52:竜人の国
新世界歴元年 3月9日
マリアナ諸島沖 太平洋
駆逐艦「早霜」
マリアナ諸島のグアム島から東に2500kmほどのところに四国の半分ほどの大きさをした島があった。日本がこの島を発見したのは一ヶ月ほど前のことだった。
島には殆ど平地がなく大部分が山岳地帯という険しい地形であるが、それでも港などの人工物があったことから早い段階で有人の島であることがわかっていたため、接触には細心の注意が払われることとなった。
島の情報が明らかになったのはその2週間後のことだ。
新たに国交を結んだガトレア王国がその島のことを知っていたのだ。
島には日本の当初の読み通り一つの国があった。
その国の名は――ドラニア王国――龍の末裔とされる竜人族が住まう国だという。人口は100万人ほどで、鎖国的――というわけではないがあまり多くの国と国交は結んでいなかった。
ガトレア王国とは長い間友好関係にあるようで、貿易も転移前はかなり活発に行なっていた。ドラニア王国の主要産業は鉱業であり、多彩な鉱物資源に恵まれておりそれらをガトレアなどに輸出して外貨を得ていたそうだ。
鉱物資源の中にはレアメタルも含まれていたこともあり、日本政府はドラニアと友好的な付き合いができないか、と模索していた。ガトレア経由で接触してみるとドラニアは外交官を受け入れると表明したこともあり、数名の外交官を交渉のためにドラニアへ派遣することになった。
派遣される外交官たちは、数日前に東京からグアムまで民間機で飛び、グアムに配備されている海軍の駆逐艦「早霜」に乗り込んでドラニア王国を目指していた。
「早霜」は吹雪型駆逐艦の20番艦として1987年3月に就役した。これまで呉や舞鶴などに配備されていたが、10年前からグアム基地の第63駆逐隊の所属となっていた。就役から40年近く経っている旧式艦で同型艦の多くはすでに海軍から引退しているが、その大半はベトナムやインドネシアなどで第二の人生を歩んでいた。
「あれが、噂の島か……しかし、高いな。玉山以上はありそうだ」
早霜の甲板で今回の目的地である「ドラニア島」を見て唖然とした表情を浮かべるのは、今回派遣された外交官たちの代表を務める羽毛田だ。
彼は、アフリカや西アジア・南アジアといった国々の大使館や領事館に長く勤務してきたベテランであり、ハードな交渉を多く担っていたことからドラニアとの交渉役に抜擢されたのだ。
さて「玉山」というのは、台湾にある日本最高峰の山のことだ。
標高は3952mで、富士山よりも200mほど高い。昔は「新高山」などとも呼ばれていたが1945年に現地で長らく呼ばれていた「玉山」に名が変わっていた。富士山に比べると山自体の開発は殆ど行われておらず、本来の自然がそのまま残された山として登山家たちから人気の山だ。
それはともかくとして、ドラニア島の最高地点は標高7000mに達する。
山頂付近は常に雪化粧なのだが、基本的に山頂付近には雲がかかっているので山頂付近を視認できるのは年に数回だけだという。それ以外にも標高5000mを超える峰が無数に存在し、首都などは標高3000m地点にある――というのが事前にガトレア王国からもたらされた情報だ。
羽毛田とともに派遣される外交官の中には南米のボリビアやコロンビアなどで勤務歴のあった外交官が2名ほど含まれていたし、羽毛田自身もネパールで勤務していたことがあるが、それでも首都が標高3000mを超える高山地帯というのは中々ハードな行き先だと思っていた。
「港から首都まで車で数日かかるという話でしたね…」
「ああ。一応空港はあるらしいが諸々の事情で今回は陸路だ」
「まあ。環境に身体を慣らすと考えるならむしろそのほうがいいかもしれません」
というのは、ボリビアやコロンビアの大使館や領事館に長期間勤務していた瀬戸だ。とにかく、平地に比べて空気が薄いのでその環境に身体を徐々にでも慣らさなければ高山病などになってしまう。それもあって今回は飛行機ではなく船でもって訪問することになった。
まあ、一番の理由は飛行機がまだ向こうの世界のシステムに対応していないというのが大きいようだが。
「しかし、ここから見ると本当に平地がないな…」
「山岳民族以外ならばまず暮らすことは考えなかったでしょうね…」
ガトレアの話によれば古代の時代から竜人族はこの島に居住していたようだ。大陸からもほどよく離れたところにあったため、他種族との交流も限定的であり航海技術が発達した時代においても長らく他国と交流しなかったが唯一ガトレアだけが交流を結び、航空機が当たり前になったここ100年ほどでそれ以外の国との交流を始めたそうである。
港なども、竜人族からすれば必要ないのだが貿易の観点からいえば必要だったことからガトレアの援助の元大型の貨物船なども接岸できる岸壁が作られその周辺だけは竜人族以外のエルフやヒト族などが暮らす港町ができているらしい。
港町から首都までは車で数日かかり、その間に集落がいくつか点在しているようだ。定期旅客便はガトレアとの間に一日数便ある以外は設定もされておらず、唯一の空港も2500m級の滑走路が一本あるだけだという。
仮に国交が結ばれても定期便が就航する可能性は低そうだ。
そもそも、ガトレアの話を聞く限りドラニア王国はやや閉鎖的な国のようなので騒がしくなることを嫌っている部分があるように思えた。ならば、仮に国交が結ばれても大々的な人の流れはむしろドラニアとの関係を悪化させることになりかねない。
日本からすれば鉱物資源を輸入できれば十分なのだ――まあ、それらが上手くいくかはこれからの交渉次第なのだが。
ドラニア王国 首都・ドラグーノ
ドラグーノ城
ドラニア王国の首都であるドラグーノは人口25万人ほどの都市で、同国最大の都市だ。標高3000mという高地にあるが、同国の中では比較的まとまった平坦な土地が広がる場所にあり、建国時から同国の首都であり続けた。とはいえ、他国の首都のように高層ビルが乱立している――ということはなく昔ながらの建物が多く現在でも残っているのが特徴的な街だ。
もし、他国と積極的に交流しているのならばその町並みで一つの観光地として売り出すこともできただろうが、ドラニアの主要民族である竜人族はそこまでの旨味を感じていないので観光地として売り出してはいなかった。
「ニホンといったか…ガトレアからの紹介だが本当に信用できるのか?」
ドラニア王国の政治の中枢であるドラグーノ城では、国王やすべての閣僚などが集まった御前会議が開かれていた。議題は、これから接触が予定されている日本に対しての対応だ。
基本的に他国や他種族と積極的に交流することのないドラニアだが、色々と付き合いのあるガトレア王国が推薦したということで、日本の外交官と接触することを決めたのだが、それに対する反発が一部から出ていた。
「ガトレアから紹介があったのだから問題ない――と考えるべきだろう」
「そうだ。話くらいは聞いても悪くはあるまい。もし、我が国を支配しようと目論んでいるならば格の違いを見せつければいいだけだ」
竜人族の姿は少ないが強力な戦闘力を持っているとされている。
基本的に他種族と関わりたくないので人が寄り付かない場所に生活しているが過去には竜人族を狙った国が返り討ちにあったこともあった。もっとも、それは技術が発達する数百年も前のことだ。現代兵器の登場によって数に劣る竜人族はかつてほどの強さを戦場で見せることはないと一般的に言われているが、当の竜人族自身がそのことを信じていなかった。
まあ、竜人族が暮らすのは高山地帯なので攻め込む側も高山に特化した部隊を向かわせなければならなず、通常の戦車などが使えないことを考えると高山地帯に限定すればまだ竜人族に地の利はあるのかもしれないが…。
「ガトレアからの報告書を見るに、少なくとも問題を起こす国ではないだろう。異世界という国というのも興味があるからな」
それまで黙っていた若い女性がそう言って笑う。
彼女こそがドラニア王国の元首――ソニア3世だ。外見年齢は20代ほどにしか見えないがこれでも即位してからすでに30年は経っている。若作り――というわけではなく竜人族もまたエルフなどと同じく長命種であり、彼女の先代及び先々代は今現在も存命である。長命種の国家は基本的にある程度任期を作って後任にその地位を譲ることになっており、ソニア3世もまた数年内に次代へ王位を譲位することが予定されていた。
ソニア3世の隣には次期王にほぼ内定している皇太子もいた。
「しかし、陛下…もう少し様子を見るべきだったのでは?相手は異世界人です。こちらを油断させて攻め込んでくることも十分に考えられるかと」
母親と違って皇太子は今回の件は慎重だった。
「すでにこちらに向かっている相手を追い返すのも問題だろう。話を聞いて問題なければいい。問題があると思えば帰ってもらうだけでいいだけだ。ガトレアもそんな問題がある国を紹介するわけがないだろうからな」
一方の女王は、ガトレアが推薦するならば問題はないと考えていた。
楽観的とも言える女王の言葉に否定的な見解を持つ閣僚や皇太子は一斉に顔をしかめる。日本人がやってくることで国が変わるかもしれない――彼らはそう考えているのだろう。だが、女王はむしろそうなればいいと思っているし彼女に賛同する貴族たちもいる。
今のところ、ドラニアに大きな問題は起きてはいない。だが、それは停滞に等しいと女王は考えていたし、いわゆる「改革派」と呼ばれる貴族たちも考えていた。外部と積極的に交流しないことや、その地形で他国から攻め込まれることはなかったが、一方で外部と交流しないことでドラニアの生活水準は他国に比べると大きく遅れていた。とりわけ、地域内で最も発展している同じ亜人国家であるガトレアと比べると数十年以上の差があった。
その現状を打破したいというのが女王を含めた「改革派」の考えであり彼女たちからみれば日本との接触はそのきっかけになるかもしれないという希望にも似た部分があった。




