42:最後通告と決断
新世界歴元年 2月14日
マリス連邦 タヴェンポート沖
帝国艦隊はその後も、何度かの襲撃を受けながらもマリス連邦の主島「グレースマリス島」の南西部にあるタヴェンポート沖200km地点まで進出していた。
「さて、相手政府はどうでるかな」
「何度も執拗に襲撃を仕掛けているところを見ると…まだまだ、戦う気力満々のように思えますが」
ほんの一時間前。マリス軍の哨戒機が艦隊上空に接近した時、江原は通信士に偵察機に向けて通信を行うように指示を出した。その内容は大まかにまとめれば「我が国は交渉のためにやってきた。今後も攻撃を続けるのならばこちらにも考えがある」という一種の脅しようなものだった。
外交というのも一種の戦争のようなものだ。
なんでも「日本流」といえる低姿勢で対話に望んだら、向こう側に嘗められるだけなので、外務省は他国に対しては時としてはその軍事力と経済力を背景とする脅しをかけるのだ。もっとも、それを使うのはソ連や北中国などに限定されていたが。
「まあ、向こうがその気なら…こっちも徹底的にやるだろうな」
「最悪、大統領官邸が吹き飛びますかね」
「陸軍を上陸…は上としても避けたいだろうからな」
「ああ…予算ですか」
「大蔵省に金を出させる労力をかけたくない――と、内局は思ってそうだからなぁ。それに、上陸したところでウチに旨味はほぼない」
軍を動かすにはかなりの金を食う。
「防衛作戦」という名目で今回は行われているので、ある程度大蔵省は予算に目を瞑ってもらっているが、地上部隊まで投入すればその金額は更に跳ね上がる。なにも「軍事費」というのは武器や弾薬だけではなく、兵士を動かすための糧食やその輸送費――つまりは燃料代も含まれている。一応、帝国軍は自前でどうにかできる体制は整っているが、それでも食料自体は自前で栽培できるわけではないので、基本的に外部からの購入であるし、さらに言えば人件費も海外派遣ともなれば膨らんでしまう。
そして、別にマリス連邦に上陸したところで日本にとってメリットがなかった。むしろ、戦後処理の作業が余計にかかるので、日本とすればさっさとマリス連邦と停戦条約を結びたかった。だからこそ、艦隊を派遣し、ある程度の脅しとして軍事施設への攻撃を行ったのだ。
では、日本からの一種の「最後通告」を受け取ったマリス政府の対応はどうなっているのだろうか?
同日
マリス連邦 マリセット
大統領官邸
日本からの「最後通告」を受け取ったマリス政府は緊急の閣僚会議を開いていたが、会議は紛糾していた。
日本の求めに応じて、交渉すべきだ――と主張するホルス外交長官たちのグループと、徹底抗戦すべきという国防長官たちのグループが真っ向から対立していたからだ。
「先に仕掛けたのは我々のほうだ。ここで、イスに座らなければ今度は民間人にも被害が出るかもしれないんだぞ!」
「そうなったら、徹底的にやりあえばいいだけだ!どこの国とも知らぬ相手に頭を下げろとでもいうのか!」
「少しは現実を見ろ!主力基地は破壊されているんだぞ!これ以上、戦う意味がどこにある!」
と、まあ。先程からこんな具合に話は一向に進んでいない。
日本艦隊に関する情報は継続的に伝えられており、艦隊の中に一隻の巨艦がいることも当然彼らの耳には届いていた。それを聞いた交戦派が「デカイ的を一斉に叩けばいい」と宣ったが、軍部から「実際にやって返り討ちにあった」という報告が返ってきてからは何も言及していない。
ちなみに、空母「祥龍」を旗艦とした第4空母戦闘群はマリス本土から更に離れた洋上に待機しており、こちらはマリスの偵察機も発見していない。
さて、閣僚たちが言い争いをしている中。大統領は何をしているのか、といえば一人考え込んでいた。大統領――ファイルズもまた報告を現実のものと受け入れることができないでいた。
マリス連邦海軍は前世界においては最強クラスと評される戦力を持っていたし、空軍の規模だって他の列強と遜色ないものだ。陸軍に関しては他の列強に比べて人口が少ないというハンデはあったが、少なくとも植民地を防衛できるだけの規模は有していた。
だからこそ、今回の軍部が考えた作戦も「簡単なもの」であると思っていた。なにせ、占領するのは大陸ではない島一つである。1個師団も送り込めば大丈夫だし、何より人口が希薄であるという報告まであった。
なのに、結果は違った。
1個師団は壊滅し、1個艦隊も崩壊した。
そして、今は主力の基地が破壊されてしまい。いよいよ、艦隊が本土のすぐ近くまで近づいている。
(一体どうすればいい…ホルスの言う通り椅子に座るべきなのか?)
だが、それは自分たちの敗北を認めることになる。それは、すなわちこの政権の終わりを意味することになり、ファイルズのプライド的に許容できるものではなかった。
「…交渉に応じよう」
最終的に、ファイルズは交渉の椅子に座ることを選択する。
どっちみち、自分たちは詰んでいるとわかっていたからだ。
だが、当然ながら彼のこの選択に国防長官などは猛反発する。
「閣下!何を腑抜けたことを仰るのです!たしかに、いくつかの基地は攻撃を受けましたが、軍はまだまだ戦うことは可能ですっ!」
「そうです!突然、我が国に攻撃を行う蛮族どもに頭を下げる必要などありませんっ!」
主戦派の言い分を聞いてホルスたちは「自分のことを棚にあげて…」と呆れる。最初に、攻撃を行ったのは他でもないマリス連邦自身なのだ。ただ、それは自分たちの世界の常識であったともいえる。だが、他国からすればそれは立派な侵略行為だ。列強という超大国が実質的に世界を支配しているといっても、彼らの世界にもある程度のルールというものがあるのだ。
今回の件はそのルールに抵触する可能性もあった。
だからこそ、ホルスなどは「もう少し慎重になるべき」と主張していたのだ。残念ながら聞き入れられることはなかったが。
さて、ファイルズ大統領も思想的には国防長官などに似ている。
なので、こうやって詰め寄られれば意見を変える可能性もあった。しかし、今回はファイルズもマズイと思っているようで主戦派に詰められても、意見を変えることはなかった。
新世界歴元年 2月14日
日本帝国 京都府 舞鶴市
帝国海軍 舞鶴海軍工廠
マリス連邦でようやく、話が先へ進みそうになっているのと同じ頃。
日本海側最大の軍港である舞鶴基地の一角に位置する海軍工廠ではある式典が始まろうとしていた。
海軍工廠に隣接する岸壁には1隻の大型艦が停泊していた。
この大型艦は、転移前から舞鶴海軍工廠で建造されていた新型のイージス・システムを搭載したミサイル駆逐艦「神風」である。既存の秋月型を更新するために2020年度国防計画から建造されていた「神風型ミサイル駆逐艦」の1番艦にあたる。進水は昨年行われており、そこから一年程度かけて最終的な艤装が施され、今日正式に海軍へ引き渡されることになった。
転移前にはすでに多くの作業が済んでいたこともあり、転移後も特に大きく工程が遅れることはなく、今日海軍へ引き渡されるのも当初の予定通りだった。
神風は基準排水量8000トン。満載排水量1万トンを超える大型の駆逐艦だ。満載排水量が1万トンを超えることから媒体によっては「ミサイル巡洋艦」という扱いを受けることもあるが、帝国海軍ではあくまで「駆逐艦」として運用されている。
「神風」の配備先は佐世保の第3艦隊第3駆逐戦隊第31駆逐隊である。
南西地域を管轄する第3艦隊は、北中国人民解放軍の存在があることから古くから新型艦が最優先で配備される艦隊であり、今回の神風型も軍備拡張を続ける北中国に対抗する目的で、1番艦が佐世保。2番艦が沖縄と2隻揃って第3艦隊に真っ先に配備されることになっていた。
ただ、その脅威であった北中国は転移によって消失してしまったのだが海軍はこの配備計画を変えることはなく、従来の予定通りに「神風」は佐世保に、長崎で同じ日に引き渡される2番艦の「春風」は沖縄にそれぞれ配属されることとなった。
海軍としては、転移後はじめての軍艦引き渡しであるため、舞鶴海軍工廠には多くの報道陣が。更に、アメリカやイギリスの駐在武官もこの様子を視察するために舞鶴まで足を運んでいた。その中には、つい先日外交関係を樹立したばかりのガトレア王国の駐在武官の姿もあった。
「しかし、本当に実在していたとはなぁ。エルフの国が」
「家の国では未だにフェイクニュースだって意見が主流だね」
「それは、ウチも同じさ」
英米の駐在武官の関心は、日本の新型艦よりも彼らから少し離れたところにいる一際目立つ容姿をした女性に向けられていた。
彼女は、つい先日ガトレア王国からやってきた駐在武官だ。
所属は海軍で、戦闘機のパイロットとして長らく活躍していた。外見は20代くらいにしか見えないが軍人歴は英米の駐在武官と同じか、それよりも長かった。
「やはり、この世界では我々の存在は珍しいようだな」
周囲からの視線は当然気づいていた。
事前に日本側から「地球ではエルフという種族は存在しないので、注目を浴びる可能性はある」という忠告を受けていたが、それでも見世物になった気分にはなる。
隣に控えていた副官は少し呆れたように言う。
「目当てが日本の駆逐艦よりも我々というのはどうなんでしょうかね」
「彼らからすれば日本の駆逐艦は見慣れているんだろうさ」
「なるほど――しかし、日本の駆逐艦というのは…軍艦らしい軍艦という感じがしますね」
「たしかにな。我が国の軍艦と比べてかなり無骨な外観をしている…だが、なにより驚異的なのは同型艦をほぼ同時に就役させているところだな。普通の国ではこんな芸当はできない」
実は、海軍への引渡式は舞鶴以外の場所でも行われていた。
神風型は緊迫化する極東情勢に対応する名目で4隻が一斉に別々の造船所で建造が行われほぼ同じような進捗で建造が進められた。結果的に、この日4箇所の造船所にて海軍への艦艇の引き渡しが行われたのだ。
舞鶴ではネームシップである「神風」が。
長崎の四葉重工業長崎造船所では2番艦の「春風」が。
横浜の帝国重工業横浜造船所では3番艦の「秋風」が。
横須賀の扶桑重工業浦賀造船所では4番艦の「羽風」が、ほぼ同時刻に海軍へ引き渡されていた。
現代において、複数の造船所で同時に軍艦の建造が行われるというのはかなり珍しい。それだけ、日本は高い技術力を持った造船所が多いのだろう。
また、それほど受益性が高いとは言えない軍艦建造に多くの造船会社が関わっているというのも、ガトレアからみれば異質なことだった。ガトレアもまた海洋国家なので、多くの造船会社があるが軍艦を建造しているのは3つの造船所でしかない。それ以外の造船所は軍艦を作れるだけの技術力がないかあるいは儲けが少ないということでそもそも、受注するようなことをしていなかった。
「そしてなにより、恐ろしいのは…この国は2つの主力艦隊を他国へ向かわせているにも関わらず未だに多数の主力艦が残っているところだ。アストレア並だな」
アストレアとは「テラス」最大の軍事大国にして経済大国――地球でいえばアメリカのような存在の国だ。強大な軍事力を有しており、中でも海軍の規模は「テラス」各地に艦隊を常駐させているほどの規模だ。
それに近い規模の海軍を日本は有しているようなものだ。
そんな国と敵対しなくてよかった、と大佐は改めて思った。




