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50:富士演習場への視察

 新世界歴元年 3月1日

 日本帝国 静岡県 

 帝国陸軍 富士演習場



 富士山の南嶺に本州最大規模の演習場である富士演習場があった。

 ここでは、毎年夏頃に富士教導団による「総合火力演習」が行われ多くの見物客で賑わう。

 もちろん、非公開で定期的な実弾射撃訓練は行われており、この日も定期の実弾射撃訓練が行われていた。本州最大規模の演習場ではあるが、それでも演習で使える兵器の数は限られている。長射程の多連装ロケット砲の射撃訓練は更に広大な敷地を持つ北海道や、樺太の演習場で行われるのが一般的だ。それでも、首都圏に駐屯している部隊にとって富士は貴重な演習拠点であるため、殆ど毎日のように演習場では何かしらの部隊が演習を行っていた。


 基本的に一般公開されていない陸軍の演習を離れた場所で観察する集団がいた。全員がエルフや獣人といった亜人によって構成されているのは首相に同行して来日した国防大臣とその側近だ。

 ガトレア王国国防大臣、ラルフ・フリーロスは大型の体格をした熊獣人だ。陸軍の特殊部隊に所属していた経験もあり、ガトレア政府の中でも「タカ派」として知られる保守系の政治家で、ガリア帝国との長年の争いから「ヒト種」そのものをあまりよく思っておらず、日本との国交樹立も最後まで難色を示していた。

 そんなフリーロスは食い入るように日本軍の演習を見ていた。



(噂には聞いていたが、たしかに練度はかなり高いな)


 今回。演習を行っているのは日本陸軍において「教導隊」と呼ばれる富士教導団だ。いわゆるアグレッサーだが、同時に新型兵器の試験なども行う「新型装備実験部隊」でもあるので、陸軍が採用した大半の兵器が教導団にはあった。

 現在は、10式・90式そして20式戦車がスラローム射撃をしているところだ。動きながら正確無比な砲撃を行っているが、それは日本独自設計の車体制御装置の賜物であった。


「味方ならば心強いが、我が国に牙を剥くとすれば厄介だな…」


 フリーロスはまだ日本への警戒を完全になくしていなかった。

 相手は異世界人とはいえ「ヒト種」だ。

 ヒト種は信用できない――それがガトレアに暮らす獣人の多くが持っているヒト種への感情だ。ガトレアに暮らす獣人の多くはロンガリア大陸から逃れてきた者たちが殆どだ。

 だからこそ、ヒトへの警戒心は強い。

 逆に、現代のエルフたちはヒトへの警戒心が低い――と獣人たちは思っていた。だからこそ、両者の関係はそれほどよくはなかった。逆に、「長老」と呼ばれる年配のエルフとの関係は良好だ。彼らもまた、ヒトへの警戒心が強いからだ。ただ、年配のエルフは総じて「エルフ主義」の部分があり獣人のことを内心見下しもしているのだが…。


「首相は関係構築に前向きのようですが…」

「そうみたいだな。首相にはこの国は信頼できる――と感じたようだが。俺はそこまで素直に信用することはできんな」


 鼻を鳴らしながら上司である「首相」を甘いと断じるフリーロス。

 スヴェンソンとフリーロス。共に中道右派の与党に所属しているがその政治思想はまるで違った。フリーロスは党内でも最右派に属する一方で、スヴェンソンはどちらかといえば中間派に位置しておりその政治思想はかなり穏健的であった。

 そのため、両者は度々意見を対立してきた過去がある。

 今回の、日本やアメリカなど地球諸国との国交に関してもスヴェンソンは積極的に進めようとしたし、フリーロスは「もう少し様子を見るべき」だと否定的であった。結果的に、多数決によってスヴェンソンたち推進派が閣内や議会で多数だったことから政府が進める案が議決したのだが。


「――だが、決まったことをあれこれ言うつもりはない。閣内不一致などと野党に叩かれるのも面倒だからな」


 内心で納得できないことでも、閣内の一員ならば従う――それができなければそもそも閣僚なんてできないし、その部分の折り合いくらいはフリーロスもできた。




「ありゃ、相当。こっちを警戒しているな」


 フリーロス大臣たちの案内役を務めていた森田はガトレア側からの警戒感に苦笑いを浮かべていた。


「人間相手に迫害されてきた歴史があるから獣人族は特に、人間への警戒心が強いという話でしたが…何もしてないのにここまであからさまに警戒されるのも色々と複雑ですね」

「仕方ないさ。何の情報もない異世界相手だ。ウチだってガトレアを警戒する声は聞こえてくるしな。これからの交流次第だよ」


 それでも、獣人以外のエルフは日本に対して好意的だ。

 一方で、アメリカに対しては警戒している。これは、アメリカの歴史が影響しているのだろう、と森田は考えている。今はそうでもないが、ソ連との対立が深刻だった40年前などは、かなり積極的に他国へ軍事介入をしていた。ガトレアのエルフにとっては「難癖をつけられてなにか介入するのでは?」という懸念を持っても仕方がないことだ。

 なにせ、アメリカ政府の一部はガトレアの存在をあまり快く思っていない。

 今は、中央アメリカに別の異世界国家が進軍していて、アメリカはその対応に追われているので具体的なアクションは起こしていないが、すべて片付いたら日本やイギリス相手に何らかの圧力をかけてくるのは十分にある。

 同盟国とはいえ、アメリカは今でも日本やヨーロッパ相手に圧力まがいのことを平気でしてくる国だ。まあ、太平洋戦争の苦い記憶がまだ残っているので戦争を仕掛けてくる可能性は低いと言われているが――転移後の世界だとそれもわからない。


「異世界だと考えることが増えて面倒だ…まあ、ソ連やら北がいないだけマシだがな」


 もし、そのニ国が近隣にあったまま転移して今の状態ならば…と考えただけでゾッとする。


「その、北中国ですが…どうやら異世界相手に戦争を仕掛けたみたいですが。かなり苦戦しているらしいです」

「北が苦戦…?ってことは相手はガトレアと同じ世界の国か?」

「現時点で詳細はわかっていませんが、その可能性が高いでしょうね。内閣情報局も様々なルートを使って情報収集しているようですが、転移前のようにすぐに情報を集めるのは難しいようで――現時点でわかっているのは上海が攻撃を受けたというくらいです」

「なら、共産党指導部はもみ消しに躍起になっているだろうな…劣勢とわかればすぐに分裂するのが中華大陸だからな」


 近年の軍備拡張で規模においては米ソという二大軍事大国に肩を並べる規模になった北中国。海軍だけならばまだ日本は北中国の上をいっているが陸軍と空軍をあわせれば一気に規模は追い越される。

 だが、中国という地域は基本的に一枚岩にはなれない。

 ひとたび状況が変わればすぐに分裂する国なのだ。これまで、いくつも統一王国はできたが内乱などを発端としてすぐに瓦解した。近年において最も安定している――といわれていた中華帝国でさえ西欧諸国との争いで力を弱め最終的に日華戦争がとどめとなって崩壊した。

 後継国家の中華民国は国内を一つにまとめることはできず、軍閥や更にソ連の支援を受けた共産党勢力と泥沼の内戦をする羽目になり、最終的には南北に分断する形で落ち着いた。今は、転移によって物理的に離れることになったがそのおかげなのか、中華民国が名を変えた中華連邦は大きな問題も起きておらず平和そのものらしい。


「口うるさい国が消えたと思って、近くにあった陸地に攻め込んだんだろうが――そう遠くない内に分裂しそうだな」

「そうなると中東方面の海上輸送に懸念がありますね…」

「仮に分裂したら外務省の連中がどうにかするだろう。上海周辺は貿易拠点ということもあり共産党の中でも進歩的だからな」


 まあ、分裂したらしたで面倒なことになるが――と最後に付け加えるのは忘れない。これは、アメリカも含めた西側陣営に属するアジア諸国共通の考えだろう。

 北中国は確かに軍事的な脅威になるが、かといって分裂して内戦をおっぱじめられたら地域の不安定化が一気に拡大してしまう。それは、各国にとっては避けたいことだ。

 今回は幸い距離が離れているので他人事のように見ていられるが、もし西方との貿易が再開したらそんなことを言ってられなくなる。


「…北が攻め込んだ国と独自に外交関係を結べれば楽なんだがな」

「外務省にまた文句を言われますよ」

「慣れているよ。それに、それが外務省の仕事だ。今回は思いっきり働いてもらわんとな」



「いかがでしたか?我が軍の演習は」


 帝国陸軍による一連の演習が終わってからしばらくして、にこやかな笑みとともに日本の国防大臣である森田がフリーロスの前へ現れる。

 2m近い身長を持つ巨漢のフリーロスに比べて日本人の標準的な身長をしている森田はフリーロスよりも頭1つ分ほど目線が低い。しかし、それでも長く政治家をやっているためか、独特の圧をフリーロスは森田から感じていた。


「噂通りかなり練度が高いことがわかりました。素晴らしい部隊ですね」


 殆ど表情を変えずにフリーロスはいうが、これは別に世辞ではなく本心から出た言葉だ。同時に日本に対しての警戒心がより強まったため、森田のように笑みを浮かべることができなかった。


「隊員たちが聞けば喜ぶでしょう――今度は、ガトレア軍の訓練をぜひとも現地で見てみたいですな」

「……ぜひごらんください。貴国には及ばないかもしれませんが、ガトレア軍も精強ですから」

「それは楽しみですな」


 そう言って笑みを深める森田。

 森田とてガトレアのことを完全に信用しているわけではない。

 エルフや獣人族は森田の目から見ても異質な存在だ。それでも、そのことを表情に出すことはないが。だが、眼の前のフリーロスは明らかに日本のことを警戒しているのが丸わかりな態度だ。

 直情的な性格をしているのか、それとも感情を隠すのが下手なのかはわからないが政治家ならば多少隠す努力をしたほうがいい、とは思う森田なのであった。


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