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新世界歴元年 3月3日
日本海上空
日本での一連の日程を終え、スヴェンソン首相は帰国の途へつく。
本来の外遊ならば、1国だけではなく周辺の国々も訪問するのだが現時点では日本以外の国とは外交関係を構築したばかりなので、この時点での訪問は見送られ、直接ガトレアへ戻ることとなった。
専用機には、スヴェンソン首相や秘書官・護衛官以外に今回の日本訪問を密着的に取材していた報道陣も同行していた。一緒に、来日した国防大臣は別の専用機で一足先にガトレアに戻っている。
首相や重要閣僚は基本的に同じ専用機で国に戻ることはない。
仮に、何らかの事故や事件に巻き込まれて専用機が墜落した場合に政権に与える影響を少なくするためで日本など他国でも行われていることだ。とりわけガトレアはガリアという厄介な国の近くを通ることが多かったため「リスク回避」は日頃から徹底されていた。
機内では、スヴェンソン首相が馴染みの記者たちの取材に答えていた。
「――まずは日本という国の感想は?」
「資料の情報を頭の中に叩き込んでいたが――やはり資料と実物はだいぶ違った。あそこまでの大国は『テラス』でも数えるほどしか無いだろう。それは君たちも実際に見てわかっていることだろう?」
スヴェンソンは微笑みながら記者たちを見渡す。
この場にいる記者たちはほぼ全員がベテランの政治記者でスヴェンソンとの付き合いもそれくらいになる。だからこそ、記者たちに対してのスヴェンソンの態度もかなり砕けたものになっていた。
記者たちはスヴェンソンの問いかけに「確かに」と頷く。
日本の国土面積は実のところガトレアとあまり変わらない。それなのに人口はガトレアの2倍ほどだ。開発可能な平地の多くはすでに開発され、一部山を切り崩すなどして居住地域を増やしているが、それでも国土の大部分は居住に適さない山岳地帯にも関わらず2億を超える人口を抱えている国はテラスの中でも殆どないだろう。
それでいて、エルフのみが知覚できる「精霊」が多く存在するわけで、日本へ来た記者の多くは日本を「不思議な国」と評していた。
そのうえで記者はスヴェンソンに尋ねたかった。
日本は信頼できる国なのかどうかを。
「――本題ですが。日本は信頼できる国でしょうか?」
記者の問いかけに、スヴェンソンは言葉を探すように考える仕草をとる。
今回の訪日の目的は日本の首脳と直接会うこと――そして日本という国を直接見ることでどのような国なのか探る目的があった。本来ならこの手の外遊は複数の国をまわって帰国するのだが、今回に関しては日本以外の国へ訪問する予定はなかった。日本以外の国とはつい先日国交を結んだばかりでまだまだ情報が集まっていない主な理由だった。
スヴェンソンからすれば、そのままの足でイギリスなどへの訪問も考えていたが「今は様子を見るべき」という意見が多かったことから、それに従った形だった。
「少なくとも、現時点では信用できる国だとは思っている。安川首相もなにか邪なことを考えるような指導者には見えなかった。もっとも、それは今の政権だからという注釈はつくだろうがね……それでも、十分に関係を深めることができる隣国だと私は考えている」
「フリーロス国防大臣を始め、日本に危機感を持っている勢力もいるようですが?」
「それは仕方がないだろう。ヒト族に迫害された歴史があるのだからな。『彼らは違う』と言ったところで、まだ交流を始めて数ヶ月ほどの相手をすぐに信用するのは無理な話だ――それこそ、時間が解決するのを待つしかないだろうし。諸君らもあまり過剰な報道はやめてもらうと助かるな」
微笑みは変わらないが目の奥が笑っていない笑みで記者たちに釘を刺す。
記者たちは揃って「わかっている」とばかりに頷いた。
この場にいるのは大手報道機関の記者たちばかり。当然ながら常に「スクープ」を狙っているとはいえ、世間に流していいものとそうではないものの分別はついている。まあ、中にはそんな分別もなくただ得た情報を流して世間の反応を楽しみながら自分が正義の使者になった、と勘違いする者もいるが、少なくともこの場にいる記者たちはそれに当てはまらない。
「そういえば、ガリアは地球の国に軍事侵攻しているという情報が流れていますが。事実なのでしょうか?」
「現時点ではわからないな。そもそも、ヨーロッパという地域がどこにあるかわからないからな。だが、ガリアならやりかねないとは思うが――正直なところ情報がなさすぎる中で『事実だ』とはいえない」
ヨーロッパに関する情報は一応、日本から提供されている。
ただ、日本もそれほど多くの情報を持っているわけではなくわかっているのは「ヨーロッパ南部に異世界の国が軍事侵攻している」というものだけだった。
これだけでは、さすがにそれがガリアによるものかどうかを判断することはできない。ただ、ガリアならば陸続きになった時点で軍を差し向ける可能性は高いだろう。
それだけ、ガリアという国は好戦的な国だった。
日本からは、中央アメリカを侵攻している軍に関しての情報提供を求められたが、こちらは彼らの世界の国ではないと伝えていた。
「これまで当たり前のようにあったシステムがなくなると本当に不便だ。今じゃ遠く離れた国の情報なんて一切入ってこないからな」
「同感です。海外支局との通信が途絶しているので国際情報を把握することができませんから。最近になってルクストールとの通信は回復しましたが…その、ルクストールも異世界の国による軍事侵攻を受けているようで」
「どうやらそのようだな…ルクストールならば問題はないだろうが、それでも身近な国が異世界の侵略を受けたというのは衝撃的なことだった――だからこそ、日本を警戒する声も出てくるのだろうな」
ルクストール共和国は、前世界における友好国の一つだった。
前世界でも屈指の軍事力を持っているルクストールなのだが、それでも同じ世界にあった国が異世界の侵略を受けているというのはガトレアにとっては衝撃的なことだった。
ルクストールに攻撃を仕掛けたのは地球にあった中華人民共和国――通称・北中国――であった。この時点でスヴェンソンたちは北中国に関する情報は何も掴んでいなかった。
後日、日本側から提供された情報を見て初めて友好国に攻め込んでいた国が前世界で日本と対峙していた厄介な国であることを知るのだった。
新世界歴元年 3月3日
日本帝国 東京市大田区
東京国際空港(羽田空港)
日本で最も混雑する空港の一つ――羽田空港。
多くの国内線と一部の国際線が離着陸する主要空港だが、転移してからしばらくはすべての航空便の運行が停止されたためひっそりとしていたが、一ヶ月前から徐々に航空便の運行が再開されたことで徐々にであるが普段の賑わいが戻り始めていた。
現時点で運行が再開されているのは国内線の大半と国際線ではアメリカ・イギリス・中華連邦・朝鮮連邦・東南アジア方面やオーストラリア方面という普段から旅客需要の高い路線が中心だ。
転移してからさほど距離に変化がないことから2月のうちに運行が再開した路線がほとんどで、これまで長距離国際便であったイギリス路線も今では短距離国際線として運行されていた。
それ以外のアジア方面の路線は全便が現在も運行休止の状態で、ヨーロッパ方面に関してはアメリカを経由便としてフランス・ドイツに向かう便のみが運行されていたが、転移前に比べると利用者は非常に少ない。
それでも、転移によって大きく変わった航空業界と各地の空港は徐々にであるが日常を取り戻しつつあった。
ガトレアの政府専用機が離陸してからも羽田空港の展望デッキには多くの見物人が残っていた。彼らの目的は、普段はあまり羽田にやってくることのない特別な飛行機だ。
真っ白い塗装に赤いラインをもったその飛行機は機体側面に「日本帝国」と日本語と英語で書かれており、尾翼には日章旗が描かれていた。
日本政府が、政府関係者や皇族関係者が使用する飛行機として複数保有している政府専用機――それがこの飛行機の正体である。
この日、羽田空港にいたのは「N-520」という飛行機だ。
日本飛行機製造が開発した国産の中型旅客機であり、国内の大手3航空会社(大和航空・日本空輸・大東航空)はもちろんのこと、国外の航空会社などでも運用されている。
民間航空機はアメリカのボーイングと、ヨーロッパのエアバスがほぼ独占していた。日本飛行機製造はその独占状態に食い込むために、民間機の開発を行っていた「四葉重工」「川住重工」「扶桑重工」「帝国重工」のいわゆる「4重工」の製造部門を統合する形で1991年に作られた会社だ。
現在では2大メーカーに次ぐ世界第三位の民間機製造メーカーとなっており、アメリカやヨーロッパの航空会社も一定数の機体を購入しているほどだった。
さて、政府専用機は普段は別のところで整備を受けているが、運用がある時に限って羽田空港や京葉空港に姿を現すことは航空ファンの間では割と有名な話だった。
転移してしばらくはどの国も内政で手一杯だったが、それらもここ一ヶ月ほどで徐々に改善に向かっており各国ともに停滞していた外交を再開する動きが出ている。今回、ガトレアのスヴェンソン首相が訪日したのもその一つだ。そして、日本も二階堂外務大臣が数日かけてイギリス・中華連邦・朝鮮連邦へ向かうことになっていた。
今後は、安川首相もアメリカやイギリスなどへ向かうことが予定されているなど、徐々に他国との外交が活発化していく予定だ。更に、運行休止になっていた国際便もこれから夏頃にかけて環境が整い次第運行を再開する予定なので、転移してから静かだった羽田を始めとした日本の主要空港も徐々に元の活気を取り戻していくだろう。
ガトレアの政府専用機が離陸して3時間後。
二階堂外務大臣を乗せた政府専用機は多くの見物人が見守る中イギリスへ向けて羽田空港を離陸していった。




