46:アフリカの現状
新世界歴元年 2月24日
アフリカ大陸 ジプチ共和国 ジプチ市
日本帝国軍 駐屯地
アフリカ北東部にあるジブチ共和国には、日本帝国軍の基地がある。
日本が海外に軍事基地を持つのは過去において、いくつかあったが現在では非常に珍しい。なぜ、日本がジブチに軍事基地を有しているかといえば、それはスエズ運河地帯に出没する海賊対策であった。
スエズ運河に続く紅海やアデン湾一体ではソマリアやイエメンからの「海賊船」がこの30年あまり頻繁に出没しては、民間船舶を占拠して身代金を要求するという事態が相次いでいた。
スエズ運河は極東と欧州を結ぶ重要な交易路であり、運河の通行に支障が出ると貨物船などはアフリカの喜望峰を大きく迂回する必要がある。これでは各国の経済活動に大きな影響があるということで、日本を含めた欧州やアジアの国々がこの海域の安全を守るために軍を派遣することになった。
日本がジブチに基地を設けたのもその一環であり、定期的に海軍の駆逐艦や護衛艦――そして対潜哨戒機などを派遣する形で同海域の監視任務を担っていた。
現在、ジプチ基地には海軍を中心に約600名の兵士が常駐しているのだが転移によって日本本国との通信が限定されており、今後の方針が決まっていない状態になっていた。
転移前から情勢が不安定な国が多かったアフリカ大陸だが、転移から一ヶ月経った現在状況は更に悪化していた。
それまで、多少なりともあった国際社会からの関心がこの一ヶ月の間で殆どなくなり、先進国からの支援もこの間事実上完全にストップしている。民間団体などが支援に乗り出しているものの、彼らの支援の大半は先進国からの支援を前提にしたものであるため、先進国からの支援が止まった現状では民間団体だけでの支援も厳しかった。
そういった各国からの支援が完全に止まったことへの不満などが各地で爆発し、暴動へと発展。政府側も軍などを使って徹底的な取締を行っておりこれによって多数の犠牲者が出ていた。
普段ならば、こういうことがあれば国際社会が何かしら介入するものだが、転移後はどの国も自国のことで手一杯でなおかつ外からの情報が入るづらい状態なので、アフリカで起きている混乱を把握しているのはアフリカにほど近いアジアの一部に留まっている。
そして、そのアジア――特に中東地域は中東地域でイスラエルと周辺諸国の対立が深刻化しているためアフリカのために手を貸す――などというのは無理な話だった。
アジアでアフリカ支援に力を注いできたのは日本や北中国だ。日本は引き続きアフリカ支援は続けるとしているが、やはり距離的に大きく離れていることもあって普段よりも迅速に行動するのは難しく、一方の北中国はといえばルクトール大陸での軍事作戦が停滞していることなどを理由に、アフリカ諸国へ目を向ける余裕はなく、4000人駐屯させているジブチからの撤退すら人民解放軍上層部が考えるほどだった。
日本軍のジブチ基地の隊舎内にある会議室には日本・アメリカ・フランス・イタリアといったジブチに基地を持つ西側諸国の士官たちが集まる会議が開かれていた。この会議は、転移前から定期的に行われているものだ。
転移後は特に、本国から完全に隔絶された状況であるためそれぞれが知っている情報を持ち込む場所として転移前よりも高い頻度で会議が開かれていた。今回も定期の会議ではなく、ジブチで4000人規模の部隊を駐屯させている北中国人民解放軍が慌ただしい動きをしていることから開催されたものだった。
「北中国がジブチから撤退を検討している…それだけ、北中国がやっている軍事作戦は切羽詰まっているのか?」
「噂によれば艦隊が半壊したらしい。北中国が多額の金を作った機動艦隊がな。そして、上海に巡航ミサイルが撃ち込まれたようだから――北中国が戦っている相手はかなりの軍事力をもった国のようだな」
この中で一番北中国に関する情報を持っているのは日本だった。
北中国が多くの工作員を日本に送り込んでいるように、日本も多くの「協力者」を北中国へ送り込んでいた。
「ソ連もどこかで戦争しているようだしな…異世界と平和的に交流できている国はどれくらいあるんだろうな」
「ウチもバルカン半島で戦争中だからな…日本くらいか?」
「ウチだって樺太に上陸されたからな…確かに、ガトレア王国とかいう国と友好関係を結んでいるし、他にもいくつかの国と国交を結んだ――という話は軍令部から聞いているが」
正直実感がない、といって肩を竦める大尉に各国の士官は「そんな国と接触できていない俺等よりマシだ」と口を揃えて返した。アメリカもヨーロッパも周辺を調査する間もなく軍事侵攻を受けてしまったので、未だに付近の調査も満足に行えていなかった。
「まあ、仮に帰れたとしても…だ。ここから本国までどれくらいかかるんだろうなぁ」
そう言って遠い目をするドイツ陸軍の大尉である。
彼の言葉に、他のヨーロッパ諸国の代表者も同意するように頷いた。
転移によって、各大陸の距離は大幅に広がった。そして、転移前はヨーロッパにとってアフリカは近所だったのだが、転移によってヨーロッパ諸国とアフリカの間の距離はかなり広がった。仮に航空機を使う場合は数カ所で燃料補給をしなければいけないほどだ。しかも、給油できる場所も限られているためあまり現実的ではない。
そのため、船で戻ることになるわけだが仮に船で戻るとすればアメリカまで半年近く。そこからヨーロッパまでは更に数ヶ月の時間がかかることが予想されていた。
現時点で北中国以外の国が、ジブチからの撤退を決めていないのは仮に撤退を決めてもどうやって兵士たちを国に戻すか――という部分で話がまとまっていないからだ。最有力の選択肢が船なのだが、そのための船の確保はまだ各国共に行えていない。それよりも、ヨーロッパではバルカン半島。アメリカに関しては中央アメリカでの戦闘を落ち着かせることを最優先としているためだ。
この中でもっとも、早くに撤退できそうなのは日本なのだが、日本も日本で政府内で「撤退の有無」に関しての話はまとまっていなかった。
更に、指揮官の下にはジブチ政府の役人などがやってきて「なるべくコレまで通り駐屯してほしい」という要望を届けている。他国の軍隊を受け入れているジブチからしても、最大勢力であった人民解放軍の撤退は寝耳に水の出来事だったようで、それ以外の日本やアメリカまで軍を撤収させるのではないか、と不安になって各国に声をかけているようだ。
他のアフリカ諸国の軍関係者などからも「なるべく留まってほしい」という要望があり、これらの要望は政府間でも行われているらしく、各国政府の判断に影響を及ぼしていた。
「た、大変です!イラクがイランに侵攻したと」
部屋に駆け込んできた兵士の報告に出席者は一斉に頭を抱えた。
イランは、中東地域の中でも治安と政治が安定した民主主義国家として知られている。世界でも有数の石油や天然ガスが埋蔵されており、中東の中ではアメリカよりも日本とのつながりが深い。
かつては「ペルシャ」と呼ばれており、国民もアラブ系住民とは異なるペルシャ系で構成されており、どことなくヨーロッパ系に近い顔立ちをしていた。
国民の殆どがイスラム教徒だが、他の中東諸国と宗派が異なっており、とりわけ隣国のイラクやアラブ世界の盟主を自認しているサウジアラビアとの関係はあまり良くはない。
特に、隣国のイラクとはニ度に渡って全面戦争を戦っている程度には関係は悪く、現在でも国境地帯で軍同士が小競り合いをしては双方がお互いを批判する――ということが起きていた。
イラクはかつて中東最大の軍事大国であったが、隣国のイランとの戦争や更に隣国のクウェートへ侵攻したことでアメリカや日本などの多国籍軍の軍事介入を招き一気にその戦力を弱体化された。しかし、近年は再度強硬路線をとる大統領が就任したことでソ連や北中国との関係を深めて再度軍備拡張路線をとっている。名目では「アラブ世界を荒らすイスラエルに対抗するため」となっているが、主力部隊の半数はイランとの国境付近へ集めているなどイランに対しての戦力も拡充しているのが米軍の衛星監視などでわかっていた。そのため、イラン側もイラクの動きに呼応するように国境沿いに主力の機甲部隊などを配置し、近年は常に睨み合いを続けていた。
「たしか、イラクはシリアと組んでイスラエルを攻撃していたはずだが…」
転移直後。イラクは隣国のシリアと共にイスラエル領内へ攻撃を行った。
名目は「パレスチナを不当に占拠する侵略者の排除」であり、両国は周辺のアラブ諸国にも軍の派遣を求め、一部の国はそれに応じたが湾岸諸国やイランそしてトルコ、エジプトなどはそれに応じていなかった。
いずれの国も日本あるいはアメリカの仲介によって、イスラエルと国交を結びある程度交流をしていた。さらに言えば各国ともに他に解決しなければいけない問題も多々あったので、イスラエルに攻撃を仕掛けるという面倒なことに関わりたくなかったようだ。
「そして、イスラエルに返り討ちにされてたな?パレスチナも正規軍は参加せず静観を決めていて、かわりに武装勢力がイスラエルに執拗な攻撃を仕掛けていたはずだが…なぜ、イランにまで攻め込むんだ?」
意味がわからないとばかりに首をかしげるアメリカ軍士官。
「意気揚々とイスラエルに攻め込んで返り討ちにあったからじゃないか?その責任を不協力であった隣国――イランに向けたとか?」
フランス軍士官の推測に全員が「ただの言いがかりじゃないか」と内心で突っ込む。
「言いがかりにしか聞こえないが…今のイラク政府なら考えられるか」
「アメリカ主導の民主化計画は見事に失敗――逆に強硬な独裁政権に逆戻りしたからなぁ」
自分の所属している国の計画が失敗した、言われアメリカ軍士官は目をそらす。
イラクは、2003年におきた第三次湾岸戦争によって当時の政権が崩壊し、かわりにアメリカ主導の民主的な選挙によって選出された政権が統治していた。しかし、治安の悪化や官僚・政治家の汚職などを横行したため国民からの評判は悪く、結局10年後の2013年にクーデターがおきて民主的な政権は崩壊。旧政権関係者による政権が復活し、それまでの親米路線から親ソ・親中路線へ切り替えて、両国から莫大な支援を受けていた。
旧政権関係者主体の政権なので、当然ながら自分たちの政権を潰したアメリカなど西側諸国のことは大嫌いであり、断交まではいかないまでも公の場でも「西側という野蛮な侵略者によってイラクは壊された」と公然と西側陣営を批判するなどしていた。
そして、民主化政権では比較的上手く付き合っていたイランとの関係も大幅に悪化し、国境問題もこの時に再燃した。
アメリカは様々な国に介入しているが成功した事例はほぼない。
殆どの介入した国で何らかの混乱が生じて、最終的に反米の独裁政権ができている。アメリカ人にとっては直視したくない話である。
「ゴホン…それで、どうなると思う」
無理やりな咳払いで話題を変えるアメリカ軍士官に周囲から生暖かい視線が送られるが、彼らもこのことでアメリカをいつまでもいじるつもりはなかった。
まあ、こういった介入の失敗は何もアメリカだけではない。
どの国もあまり思い出したくない介入失敗の話題が多いのでこの話は続けたくなかった。いつ、自分たちの国に矛先が向かうかわからない。
「イラクは確かにソ連から多くの兵器を購入し、あの地域では屈指の軍事力を持つが…練度の部分ではイランが圧倒しているだろうな」
「そうだな。イラン軍の練度は中東でも屈指だ。イランが負けることはないいだろうし、危険な場合はトルコも支援にまわる――それに先に仕掛けられたイスラエルが大人しくしているわけがないからな。二正面作戦になった場合厳しいのはイラクだろうな」
「問題は追い詰められたイラクが何かをやらかすかもしれないってことだがな…」
「中東全体を巻き込んだ大戦争にならなければいいんだがな…」
転移前ならば「国際社会」がある程度で介入する。
中東は世界有数の天然資源の宝庫――とりわけ多くの石油や天然ガスが算出される地域であり先進国にとっては多少の小競り合いはともかく、大規模な戦争に発展するのは石油市場などを考えて喜ばしいことではない。
それは、産油国側も同じで戦争によって石油などの生産がとまればそれだけ自国の経済にも影響を与える。イランもイラクも産油国であり、普通ならばある程度の対立で矛を収める。
だが、この転移後の世界は「国際社会」や「国連」が介入するのは難しい。大陸間の通信が未だに不安定であり、遠く離れた土地で何かが起きても主要国がそのことを知るのに大きなタイムロスが生じるからだ。
今回彼らはジブチという中東のすぐ近くにいるから、イラクの動きがすぐにわかったが、彼らの本国はそれより更に遠く離れており。未だに衛星通信網もきちんと働いていないため、このことを知るのはかなりあとになる。
その時に介入しようにも、数万キロも離れていて更に満足に航空機も使えず。各国間の通信も満足に動いていない中では打てる手はほぼない。その間に戦争が拡大していき、中東全域へ飛び火するのは十分に考えられることだった。




