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 新世界歴元年 1月1日

 ソビエト連邦 モスクワ

 クレムリン



 困惑し、頭を抱える国家元首が多い中で事態を冷静に見守ることにした指導者もいた。

 アメリカと並ぶ超大国――ソビエト連邦の最高指導者であるミハエル・グラシコフ大統領もその一人だ。

 今回の事象でソ連のあるユーラシア大陸はアジアとヨーロッパで物理的に分断されることになった。ソ連はアジア側に留まりウクライナと東欧との国境線はまるまると消え去り、海になってしまった。

 ヨーロッパに関してはどこへいってしまったのかは今のところわかっていないが、カリモフとすればヨーロッパに駐屯していたアメリカを中核としたNATO軍の存在が国防上における最大の脅威だっただけに、その脅威が消えたことには安堵していた。一方で、かつての勢力圏であった東欧が丸々消えてしまったことに関しては思うところもあったが、東欧はどの国も反ソ連感情が強いことを考えると、むしろ存在自体消えてしまったほうがソ連にとってはメリットが大きい――と、思い直すことにした。

 ただ、ヨーロッパが消えたとしてもソ連にとっての脅威が完全に消え去ったわけではない。


「中国の連中がでかい顔をするだろうな」


 中華地域に2つある国の一つでソ連と同じ社会主義政策をとる国「中華人民共和国(通称・北中国)」は近年になって急激な経済成長と軍備拡張を行っていた。北中国とソ連の関係は中国共産党をソ連共産党が支援していたこともあって友好的な関係を築いていたが、それも1960年代になると急速に関係が悪化していき、極東の国境を巡った小競り合いなどが起きていた。

 一方で、アメリカや日本などの西側陣営は両国にとって共通の敵でもあったことから軍事部門などでは協力関係にあり、国連においてはアメリカの軍事行動に対して一緒になって反発するなど両国の関係は非常に複雑なものとなっていた。

 ただ、近年は北中国が強い領土的野心を持っていることもあり、ソ連も北中国の動きは常に警戒していた。そして、今回のように突如として大陸が分断され他の大陸と連絡がとれない状態というのは領土的野心を持つ北中国にとっては非常に都合がいい状況だった。


「閣下のおっしゃるとおり、中国は大規模に艦隊を動かしているようです。恐らくはどの国よりも早く『未知の島』でも確保しようとしているのでしょう」

「それで、我が国はどうなんだ?」

「……現在、艦隊の派遣準備を行っているところです」


 国防大臣である陸軍元帥は視線を逸らしながら返す。

 陸軍国家であるソ連ではあるが海軍の規模もアメリカや日本に対抗するうえでかなり大きい。ただ、長期にわたる不況などによって海軍の予算が大きく削られた影響で現存する艦艇の多くは老朽艦ばかりだ。最近になってようやく近代化が進められているが、それでも主力艦のほとんどが就役してから30年以上経っているものたちばかりなので、艦艇の稼働率が非常に悪く、主力艦がほとんど新造艦の北中国海軍にだいぶ差をつけられていた。

 もちろん、カリモフも海軍の現状はよく理解しているのだが未だに出港出来ていない状況には不満げだった。


「……まあいい。奴らもさすがに北に向かうことはないだろう」


 北中国の指導者は野心家ではあるが、下手にソ連を刺激すればどうなるかは理解しているはずだ。まあ、厄介なのはその指導者たちが軍部をしっかりと抑えられるかなのだが、そのことをカリモフは考えないようにしていた。

 カリモフの関心事は自国の周囲がどうなっているのか――それ一点だった。




 中華人民共和国 北京

 中南海



 自分たちが異世界に転移したと気づいていた者たちは現時点でほぼいない。

 多くの国家の指導者たちは突然の通信障害と、GPSを含めた人工衛星システムとアクセス出来ないことに困惑し、その対応策を協議していた頃。

 むしろ、チャンスが増えたとほくそ笑んでいる指導者もいた。

 それが、ソ連に次ぐ東側陣営の大国――北中国こと、中華人民共和国の国家主席だった。現在の国家主席は、若い頃から野心家として知られており、10年前に国家主席に就任して以来、軍備の大増強を推し進めていた。

 ただ、日本やアメリカの存在があったことから大軍拡をしながらも極東での軍事的行動は最低限のものにしていた。いくら、野心家といっても世界で1・2位である日米海軍と正面からぶつかるのは厳しいと考えていたからだ。

 しかし、そんな日々も終わりを迎えた。

 数時間ほど前におきた、地震と発光現象の結果。北中国周辺の地形が一気に変わったのだ。まず、南に国境を接していた中華連邦と、東に国境を接していた満州が消え。同じく東南アジアなど周辺にあった「APTO(アジア太平洋条約機構)」の加盟国が消失した。試しに、艦艇を日本領である台湾や沖縄近海へ進ませてみるが、こちらも島が跡形もなく消えていた。

 それを知った、国家主席はすぐに軍に対してこう指示した「どこよりも先に太平洋の制海権を握れ」と。



「ソ連の連中も動き出したか……だが、先手をうったのは我々だ」


 執務室でソ連軍の動きが活発化しているという報告を聞いた国家主席はそう言って嗤う。


「目障りだった日本も消え、アメリカも消えた。南と東が揃って消えたのは癪だが、これで誰からも文句を言われることもない」


 神など信じていないが、これはまさに天が自分たちに味方をしているといっても過言ではない、と首席は思った。


「だが、向こうに費やした工作資金がすべて無駄になってしまったのは痛いな……」


 継続的に日本や隣り合う二国に対して分断工作などを行っていたのだが、今回の件でこれまで費やしていたものがすべて無駄になった。まあ、仮に工作活動を継続していても中華連邦はともかくとして満州や日本に関しては効き目が薄かったのだが。


「まあ過ぎたことは仕方がないか」


 向こうに派遣していた人材を失うのも痛いのだが、人材に関してはすぐに用意できると首席はこの時点では気にしていなかった。




 新世界歴元年 1月1日

 フランス共和国 パリ

 エリゼ宮



 混乱はヨーロッパでも起きていた。

 ヨーロッパは日本と違って大きな地震はあまり起こらない。そのため震度3程度の揺れであってもヨーロッパ中が大混乱に陥っていた。

 更に、フランスでは英仏トンネルが寸断したこととイギリスが消えたことを大々的にメディアが報じたことから国民は大いに動揺していた。


「くそっ!どこのどいつだ先走ったのは!」


 英仏トンネル寸断を伝えるニュースを忌々しげな表情で睨む大統領。

 内政を担当している首相は現在、この件の対応に全力であたっているものの一度流れた情報の流れを制御するのは難しく、パリの中心部では混乱した市民たちが右往左往しているほどだ。

 一部には政府の動きが遅いと、抗議の声をあげる者まで出る始末で治安維持のために警察以外に軍まで導入されていた。

 この、英仏トンネル寸断に関してはある程度状況が落ち着いてから世間に公表することを政府内で決めていたのだが、どういうわけかこの情報がすぐに民間のテレビ局に流れてしまったのだ。

 政府内部から情報がメディアに漏れるというのは先進国の中では稀に見られることだが、今回はある意味最悪なときに情報が漏れたといえる。漏らしたのは政府職員なのは確定だが、現時点で犯人はわかっていない。


「ただでさえ今は難民問題で国民の不満がこちらに向いているというのに……」


 そう言って頭を抱える大統領。

 近年のフランスは増加する移民や難民関係の事件が相次いでおり急速に国民の間で反移民・難民感情が高まっていた。そしてその矛先は積極的に難民の受け入れなどを行っていた政府に向いていた。ただでさえ、近年の政権支持率は低空飛行を続いているときにコレである。

 勘弁してほしい、というのが素直な感想だろう。

 ただ、今回の件は別に政府の問題ではなかった。自然災害と一緒の超常的な出来事だからだ。ただ、こういうときに事件が続くと世論というのは「政府運営が悪いからでは」と考えてより不満の矛先が向くことになる。

 大統領が恐れていたのはまさにそれだった。


「まあ、これでソ連も一緒に消えてくれたのは朗報だったがね。ここにソ連が残っていたら奴らはこちらの混乱のスキを確実についてくるだろうからな」


 そう、消えたのはイギリスだけではない。

 西欧諸国にとっては最大の脅威といえるソ連も今回消失していた。

 ポーランドから東。スカンディナヴィア半島の南側の陸地は消えていて海が広がっているらしい。ソ連という最大の脅威が消えただけでもフランスにとってはメリットがあったし、おかげで国内の問題に目を向ける余裕も出てきた。


 もっとも、一週間もしない内にそんな余裕は崩れ去ってしまうのだが、この時点ではまだ誰も予測すらしていなかった。




 新世界歴元年 1月1日

 インド連邦共和国 デリー

 大統領官邸




 地球で最大の15億人が暮らすインド連邦共和国。

 インド亜大陸の殆ど国土としているこの国は、かつてイギリスの植民地であったが第二次世界大戦終結後にイギリスから独立した。ただ、独立直後に分離したパキスタンとの間で対立が発生し、両国はこれまで4度にわたって全面戦争を行っていた。

 最後の全面戦争が終わって40年あまり経っているが、未だに両国の対立関係は変わっていない。


「パキスタンの状況は?」

「現時点では妙な動きはしていません。ただ、中国に関しては軍を動かしているようです。何らかの挑発行動に出る可能性はあるかと」

「中国が動けば、パキスタンも動く。引き続き、監視は必要だな……」


 そう言ってため息を吐く大統領。

 パキスタン以外に、北中国とも領土問題を抱えているインドは極東地域の軍事同盟である「APTO(アジア太平洋条約機構)」に加盟していた。独立当初は東西両陣営にも属さない「第三陣営」の構築を進めていたインドであるが、パキスタンのみならず北中国との対立が激化すると、中間勢力である「第三世界」のままでは対応が難しいと考え、APTOはインドにとって友好国である日本が主導しており、インド側の都合なども考慮してくれる可能性が高いと判断して、1982年にインドはAPTOに加盟した。


 実際、加盟以後。大きな衝突は起きていない。国境沿いでの小競り合いは続いているが、その小競り合いが大きな衝突にまで燃え上がることはなかった。

 しかし、今回の異常事態でその状況も変わりそうだった。

 大陸外との通信が繋がらず、打ち上げていた軍事衛星の大半も使い物にならなくなった。もし、何かが起きてもインドだけで対処するしかなかった。

 パキスタン単独ならともかくとしてここに北中国まで協調して攻撃してきた場合は、インドにとって最悪のシナリオとなる。

 インドも大国ではあり、軍の近代化を急ピッチで進めた結果、非常に近代的な軍に生まれ変わっていた。なので、パキスタン単独と戦った場合は負けることはないはずだが、これに北中国の人民解放軍まで加わると途端に読めなくなる。

 北中国との国境は山岳地帯であるため大部隊を動かすことは難しいが、それはインドだって同じだった。

 とはいえ、インドがとれるのは国境の監視を強化することだけだ。

 古くからの友好国であるソ連の力も期待したいところだが、半世紀前ならともかく今のソ連と北中国の軍事力はほぼ変わらない。それどころか、近代化具合ならば北中国の人民解放軍のほうが進んでいた。


「しかし、日本・アメリカ・ヨーロッパ向けの貿易が止まるのも痛いな……」


 15億の人口を抱えているので国内だけで経済を回そうと思えば回せるが。それでも各国との貿易はインド経済にとって重要なものだ。その、貿易の停止が長引けば長引くほどインドが受ける経済的損失も大きくなる。


 隣国との問題と、経済の問題。

 インド政府にとってこの2つは非常に頭の痛い問題となっていた。



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