48:ソ連の報復
新世界歴元年 2月27日
ソビエト社会主義共和国連邦 モスクワ
クレムリン
「カリームが我々に不満を持っている?それは本当なのかね」
「はい。どうやら、我々がイラン攻撃に参加しないことに不満のようで…」
「イラクといっしょになってイランを攻撃する――などという馬鹿げたことを言った者でもいるのかね?我が国には」
「…現地駐在の軍事顧問の一人がそう言っていたようです」
「ほう…そんな余裕我が国にないと、現場は理解していると思ったんだがな」
「どうやら、これを機会に中東で我が国の影響力を強めようと考えたようで…」
「一体誰が指示を出したのだろうなぁ」
全く感情の籠もっていない声で呟くカリモフ大統領。
怒りの矛先が自分に向いていないのに、報告していた秘書官は思わず直立不動の姿勢になるほどに圧を感じていた。
「まあ、そのことは後でいいだろう――それで、前線はどうなっている?」
「第一陣が敵大陸へ上陸を完了。橋頭堡を築いています。第ニ陣以降も今後続々と上陸する予定です」
実は、ソ連もまた一つの戦争を抱えていた。
発端は一ヶ月前。転移によってヨーロッパと離れたソ連西部――ウクライナが国籍不明の軍隊による攻撃を受けたのである。ウクライナには西側陣営に対抗する目的で数十万人規模の大部隊が駐屯していたこともあり、攻撃を仕掛けた軍隊はすぐに現地駐屯のソ連軍によって撃退されたわけだが、攻撃を受けて黙って見過ごすほどソ連はお人好しではない。
早々に「反撃」のために周辺を探索し、その結果ユーラシアからそれほど離れていないところに未知の大陸を発見。すぐに軍を派遣したのだ。途中、大規模な艦隊と遭遇したが複数の空母を備える北方艦隊の敵ではなくすぐに排除。周辺海域の制海権を確保した。
大陸への上陸を開始したのは二週間前。まず、空挺軍で奇襲上陸。それに続く形で陸軍の第一陣約5万人が上陸し、海岸付近で橋頭堡を築いていた。敵もすぐに反撃に転じており、現在は橋頭堡付近で戦闘が続いていた。
ソ連軍が部隊を大規模に動かしたのは、1980年代に行われたアフガニスタン紛争以来で実に40年ぶりのことだった。この紛争は10年以上にわたって続いて、ただでさえ深刻なダメージを受けていたソ連経済を崩壊寸前にまで追い込んだ。
現在はソ連の経済は安定しているが、経済を立て直すまでソ連は大規模な動員を行うことができなくなり、北中国の急激な軍拡などに対応できない状況が近年まで続いていた。
「大規模に軍を動かしたのは40年ぶりだが、特に問題は起きていないようだな。それで敵はどれくらいやれるんだ?」
「そうですね…敵の兵器などは地球レベルでは30年から半世紀前のものが中心のようです」
「装備はこちらの主力が上か…まあ、装備の近代化が終わったのはほんの5年前だが」
そう言って自嘲するように笑うカリモフ。
経済が危険水域に達していたソ連はほんの15年前まで装備の近代化が一切行えなかった。経済が落ち着き出してから装備の近代化を進め、陸軍の主力部隊の装備が近代化したのはほんの5年ほど前のことだ。辺境や予備役部隊の装備は未だに旧式装備がメインになっていた。
イラクの要請に応じられないのも、この「旧式装備」の部分が大きい。
イランやトルコは共に日本やアメリカから多くの兵器を購入したり、あるいは自国でそれを発展させた装備を多く開発し導入しているので「装備の質」などはソ連軍よりもいいのだ。
対立しているといっても波風を立てなければ平和なのに、ソ連がわざわざそれを乱す理由すらないのでカリームの要請をソ連は無視していた。
それよりも重要なのは、極東――あるいは、現在攻略を進めている西の新大陸だった。
新世界歴元年 2月24日
ダストニア連邦共和国 ダノンビーチ
ユーラシア大陸から西に5000kmほどのところにユーラシア大陸と同程度の大きさをもった大陸があった。
大陸の名は「テリア大陸」という。
地球とは異なる世界「フローラス」にあった大陸で、大陸の東半分を「列強」である「ダストニア連邦共和国」を領有していた。ダストニアは列強の中でも1・2を争う大国であり、日本の樺太に軍事侵攻した「マリス連邦」よりも人口・経済力・軍事力は上であり、植民地を巡って対立関係にあった。
そんな、ダストニアも多くの植民地を失い。やはり政府は「変わり」を探すことにした。
そして、見つけたのは分断されたユーラシア大陸の最西端――ソ連領ウクライナであった。
そこが、地球屈指の超大国の国土だと知らない彼らはそのまま部隊を上陸させ――ソ連軍の反撃によって壊滅した。
そして、報復とばかりにソ連は軍をテリア大陸へ向かわせた。
ダノンビーチは、テリア大陸東端にある「ダビーン半島」という細長い半島の先端付近にある人口30万人あまりの港町だ。古くから、ダストニアと大陸東方の国々との貿易拠点として発展した港湾都市で、現在でもダストニア屈指の貿易港として、日々多くの船舶が出入りしていた。
もっとも、転移後は港を行き交う船舶は一切なくなり港はほとんど人気がなくなっていた。
いや――人気がなくなっているのはなにも港だけではない。
街全体からも人の気配が殆ど消えていたし、市街地の中心部などには破壊された戦車や装甲車両の残骸がそのまま放置されているし、一部破壊されて瓦礫となった建物もあるなど、まるでつい最近までこの街で戦闘が起きていたように街は傷ついていた。
そう――ダノンビーチはつい数日前まで激しい戦闘が市街地で行われていた。対峙していたのは現地駐屯のダストニア軍と、ダストニアに「報復」するために上陸したソ連軍だ。
数日間の戦闘によってソ連軍はダノンビーチ全域を「制圧」し、現在はダステリア攻略のための橋頭堡として整備などが行われている。今は、殆ど人気のない港も、少しすればソ連本国から派遣された艦隊や輸送艦などの拠点になる予定だった。
ダノンビーチには空港もあり、この空港もソ連軍により占領されていた。
これまた後日には戦闘機や爆撃機がソ連本土から派遣される予定で、現在は空母艦載機が一時的に派遣されていた。ダストニアはすでに何度か戦闘機や攻撃機を差し向けているが、すべて派遣されていた海軍の空母艦載機が退けていた。
このように、ソ連は着実にテリア大陸で勢力を広げる準備を整えていた。
新世界歴元年 2月27日
ダストニア連邦共和国 首都・テラリーブ
大統領官邸
ダストニア連邦の首都であるテラリーブは同国西部にある。
人口700万人で同国がまだ小国だった時代から首都であった歴史のある古都だ。それを物語るかのように古い町並みの旧市街が残されており、地球人がみれば「まるでヨーロッパの古都のようだ」というように、街の警戒はヨーロッパ――とりわけフランスなどの西欧諸国の都市に似ていた。
そして、その旧市街の隣には近代的な高層ビルが立ち並ぶ新市街がある。
大統領官邸はその、新市街と旧市街の中間部にあった。
かつて、王国であった頃に使われていた宮殿を改装した大統領官邸――やはりフランスの大統領官邸であるエリゼ宮にどことなく似ている――では、職員たちが普段よりも慌ただしく動き回っていた。
そして、建物の一角の会議室では大統領や主要閣僚たちが深刻そうな表情で顔を突き合わせていた。
「――ダノンビーチが未知の勢力によって占領され付近に駐屯していた2個旅団は壊滅した……か。事実なのか?」
「残念ながら事実です」
大統領――ジャン・ルイスの問いかけに国防大臣は苦々しい表情で現実であると答える。
「そもそも、奴らはどこからやってきたんだ?」
「おそらく、連絡が途絶えた海兵隊が上陸した大陸からやってきたものと思われます」
「…つまり、向こうからすればこれは『報復』ということか?」
先に仕掛けたのは自分たちの方なのでソ連を「侵略者」と呼ぶことはできない。「侵略者に立ち向かう」ということで士気を上げようと考えていた大統領にとっては喜ばしくない情報だった。
「――まあ、その件はいい。それで奪還はできるのか?」
「可能です。現在5個師団を基幹とした1個軍をダノンビーチへ派遣するための準備を行っています」
「…なら、必ず侵略者からダノンビーチを奪還しろ。長引けば、野党がうるさいからな」
「――わかっています」
この時点でまだ大統領も、そして他の閣僚たちも状況は深刻なものではないと考えていた。自分たちの行動が侵略の発端とはいえ、約200万人の兵力を抱える陸軍を本格的に動員すれば野党などが問題視する前にことは片付くだろうと。
ダノンビーチさえ奪還すればあとは「侵略者を追い返した」とでも公表すればすべて丸く収まる――そう思っていた。




