45:北中国の誤算
新世界歴元年 2月19日
中華人民共和国 北京
中南海
「――聞いていた話と違うようだが?」
北中国の最高指導者――国家主席の機嫌は最悪であった。
国家主席の不満を真正面から受け止めることになった国防部長官の顔色は非常に悪い。
国家主席の機嫌が悪い理由――それは、先月の中旬頃から行われている未知の大陸への進軍が上手く進んでいないからだ。
ことの発端は、1月中旬にまで遡る。
北中国が新たに領土にした島の近海に一隻の軍艦が接近した。
この軍艦は、ユーラシア南方5000km地点に転移した大陸にある国のもので、付近の調査のために偶然北中国が領有を宣言した、島に近づいていた。この軍艦は北中国の人民解放軍によって拿捕されて、乗員たちは北中国側から厳しい尋問を受けることになった。
尋問の結果、北中国最高指導部は自国の南方に未知の大陸があることを知る。人民解放軍は「我が国の領土に土足に踏み込んだ者たちに報復すべき」と主張。一方で、共産党内部では「相手のこともわからない中で軍を進めるのは危険では?」という意見も出たが、最終的に国家主席は人民解放軍のガス抜きも兼ねて未知の大陸への進軍を決めた。
進軍が決まった人民解放軍はすぐに10万からなる上陸部隊を未知の大陸――ルクトール大陸へ差し向ける。元々、南中国制圧後に台湾や南西諸島へも軍を差し向ける計画を持っていたため、そのための揚陸艦の整備を進めていたが、今回それらの揚陸艦が大量に投入された。
また、揚陸艦を護衛するために北中国が配備している5隻の空母のうち2隻を含めた20隻あまりの戦闘艦によって構成された機動艦隊も同時に派遣された。北中国としては初めて本格的に大陸外への軍事作戦であり、人民解放軍の上層部はこれで自分たちが世界に名だたる軍事国家であることを内外にアピールできると確信していた。
だが、彼らの計画は最初の段階で躓くことになる。
北中国が向かった大陸「ルクトール大陸」は、ガトレア王国などが存在する世界「テラス」に存在していた大陸であり、大きさはアフリカ大陸とほぼ同じくらいである。
大陸北部には「ルクストール共和国」という名前の国があった。人民解放軍が拿捕した軍艦はこの「ルクストール共和国海軍」に所属するフリゲート艦であった。
ルクストール共和国は、「テラス」の中でも五本指に入る国力を持つ超大国で、北中国側も拿捕したフリゲート艦の乗員からある程度、国に関する情報を聞き出していたが人民解放軍の幹部たちはそれほどこの情報に関して関心はなかった。
日本とアメリカ――更にいえばソ連に対抗して増強した自国の軍事力ならば異世界の大国相手にも十分以上の成果を上げられる――などと彼らは本気で思っていたからだ。
しかし、その楽観論はルクトール大陸に近づいたことで砕け散った。
人民解放軍を待ち受けていたのは、ルクストール共和国軍が放った対艦ミサイルの飽和攻撃であった。
今回、人民解放軍はルクトール大陸に空母「河北」「吉林」という2隻の空母と、イージスシステムに匹敵するとされている防空艦10隻あまりによって構成された機動艦隊を送り込んでいたのだが、ルクストールの飽和攻撃は防空艦の対処能力を超えた規模であり、艦隊の要であった2隻の空母のうち「河北」が大破。「吉林」も中破したことで人民解放軍は航空戦力を失ってしまう。
それでも、作戦は継続され揚陸艦隊にも無視できない損害を出しながらも、人民解放軍はルクトール大陸北部に約5万人に及ぶ陸軍を上陸させた。しかし、この時点ですでに上陸に投入した戦力の半数を失っており一般的には敗北に等しい状態であった。
しかし、そんな状態でも軍上層部は作戦の継続を決めた。
首席に対して「問題ない」と豪語しただけに「壊滅した」などと口が裂けてもいいたくなかったのだろう。
ただ、首席も軍が半壊していたことは情報部経由で知っていた。それでも後々このことをつつけば、近年発言力を増している軍部を黙らせる材料になるという考えと同時に、首席自身も多少の被害は出てもある程度「成果」は出すだろうという楽観的な考えから黙殺していた。
しかし、数日前。それすらできなくなる出来事が国内で起きた。
南部の中心都市「上海」近郊にある人民解放軍の基地が攻撃を受けたのだ。更に、その翌日には青島にある海軍基地など複数の軍事施設がやはり同様の攻撃を受けた。
攻撃による爆発は市民によって撮影されたりしたが、共産党最高指導部は国営通信などを通じて「基地で事故は起きたが問題はない」という偽りの情報を流すことで事態を沈静化させようとしている。
ただ、写真や映像の中には基地へ向けて飛翔するミサイルのような物体を撮影したものもあり、いくら情報統制をかけても「自分たちは他国に攻撃されたのでは?」という情報が口コミで国民の間に広がろうとしていた。
「情報統制は進めているが、追いつかない状況だ。人民にこのことを知られるのも時間の問題だが――軍はどうするつもりだね」
「国内の警戒レベルを最大にまで引き上げています」
「ソ連の動きも当然監視しているのだろうな?」
「もちろんです。現時点で極東のソ連軍に大きな動きは見られません」
「…まあ、ソ連もソ連で西のほうで戦争をしているらしいからな。東で仕掛ける余裕はないのだろうな」
首席の言う通り、ソ連も現在異世界の国と戦争していた。
最初に仕掛けたのは意外にもソ連ではなく、異世界の国のほうでソ連西部に上陸したようだ。上陸した軍隊はすぐにソ連軍によって撃退され、ソ連上層部はすぐに報復のために軍を差し向けた。西部には西側陣営に対抗する目的でソ連地上軍の精鋭部隊が集められており、今回はその精鋭部隊を反撃で送り込んでいるので戦況に関してはソ連がかなり優位に進めているようだが手薄になった西側の戦力を充填するために極東軍の一部を西部へ移動させているようだ。
ソ連側も北中国が異世界相手に苦戦していることを把握しているが、わざわざ北中国に仕掛けてニ正面作戦をする必要はないとのことで、現時点では北中国国境付近の監視を普段よりも強化している以外に大きな動きを見せていなかった。
「だが、ソ連がいつまでも動かないわけがない。南の方を早く片付けないと…面倒なことになる」
解放軍のガス抜きのためとはいえ、相手に関する情報収集を一切せずに作戦開始を承認したことを今更ながら後悔する国家主席であった。
新世界歴元年 2月21日
地中海上空
ギリシャ沖の地中海上空を数機の大型機が編隊を組んで飛行していた。
この、大型機はガリア帝国南部にある空軍基地から離陸した大型戦略爆撃機「SD-46」で、イタリア南部にあるアメリカ海軍の拠点であるガエータへの空爆任務のために編隊を組んで飛行していた。
爆撃機編隊のすぐ側には、ガリア帝国空軍最新のステルス戦闘機「G-17(フェンシス)」の編隊も飛行していた。
「『フェンシス』がいれば蛮族など恐るに足らぬ…そう、思わんかね。グレイル大尉」
「おっしゃるとおりです。蛮族も我々に歯向かったことを後悔することでしょう」
隊長機では指揮官である中佐とその副官である大尉が作戦成功間違いなし、とばかりに会話をしていた。
多くのガリア軍士官はヨーロッパを「蛮族が支配する地域」であると考えていた。
まあ、これはガリア特有の「ガリア民族以外は劣等種」という価値観によるもので、協力関係にあるルーシア連邦の主要民族である「ルーシア人」のことですら彼らは内心で見下していたのだが。
彼らが作戦を楽観視しているのは、きちんとした護衛の戦闘機がついているのも大きかった。
「G-17(フェンシス)」は5年前から正式にガリア空軍で配備が始まった最新鋭のステルス戦闘機で、その外観は北中国が開発したステルス戦闘機の「J-20」によく似ている。開発にはガリアが内心見下している友好国のルーシアからの技術が多く導入されており、同国空軍のステルス機とも外観面では似ていた。ただ、性能面は他国のステルス機に比べればワンランク劣る――というのが業界での評価であったが、ガリアからすればルーシアの技術協力があったものの「初の国産ステルス機」というのは大きいようで、軍上層部は本格的にガトレアへの侵攻を計画していたほどだった。
まあ、その計画は転移によって白紙に戻り、その時に準備していた戦力がバルカン半島に送り込まれることになったわけだが。
とまあ、こんな事情もあって乗員たちは特に警戒はしていなかった。
だからこそ、突如として機内に鳴り響いたミサイルアラートへの対応が一歩以上遅れた。
「な、なにがおきた!?」
「ミサイルアラートッ!?す、すぐに回避行動をとれ!」
指揮官である中佐は何が起きたのかわからず困惑し、その横にいた副官の大尉はすぐに警報音がミサイルの接近を告げるものだと察して、操縦士に回避行動をとるように指示をだす。
操縦士はすぐに回避行動をとり、チャフやフレアといった妨害装置を放出するが、警報音は鳴り響く。むしろ。ミサイルが近づいていることを知らせるようにより逼迫したものにかわり、乗員たちの表情が一斉に青ざめる。
「ご、護衛機は何をしている!そもそもどこからミサイルはやってきたんだ!」
「わ、わかりません!」
指揮官の中佐もただ事ではないと知り大いに慌てて副官に詰め寄るが、副官がそんなことわかるわけがない。
そんなやり取りをしている間――その時はやってきた。
どこからともなくやってきたミサイルは主翼付近に命中。制御を失った「SD-46」はそのまま途中で分解しながら地中海へと墜落していった。乗員の大半は自分たちの身に何がおきたのかわからないまま、機体と運命を共にするのであった。




