43:最初の話し合い
新世界歴元年 2月16日
マリス連邦 マリセット
外務省
マリス連邦へ入国した、日本政府代表団。
両国の交渉は、その日のうちにマリス連邦外務省で行われた。
といっても、交渉の前にお互いの国を知ることから始まったが。マリス側はこれで自分たちが優位に交渉を進めようと考えたのか「我々は『列強』の中でも最大の海軍力を有している」などと得意げに語るものの、日本側の反応は薄かった。
日本からすれば、たしかにマリス連邦海軍は強力な戦力を有しているのは理解している。ただ、日本の帝国海軍のほうが規模が大きいので日本からすれば「それがどうした」としか思えなかった。
マリス側も日本側が一切反応しないことが気になったが、それでも自国の強大さを「蛮族相手にしてやるんだ」という気持ちが強かったので、自分たちがいかに強大な国なのかということをメインに話を続ける。
ただ、日本側からすれば「我々は多数の海外領土を抱えて~」などと言われても「それがどうした」としか思わなかった。
マリス連邦は日本と同じ海洋国家――地球基準でいえばイギリスのような国だというのが日本側の感想だった。確かに全盛期のイギリスも大量の植民地を抱えていたが、結局ニ度の世界大戦で一気に国力は衰え植民地を手放すことになった。
そして、今回のマリス連邦は転移によって国力の源といえた海外領土の多くを失っている。軍の主力も植民地に多くいた、という話は捕虜となった将校から聞いていた。
そして、今回の報復でその拠点ともいえるタヴェンポートの海軍基地や国内最大規模の空軍基地は破壊され、その戦力は大幅に低下している。にも関わらず、自国は強大であることを誇示しようとするのはある程度交渉を自分たちの優位な方向へ持っていきたいというマリス側の思惑が透けて見えていた。もっとも、それで譲歩するほど日本帝国の外交官たちも甘くはなかった。
「――つまり、貴国は消えた植民地の代わりとして我が国固有の領土である樺太へ宣戦布告なく侵攻を行ったというわけですね。そちらの世界の国際法では合法なのかもしれませんが、貴国が行ったのは貴国が忌み嫌う『蛮族』と変わらないものですな」
「蛮族」という表現にマリス側の外交官の顔色が憤怒のものへと変わる。
「貴国は勘違いしているようだが、我が国の戦力はまだ健在だ。戦艦などという時代遅れの置物など、すぐに海の藻屑にすることもできる」
「ほう、実際に『大和』に対して航空攻撃が実施されたようですが。成功されたのですか?」
「……」
攻撃が成功していれば、そもそも「大和」はマリスの近海にいないだろう、という日本側の皮肉にマリス側は黙り込むしかなかった。大和に向けて行われた航空攻撃はすべて、大和ないし護衛のイージス艦によって無効化されていた。
これは、マリスにとって想定外なことだ。
使用した対艦ミサイルはマリスにとって最新のものであるし、高い対空能力を持つ列強の機動艦隊を破壊することを主目的に開発されたもので、実際に同格の列強相手に十分な戦果をあげていた。
しかし、帝国海軍の対空能力の前には一切の戦果を上げることはできなかった。マリスは更に潜水艦を使った攻撃を仕掛けたが、こちらは近づく前に帝国海軍の哨戒ヘリコプターや駆逐艦の餌食となっていた。
初日の交渉は、結局のところ一切の成果はなく終わった。
ただ、日本の外交官が最後に見せた「土産」はマリス側に少なくともある程度の衝撃を与えるのに十分なものではあった。
同日
マリス連邦 大統領官邸
「これは…事実なのか?誇張されたものではないんだな?」
日本の「置き土産」それは、日本に関する簡単な資料であった。
ただ、簡単な資料であってもマリス上層部には衝撃的なものだった。
とりわけ、軍事力の項目を見た大統領のファイルズは思わず、外務大臣のホルスに確認したほどだ。
「戦艦を使うなど時代遅れの国だと思っていたが…」
「あの戦艦はむしろ我が国の巡洋艦を軽く凌駕する高度な戦闘システムを搭載したシステム艦のようです。空軍が行った飽和攻撃もすべて無効化したようですから」
「信じられん…ダストニア艦隊にも対応できる最新の対艦ミサイルなんだぞ…」
ダストニアは、彼らの世界の中で最も強大な軍事力を持った国だ。
マリス連邦とも植民地を巡って対立している。マリス連邦の兵器は基本的にこのダストニアに対抗するために開発されたものが多く、今回日本艦隊相手に使ったのも、ダストニアの機動艦隊を攻撃するために開発された最新の対艦ミサイルだった。
「明日。軍の代表者がニホンの艦艇を視察に向かう予定ですので、その時により詳細な情報が判明するかと思われますが…彼らは我が国を軽く蹂躙できるだけの軍事力を持っていると考えたほうがいいかもしれません」
「…そうか」
ファイルズはこの時になってようやく「自分は間違えたかもしれない」と思うのだった。
新世界歴元年 2月17日
日本帝国 東京市 千代田区
総理官邸
「マリス連邦との交渉ですが、初日は平行線で終わりました。本日は代表者が『大和』および『瑞龍』の視察をする予定です」
淡々とした表情でマリス連邦で行われている交渉の様子を報告するのは外務大臣の二階堂清香だ。元外交官であり政治家になって10年ほどで外務大臣に抜擢されるという異例の出世を遂げた彼女の実家は「伯爵」の爵位を持つ貴族でもあった。
現代では一種の「栄誉的な称号」でしかないが、それでも上流階級では現在でも「爵位」というのは強い効力を発揮する。逆に「貴族のお嬢ちゃんが政治家ができるわけがない」という偏見を持たれる一因にもなるわけだが、彼女はさして周囲の声は気にしていなかったし、現時点できちんと外務大臣としての仕事をこなしていた。
アメリカには同年代に同じく、外交官から外交トップの国務長官にまで上り詰めたアメリア・クラーク国務長官がいるが、実は二階堂とクラークは外交官時代から交流があり、プライベートで連絡を取り合うほどの親しい間柄であったりする。もっとも、あくまでプライベートで親しいというだけで公の場ではそれぞれの国を代表する立場として、時として意見を衝突させることも多くあるのだが、この交友関係に関しても就任当初は週刊誌などで色々と書き殴られたこともあった。
「向こうは随分と強気のようですな。自分たちの置かれた状況を理解できていないようだ」
「彼らの世界ではそれだけの『強国』だったということだろう。だからこそ、想定外の事態の連続で困惑しているのでは?」
「どちらにせよ、彼らは侵略者だ。本当ならばある程度の賠償金を請求しても文句は言われないと思うが?」
「問題は、こちらと向こうの通貨価値がまるで違うことだし、そんなことをすれば向こうの国民に恨まれるだけだろう。また、戦争を吹っ掛けられるのはそれはそれで面倒だ」
他の閣僚たちも口々に感想を言い合うが、基本的にはマリス側が強気な態度をし続けていることに対しての呆れている者が多い。ただ、日本としてもとれる手段はあまり多くはない。軍事基地に限定した本土攻撃はすでに行っているし、あまり規模を拡大すると今後の両国関係に大きな影響を与える可能性もある。一応は、隣国になるわけでは、遠い将来のことを考えると「徹底的に痛めつける」というのは、相手側の日本への感情が悪化するだけなので日本とすれば避けたかった。
わざわざ、北中国やソ連のような国を近くで作る必要はない。
一部から、不満もあったが最終的にマリス連邦へは賠償を求めないことで政府の意見は一致した。おそらく、議会においても大きな波乱なくこの案は受け入れられるだろう。与党内の保守派からは反発もあるかもしれないが、賠償をもらったところで困るのはもらう日本側だ。
石油や鉱物などの天然資源を格安で得られるというならば、それが一番だが残念ながらマリス連邦で天然資源が豊富なのは、植民地のほうで、その植民地も現状行方不明の状態だ。
そんな状態だからこそ、石油や天然ガスが埋蔵されている樺太をマリスは狙ったのだ。
同日
東京市 港区
永田町からもほど近い港区は赤坂にある老舗の割烹料理屋は、創業時から政治家たちの密会の場として使われていた。この日も、保守党最右派グループとされている「山本派」の主だった議員たちが、派閥の懇親会という名目で集まっていた。
「やはり、岸辺さんの影響力のある安川総裁は弱腰すぎます。このままでは他国への影響力が弱まってしまう」
「そうだ!やはり、山本さんが総理になったほうが今回の件も上手く進んだに違いない!」
この場に集まっている議員たちは、数年前の総裁選で最後まで現在の内務大臣である山本を支援してきた保守系議員たちだ。前首相である岸辺という最大のバックをつけ総裁選を勝った安川に対して色々と思うところがある議員も多く、集まるとこうして現体制への不満をぶちまけていた。
この場には、派閥のトップである山本の姿はない。
現役の内務大臣でもある山本は公務に多忙で、最近は派閥の会合に顔を見せる機会も少なくなっていた。もし、この場に山本がいたのであれば厳しく議員たちの言動を諌めていたであろう。
山本自身は先の総裁選の結果は認めている。岸辺や大林という長老クラス安川がバックにつけたことに関してもさして気にしていないし、むしろ岸辺や大林は上手くやったと思っていたほどだ。
安川で懸念されるのは結局のところその若さによる経験不足くらいで、閣僚などをある程度経験すれば問題はない部分だ。そして、現時点で安川政権は大きな問題を起こしていない。むしろ、異世界転移という異常事態においてよく対処しているといえるだろう。
「お前ら、毎回毎回――山本さんに『女々しい』と怒られたばかりだろう?」
厳しい顔で不満を垂れ流していた議員たちを諌めるのは、山本の最側近として知られるベテラン議員だった。諌められた議員たちはバツが悪そうな表情で黙り込むが、ベテラン議員はなおも言葉を続ける。
「そもそも、山本さん自身が気にしていないのに、本人でもないお前達が総裁を批判するのを一番嫌うのは誰だ?山本さん自身だろう。お前らのやっているのはお前らが嫌っている野党や一部マスコミと変わらんぞ?」
憶測などによる批判は一部野党とマスコミの伝統芸であり、そのことを厳しく批判していたのは他でもない彼らであった。だが、それと同じことをしているというベテラン議員たちからの指摘にそれまで不満を垂れ流していた議員たちは一様に視線を逸らす。
どうやら、自覚はあったようだ。そんな議員たちの様子を見てベテラン議員は深々と息を吐いた。
「国難だからこそ。我々が政府を支えなければならないし、山本さんがお前たちに望んでいるのはそういうことだと思うぞ。それと、お前達の余計な行動で逆に山本さんが総裁になる道を狭めるということも理解しておけ」
度々総裁候補としてその名が上がる山本。
実際に、これまで3回総裁選に出馬しておりいずれも決選投票まで進んだものの最終的に後の総裁の前に敗北している。メディアがあげる敗因は時折飛び出す過激な言動だ。時として、野党から問題として問責決議案が出される程度に、山本は過激とも捉えられる発言をすることがある。
山本自身も、自分の発言が問題になることは理解している。理解しながらも、この発言が一種の問題提起になるならばという考えから、あえてそのような言動をしていたし、保守党の重鎮などもそれを理解していた。
一方で、彼を慕う議員たちへ懸念を持つ重鎮たちは多かった。
彼らもまた、親分である山本を倣ってから過激な発言をカメラの前やSNSを通じて行っており、時として問題としてメディアはもちろん国会内で取り上げられるほどになった。
そのたびに、周囲に頭を下げていたのが山本であった。
仮に、山本が総裁や総理になっても同様の事態がおきた場合。山本はすぐにでもその職を辞する可能性があった。それを、重鎮たちは懸念していた。実際に重鎮の一人は山本に対して「派閥にいれる人間は選んだほうがいい」という忠告を度々行っているほどだ。
それでも山本は、自分を慕ってきた議員たちを切り捨てる事はできない、とこたえている。その態度は、上司としては評価されるのだろうが、為政者としてはあまり褒められたものではない。時としては身内であっても容赦なく切り捨てることを為政者は求められる。山本は人情がありすぎて、非道な判断ができない――と見られていることも、総裁の椅子を遠くしていた。
ベテラン議員は、そのことを理解しているからこそ。危うい動きをしている派閥の若手たちに釘を刺すことにした。
(これで、少しは抑えてくれればいいが――これでも、ダメなら。山本さんに連中を切り捨てることを進言するしかないな)
この日を境に。山本派内で表立った政権批判、執行部批判――と捉えられる発言は減少した。それでも、彼らからみて現体制が行っていることは「甘く」映るようで、苦言という形での批判は引き続きあったが、憶測などでの批判ではないだけマシではあった。




