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47:湾岸紛争

 新世界歴元年 2月25日

 イラン・イラク国境地帯



 イラクがイランへの攻撃を開始したのは未明のことだった。

 イラク軍はイランの主要都市に対して弾道ミサイルを発射。それと同時に機甲部隊が国境を突破した。国境を監視していたイラン軍はすぐに迎撃の準備を整え、両軍は国境近くの町で衝突した。

 イラク軍機甲部隊の主力はソ連から購入したT-85である。

 性能はソ連軍が使っているものよりだいぶ低めにされているものの、多国籍軍との戦争によって機甲部隊を失ったソ連にとっては十分なものだ。ソ連も近年は中々武器が売れない状況の中で反米であり石油産業によってある程度の資金力があるイラクはいい商売相手と考えているようで、性能は落としながらも比較的新型の兵器を売り込んでいた。

 それは、ソ連と同じ東側陣営の北中国も同じで、イラク軍は北中国軍から88式戦車の輸出型も購入し、こちらも機甲部隊に加えていた。この2つの主力戦車を装備していた。


 たいして、イラン軍の機甲部隊だがこちらは日本から導入した90式戦車がメインの主力戦車だった。こちらは、ソ連などと違ってきちんと中東の砂漠地帯でも運用できるような改修が施された独自仕様のもので、日本以外にもイラン企業がライセンス生産もしていた。

 その他にも90式をベースにした国産戦車「I-20」も若干数配備されていたが、数の上でのメインは90式などの日本製戦車や装甲車だった。



 また、空の上では双方の戦闘機同士の空戦が行われていた。

 イラク軍はソ連製のSu-30と北中国製のJ-17戦闘機を主に使い、一方のイラン軍は日本製のFJ-5E(83式戦闘機)とアメリカ製のF-15PEを主力戦闘機として運用していた。

 いずれも、第4.5世代のジェット戦闘機であり最新のアビオニクスや兵器に対応したマルチロール機だ。性能面はほぼ互角と言われているが、パイロットの練度でいえば、普段からソ連などとも対峙しているイラン空軍のパイロットの技量が高く。イラク軍の戦闘機の多くはイラン側によって撃墜されていた。



 地上の戦いは一切の遮蔽物がない砂漠地帯で行われていた。

 今回の侵攻でイラク軍は南部に展開していた機甲部隊のほぼすべてを投入しており、数の上ではイラン軍を上回っていた。しかし、現状は数の上で劣勢であるはずのイラン軍がイラク軍を押し込んでいた。


「イラクの野郎め…イスラエルに負けているからってウチなら勝てると思ったのか?」

「どうせ。後ろにソ連の連中が絡んでいるだろう?自分たちが動かないで手下を動かすなんて相変わらずいけ好かない連中だ」


 イラクはシリアと共同でイスラエルを攻撃していたが、イスラエル軍の反撃によって北部の軍事施設や首都のバグダッドなどが空爆を受けていた。イラク大統領はすぐにイスラエルに対して「無差別空爆だ!」と批判し、他のアラブ諸国に「今こそ悪の帝国であるイスラエルを打倒しよう!」と呼びかけたのだが、他国からの反応は芳しいものではなかった。

 焦った大統領が打った次の手段が、国境問題で対立しているイランであった。大統領はイラン攻撃前に「イランがイスラエルを支援している」と批判していた。

 これにたいして、イラン外務省は「我々は中立だ。イスラエルもイラクも支援するつもりはない」と返したのだが、その数時間後にイラク軍がイランに対して攻撃を開始した。

 現場のイラン兵たちは無茶苦茶な理由で自分たちの国を攻撃してきたイラクに対しての怒りが強く士気旺盛だった。一方のイラク側の士気はそれほど高くはない。兵士の多くは職業軍人というよりは、この時のために徴兵された者たちが多く、愛国心というよりは「稼ぎ」のために戦場へやってきたような者たちばかりだ。

 そんな兵士たちを指揮している指揮官たちも実戦経験は殆どなく、ただ感情的に突撃を指示している。中にはソ連などで十分な訓練を受けていた者たちもいたが、そういった訓練を受けた部隊というのは南部よりも北部に集中していたので、部隊の練度で見てもイラクはイランに比べるとかなり劣っていた。




 イラン テヘラン

 大統領官邸



「前線の状況はどうなっている?」


 不機嫌そうな顔で秘書官に問うのはイランの大統領だ。

 彼が不機嫌なのも無理はないだろう。転移後の激務をこなしている中で飛び込んできた隣国からの突然の攻撃だ。これのせいで、余計に仕事が増えたのだから誰だって不機嫌になってしまう。


「イラク側の進軍を完全に止めているようですが…何分、相手の数が多いようで」

「こちらも押し返すことができないか」

「はい…幸い制空権は早々に確保できましたので。空爆に関しては防ぐことはできそうです」

「ソ連の動きは?」

「大きな動きはありません」

「…今回の件。ソ連側の仕掛けだと思うか?」

「現時点ではなんとも…」

「まあ、そうだろうな…ソ連がけしかけなくても。あそこの大統領ならいずれ仕掛けてくるだろうと言われていたからなぁ…」


 イラクの現大統領は端的に言えば「強権的指導者」といえるだろう。

 アメリカとの戦争によって敗北し、拘束され国際裁判をうけ現在も服役中の元大統領の身内であり、一応民主的な選挙の末に大統領になったが。その後は選挙制度の改革という名の独裁体制への足場を固めてから、現在に至るまで10年あまり大統領の地位にいる。

 就任当初は大人しかったが、徐々に内外に対して高圧的な態度をとるようになり特にイスラエルに対しては常に厳しい口調で批判していた。イスラエルを敵視する勢力からは称賛されたが、当然ながら欧米諸国との関係は悪化していき、必然的に欧米と対立している東側のソ連や北中国とのつながりが増え、中東ではシリアなどと共に孤立していた。


「…また、弾道ミサイルか」


 市内全域にこの日何度目かわからない空襲警報が鳴り響き大統領は窓の外に視線を向ける。視線の先には警報音以外はいつもと変わらないテヘランの市街地が広がっている。

 ただし、あくまで目に見える範囲での話だ。

 中心部から少し離れたところでは弾道ミサイルや巡航ミサイルによって破壊された建物が目立つ。この一連の攻撃で少なくない人的被害がテヘランなど主要都市で起きており、当然ながらイラクに対しての国民の怒りも日々増している状態だった。


 このとき、襲来した弾道ミサイルは防空軍の働きによって大半を撃墜することができた。しかし、打ち漏らしたミサイルの幾つかが市街地へ着弾。死者は出なかったものの、多数の負傷者を出し、国民の反イラク感情がより強まる事態となった。




 イラク共和国 バグダッド

 大統領官邸




 イラクの中央部にある首都・バグダッド。

 人口800万人のイラク最大の都市であり、イスラム世界における主要都市の一つだ。その歴史は1000年以上にも及ぶ古都であり、イラクにおける政治・経済・文化の中心であり中東地域を代表する世界都市であった。

 今から20年前に勃発した第三次湾岸戦争ではアメリカ・イギリス・日本などを主体とする多国籍軍と、イラク軍による激しい地上戦が行われた後に多国籍軍によって制圧された。その後は、多国籍軍(主にアメリカ)主導による民主政権の首都が置かれて現在に至る。

 ただ、今の政権はアメリカ主導で発足した民主政権ではなく第三次湾岸戦争によって崩壊した旧体制の指導者が主体となって発足したもので、今から10年前の選挙で権力を握ってからは、アメリカ主導の政治システムは崩壊していた。


 イラクは世界有数の産油国であり、イラク経済の中心も石油産業によるものが大きい。湾岸戦争後も石油によって経済を上向かせる方針であった。

 しかし、政権がかわってからはアメリカから経済制裁を受けているためアメリカとは距離を置いておりソ連や北中国といった東側陣営と密接な関係を築いており、イスラエルとは激しく対立し、更に隣国のイランとも国境の油田地帯を巡って対立していた。現政権は、周辺のアラブ諸国に「対イスラエル・対イラン・対アメリカ」で連帯すべき、と呼びかけているがアメリカと関係の深い湾岸諸国などからは相手にされておらず、現状は同じくソ連と関係の深い隣国のシリアとのみ連携していた。




「イランにまで負けるだと!?貴様らは本気で祖国のために戦う気概というのはないのかっ!」


 豪華な大統領官邸の執務室で居並ぶ軍高官たちへ激昂しているのは、現在のイラク大統領のカリームだ。

 旧体制下でも重要閣僚であり、戦後は新体制に不満を感じている層を飲み込んで10年前の大統領選挙で当選して以来、イラクで絶大な権力を保持しており欧米諸国からは「独裁者」として批判されている男だ。

 彼自身も自分たちの政権を崩壊させた欧米諸国を嫌っており、大統領になってからは新体制で距離を置いていたソ連や北中国に再度接近し石油などを売りさばきながら外貨を得て、それらの外貨でもってイスラエルやイランを攻撃するための戦力を整えていた。



 彼にとってみれば、今回の転移は最大のチャンスだった。

 口うるさい欧米諸国の目が離れていれば、欧米諸国の目を気にしている湾岸諸国を味方に引き込めると――まあ、実際には湾岸諸国はイラクに一切見向きもせず、同調したのは同じ思想を持つシリアのみだったが、それでもソ連や北中国から仕入れた兵器と連携している武装勢力がいれば、イスラエルに大きな打撃を与えることができると思っていた。

 しかし、現実は理想とは程遠く。イラク・シリア連合軍はイスラエル軍の前に敗北。頼りにしていた武装勢力も、イスラエル軍が拠点都市への集中攻撃によって崩壊していた。

 欧米諸国の目を気にしていたのは、イスラエルもそうだということをカリームは気づかなかった。イスラエルも欧米諸国からの介入を警戒して、大規模な軍事作戦をしてこなかったが、欧米諸国の目がないためにイスラエルも最大火力を敵対者へ向けることができたのだ。

 結果的に北部にあったイラク軍の主力は壊滅。

 同盟国であるシリアは領土の一部をイスラエルによって占領されており、首都にまでイスラエル軍が迫っている状態だ。



 そんな中で、カリームがとったのは――隣国イランへ侵攻することだった。

 なぜ、カリームはイランへの攻撃を決断したのか。

 イスラエルに敗北したことで責任を追及されるのを避けたかったからだ。イスラエルと同様に対立している、イランと問題になっている国境地帯を確保することで自分への批判の矛先をそらそうと、カリームは考えた。

 名目は「イランがイスラエルを支援している」というもので、あわよくばイランをよく思っていない湾岸諸国を味方に引き込めると考えてのことだったが、イスラエル攻撃にも参加しなかった湾岸諸国がイラン攻撃に同調するわけがなく、結果的にイラク単独でイラン侵攻を行うことになったわけだが――こちらも結果は芳しいものではなかった。

 そして、軍高官から侵攻部隊が壊滅状態にあることを伝えられてカリームは激昂したわけである。



「…仕方がない。ソ連に援軍をだしてもらうか」


 激昂していたカリームは近くにあったワインを一気に呷ることで気持ちを落ち着かせて、対イランに関してはソ連を頼ることにした。イランとソ連は長年緊張状態にあり、国境付近ではかなり頻繁に小競り合いが起きている。

 イスラエルとは諸々の問題もあり協力できない、とソ連側から言われていたが同じように対立しているイラン相手ならばソ連も軍を出してくれるだろう――と、期待しての言葉だったが、それは秘書官によってすぐさま否定されることとなる。


「そ、それが…ソ連からは別件で手一杯だという返答が」

「なんだと!?」


 ソ連の返答に再度激昂するカリーム。

 イラクが勝手にイスラエルやイランを攻撃するのは構わないが、仮に何かあっても手を貸す事はしない――というのがソ連指導部の考えだった。

 ただ、「別件で手一杯」というのは嘘ではない。

 ソ連は、現在大陸の西側で他国と戦争中だった。そして、コーカサス地域に配備していた部隊は旧式装備がメインであり、日本製の新しい兵器を多数装備しているイラン軍に劣っていたので、ソ連は積極的にイランとことを構えるつもりはなかった。ただ、国境で睨み合ってイランの行動を抑制さえすればソ連はよかったのである。


 そんなソ連側の思惑など知らないカリームはこのとき「ソ連に裏切られた」と感じた。強い不満をソ連に持つことになるのだった。


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