのうち「大鷹」が、アルゼンチン海軍に「神鷹」がそれぞれ近代化改造の末に譲渡され、現在でも現役で使われている。

 近代化改造は施されているものの、建造から70年ほど経っている旧式艦のため最新の艦上機を運用することができないなど、多くの制約を抱えており両国ともにそれぞれ新しい空母へ更新することを検討している。

 しかし、空母を導入するには多額の予算が必要であり、仮に新しい空母を導入すればそれだけで両国海軍の予算が枯渇する可能性があったため現在まで新型空母導入の話は前に進んでいなかった。


 スペイン海軍の空母はF-35Bを運用している軽空母であり、強襲揚陸艦としても活用できる多目的艦なので搭載数などに制限があった。

 イタリア海軍の空母はイギリスのアーク・ロイヤル級の準同型艦といえる中型空母で、更に空母として運用できる強襲揚陸艦も2隻あり、あわせて4隻の空母型艦艇を運用していたがこのうち2隻は現在定期整備中であり、今回の戦争で使えるのは1隻のみであった。


 フランス海軍の2隻の空母はいずれも原子力空母だ。

 普段は大西洋と地中海に4隻の空母を配備しているのだが、こちらも定期整備などで2隻が運用できている状態だ。原子力空母ではあるが大きさは中型空母程度であり、搭載数は40機ほどだ。

 まあ、80機以上を搭載できる超大型空母を当たり前のように運用できる国などアメリカや日本くらいしかないのだから仕方がないだろう。そして、地中海で最大級の戦力がアメリカ第6艦隊に常駐している超大型原子力空母「レキシントン」だった。

 第6艦隊にはそれ以外にミサイル巡洋艦2隻。ミサイル駆逐艦6隻なども配備されているので対地火力でいえば他を圧倒している。

 更に、ここに地上基地からの空軍部隊もあるので対地火力で言えば十分なように見えるのだが、NATO及び欧州連合はまだ足りないと考えているようだ。

 本来の対ソ戦の場合アメリカから追加の戦力が逐次投入される予定だったがそのアメリカが中米の対処に手一杯で追加戦力を送り込めない影響が大きく響いているのかもしれないし、イギリスが殆どの戦力を送り込めていないのも火力不足だと感じる要因なのだろう。


 フランスとドイツ――特にフランスは戦艦を含めた機動艦隊の派遣を望んでいるのも、その火力不足を感じしているが故のことだ。

 現在、帝国海軍に配備されている戦艦は2隻。戦艦に準じる大型巡洋艦は4隻だが、このうち「大和」はマリス連邦への牽制へ派遣しており、2隻目の「武蔵」はつい最近就役したばかりでまだ乗員たちの訓練途中なのもあって、派遣できるのは大型巡洋艦4隻のみだ。

 空母に関しては更に数が足りていない。というのも、中東方面にタンカー船団を派遣する計画でその護衛のために機動艦隊をつけることが決まっているからだ。

 石油・天然ガスは近代国家にとってはなくてはならないエネルギー資源であり、地球において最も多く採掘されているのが中東――アラビア半島周辺だ。日本はイランやサウジアラビアなどから多くの原油や天然ガスを輸入していた。一応、日本にも油田やガス田はあるが転移前は自国の需要すべてを賄えるだけの量はとれなかった。転移後は、埋蔵量が増え更にマリアナ諸島近海や扶桑島などで新たな油田やガス田が見つかっているが、採掘設備が整うまでは採掘できず、応急措置としてインドネシア・ブルネイなどからの輸入量を増やすことで必要分を補っていた。

 転移から3ヶ月経って中東方面へタンカーを送り込むことになったのは、純粋にユーラシア大陸が発見されたことと、イランなどとの間に契約が残っていたからだ。延長するにしてもしないにしても、すでに払っている分は日本に持っていきたいという業界の考えは政府としては理解できた。

 とはいえ、ユーラシア周辺は北中国が異大陸へ軍事侵攻し苦戦していたり、その中東においてイラクがイスラエルやイランに攻撃を仕掛けていたり。長年対立しているインドとパキスタン国境で武力衝突の危険性が増大している――など、タンカーだけ送り込むのは問題になる場所だらけなので護衛として1個機動艦隊をつけることになったのだ。

 機動艦隊がつかないならば中東へ行けない、と言われてしまっては国益なども考えて派遣させるしかなかったとも言える。


 ヨーロッパからは参戦要請が届いている一方で、アメリカからの支援要請は現在まで来ていない。


「アメリカが何も言ってこないのが不気味だな」


 と、国防大臣の森田が言うように普段ならば何かしら言ってくるアメリカが静かだった。

 中米の戦況が落ち着いているかといえばそうではない。

 単に、数が揃わないので積極的な攻勢をしていないだけだ。

 ならば、なおのことアメリカが日本など他国に支援要請をしないのかが気になるところだった。




 東京市 港区

 駐日フランス大使館



 港区にある駐日フランス大使館には、ドイツ・イタリア・スペイン・ギリシャなどの駐日大使たちが集結していた。

 大使たちは一週間ほど前に日本の外務省に対して軍事侵攻を受けているヨーロッパへの支援を要請していた。その返事がつい先程届いたのだが、その内容は彼らが求めているものとは程遠いものだった。


「やはり、日本は戦力を出し渋るか…」

「予想通りではあったがね。相手がソ連だった場合は話が変わったかもしれないが…」

「どうせなら、相手の国の情報くらいはわかればよかったんだがな。日本くらいだろう?異世界の国と友好的な付き合いをしているのは」

「いや、どうやらインドも仲良く交流しているらしいぞ?北中国が攻め込んでいる国相手らしいがな」

「インドにとっては愉快だろうなぁ。噂によれば北中国はだいぶその国相手に苦戦しているらしいじゃないか。だが、パキスタンとの国境が不穏だという話もきいたぞ?」

「こっちの世界に来る前から不穏だから今更だろう――それよりも、本国にこのことを伝えるのは気が重いがね…」


 そう言ってため息を吐く大使たち。

 元から日本が積極的に援軍を出してくれるとは彼らは思っていない。

 一見すると押しに弱そうに見える日本だが、外交の場ではのらりくらりとかわしながら日本にとって一番といえる結果を勝ち取るしたたかさを持っており各国の外交官たちにとっては日本との交渉は最もやりにくいと言われているほどだ。


「しかし、転移前ならばすぐに本国の情報がわかったのにこの世界にきてからは情報をやり取りするのも難しいな…」

「まったくだな。今、ギリシャがどうなっているのかもわからない」

「たしか、最後の報告ではテッサロニキから撤退だったな…」

「相手の物量が想定以上――それこそ、ソ連以上の可能性があるらしい」

「アメリカが戦力を出し渋らなければなぁ…」

「中米で手一杯とかいっていたが、その中米では積極的な攻勢に出ていないって話だ。アメリカは一体何を考えているんだ?」

「日本に支援要請もしていないらしいからな。もしや、いつものモンロー主義に傾いているのかもしれない」

「前政権ならあり得るだろうがな…」


 得られる情報が少ないだけに、本国を含めた断片的な情報しか持たない大使たちはこれからどうすればいい、と揃って頭を抱えた。


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