39:反撃への準備
新世界歴元年 2月6日
日本帝国 東京府 小笠原諸島 硫黄島
帝国空軍 硫黄島飛行場
硫黄島は東京府で最も南に位置する小笠原諸島の北部にある火山島だ。
かつては有人島だったが、活発な火山活動などもあり第二次世界大戦終結した1950年代には国の方針によって住民の移住が行われ、民間人が住まない無人島となっている。
ただ、島には海軍と空軍が共同使用する「硫黄島飛行場」があり部隊も駐屯しているので約2000人を超える軍人たちが島で生活している。物資などは定期的に本土からの空輸、あるいは輸送艦での海上輸送がメインだ。
現在、この硫黄島飛行場には帝国海軍の第1哨戒航空団第2哨戒飛行隊と帝国空軍の第1爆撃航空団が常駐している。第2哨戒飛行隊は1964年に厚木飛行場から硫黄島へ移駐し、第1爆撃航空団もやはり厚木飛行場から1965年に硫黄島へ移駐した。移動した理由は、周辺の都市化によって騒音が一種の社会問題となったためだ。飛行場周辺では「基地閉鎖」を訴えるデモ活動が常に行われており、中には基地施設へ侵入するデモ参加者もいたほどだ。
また、都市化が進んだ影響で安全性の確保も問題だったため国防省は太平洋戦争以後。分隊飛行隊などが駐屯していた硫黄島飛行場を大幅に改修して、厚木飛行場に駐屯している哨戒・爆撃機部隊を移転させることにしたのだ。
工事は1960年から始まり1963年に飛行場の拡張が終了し、部隊が移動した。現在、厚木飛行場は横須賀基地に所属する空母艦載機の内、主にヘリコプターや、硫黄島など南方の基地へ物資輸送を行う海軍輸送航空隊などが駐屯している程度で、艦載戦闘機などは千葉県の上総海軍飛行場などに分散配置されていた。
このように、周辺の都市化などによって主力部隊を郊外へ移すというのは1960年代の日本ではよく見られ、その移転先は航空部隊であれば島嶼部。陸軍部隊であれば郊外が多かった。
かつては、一等地に駐屯地や基地を構えていた軍も都市化と経済成長相手には分が悪かったのだった。
第1爆撃航空団には4つの爆撃飛行隊が所属している。
1つの爆撃飛行隊には24機の爆撃機が所属し、その他予備機などを含めれば100機ほどの爆撃機が1つの爆撃航空団に配備されている。そして、第1爆撃航空団は2機種の爆撃機を運用していた。
一つが「87式戦略爆撃機(BJ-4)」である。
1987年に登場した、超音速戦略爆撃機である87式は同時期に米ソで登場した戦略爆撃機と同様に可変翼を搭載した珍しい爆撃機であった。敵地付近を低空で超音速で飛行し、搭載している核兵器や通常爆弾――そして巡航ミサイルによって敵地中枢を叩く――というコンセプトで皮肉なことに日米ソの三大国が同時期に開発した似たタイプの戦略爆撃機。
87式は120機が製造され4つある爆撃航空団に配備され、老朽化が進行していた58式戦略爆撃機の一部を更新している。本来ならば58式の全てを置き換える計画だったが、米ソと同様に予算という壁に阻まれている。
というのも、87式は58式に比べて整備も含めたコストが高く予算がおりなかったからだ。
もっとも、87式はその後に出てきたステルス爆撃機に比べればやすいのだが…。
もう一つが「5式戦略爆撃機(BJ-5)」である。
2005年に配備が始まった水平尾翼は垂直尾翼のない全翼機という特異な外観をしたステルス爆撃機で、100機ほどが製造された。高いステルス性でもって敵地の奥深くへ空爆を実施することを目的に開発されたが、同様のステルス爆撃機であるアメリカのB-2と共に非常に高価な爆撃機だった。
もし、冷戦でなければ100機も製造されなかったと言われるほどに調達コストがかかっており、現在でもしばしば調達費を巡って野党などから批判のやり玉にあげられていた機体だ。
当初の計画では58式を完全に置き換える予定だったが58式のほうが運用コストが安いこともあって現在でも58式は40機ほどが現役に留まっていた。
硫黄島飛行場の滑走路では87式戦略爆撃機の1個分隊が離陸準備を進めていた。1個分隊は8機の87式で構成されており、この87式は第331爆撃飛行隊に所属していた。指揮官となる分隊長は木下涼子少佐が務めていた。
87式の爆弾倉には多数の巡航ミサイルが積載されていた。
「92式巡航誘導弾」と呼ばれるこの巡航ミサイルは帝国空軍が爆撃機への搭載を目的に開発した巡航ミサイルであり、射程は3000kmほどだと公表されている。主に、ソ連の極東地域の軍事拠点や、北中国北部の軍事施設を攻撃目標に想定して開発された。後に海軍で製造される97式巡航誘導弾の原型となった巡航ミサイルだ。近年になってより、新型の極超音速飛行ができる巡航ミサイルが開発されているが、帝国空軍の爆撃機に積み込むタイプの巡航ミサイルとしてはまだまだ現役であった。
『こちらタワー。『フガク1』離陸を許可する』
「『フガク』了解。離陸する」
管制塔の許可をえて硫黄島飛行場の3000mの滑走路から離陸している87式戦略爆撃機。最初の目的地は、樺太の敷香空軍基地だ。
新世界歴元年 2月6日
日本帝国 京都府 舞鶴市
帝国海軍 舞鶴基地
舞鶴は、京都府北部にある人口26万人あまり――京都府第二の都市だ。
城下町の西舞鶴と、軍港都市である東舞鶴に大まかに別れており、実際に双方は1940年代までは別々の自治体であった。
東舞鶴にある、帝国海軍の舞鶴基地は日本海側を担当する第4艦隊の司令部が置かれており、日本海側で唯一大型の原子力空母が母港としているが、その唯一の原子力空母を擁する第4空母戦闘群は、樺太紛争に対応するため舞鶴を離れており現在は横須賀の第1水上打撃群と共にマリス連邦へ向かっているので、不在だ。
それでも、ソ連に対峙する軍事上の拠点であるため基地内には未だに多くの艦艇が係留されていた。ほんの一月前は、これら係留されていた艦艇も総動員していたが北方には友好的なガトレア王国が存在するとわかって以来は、他の基地に比べれば基地はあまり騒然とはなっていない。
ただ、この日ばかりは普段とは様子が違った。
舞鶴基地の大型艦艇が係留出来る岸壁に2隻の大型艦が停泊していた。
どちらも、帝国海軍の艦艇ではない。
1隻はイギリス王立海軍の中型空母「アークロイヤル」である。
満載排水量6万トン弱、統合電気推進や電磁カタパルトを搭載した中型空母で、F-35Cなどを約40機搭載している。
準同型艦はスペイン・インド・オーストラリアなどでも活躍している。過去に2回、日本にやってきたこともあるがその時は佐世保や横須賀に寄港しており、舞鶴にやってくるのは今回が初めてだった。
もう1隻は、ガトレア王国海軍の空母だった。
艦名は「フロン」で、アークロイヤルと同規模の大きさをもった中型空母であり、両艦が並ぶと同型艦と思えるほどに外観が似ているが、アイランド型艦橋を2つ持つアークロイヤルに対して「フロン」は1つだけなので、外観から両者を判別することは可能だ。ただ、どちらもステルス性を考慮した設計をしており、機関方式もそして搭載しているカタパルトも同様のものなので、ほぼ準同型艦といえる程度には似た姿をしていた。
「フロン」はガトレア王国の南方海域を担当する第3艦隊の旗艦を務めている空母であり、転移前はガリア帝国海軍と常に睨み合っていたこともあった。
さて、なぜイギリスとガトレアの空母が舞鶴に停泊しているのかといえば、このあと帝国海軍や朝鮮連邦海軍などとの間で行われる合同軍事演習に参加するためだった。
両国ともにAPTOへの加盟を目指した準備を進めている中で、少しでもAPTO加盟国――特に日本との連携を密にしようと考えて演習に参加することになった。イギリスに関しては日本とNATOとの合同演習で頻繁に顔をあわせていることもあり日本やアメリカなどに関してはある程度把握している。
一方で、ガトレアにとってみれば日本やAPTO諸国の軍事力は資料単位のものしか知らないので、実際に演習に参加することでそれぞれの国の軍事力を測りたいという思惑もあった。
「イギリスはともかく、ガトレアまで空母を持ってくるとはな」
隊舎の執務室から並んで停泊している2隻の空母を見つめるのは、舞鶴基地の司令官を兼ねる舞鶴鎮守府司令長官の湯浅中将だ。
鎮守府は主に後方支援や沿岸警備などを行っており、横須賀・呉・佐世保・大湊に置かれている。
更に鎮守府に準じた「警備府」が南洋諸島のグアム島・台湾の高雄と樺太の大泊に設置されていた。
舞鶴鎮守府は秋田県から島根県にかけての日本海沿岸の領海警備や災害派遣などを担当している。
舞鶴の本隊以外に、新潟と鳥取の境港に地方隊が置かれており転移前は主にソ連海軍の監視や工作船の監視。そして、舞鶴を母港としている機動運用を行っている第4艦隊の整備や補給作業を担当していた。
「『瑞龍』がいれば見劣りしなかったんですがね」
「…別に空母の大きさを競っているわけじゃないだろう」
「でも、確実に一部が騒ぎますよ?『飛鷹』で役不足というわけではないにしても中型空母に比べれば小さいですからね」
「そもそも役割が違うんだから比べるのも間違いなんだがなぁ…」
「記者に言ってください」
「言ったところで理解すると思うか?」
「…微妙なところですね」
「旭洋あたりがまた騒ぐんだろうな」
そう言って遠い目をする湯浅。
舞鶴を母港にしている大型空母「瑞龍」はマリス連邦へ向かっており不在だ。
一応、舞鶴にはもう1隻「飛鷹」という空母も配備されており、今回の演習にも参加することになっていた。
「飛鷹」は満載排水量3万トンほどの「軽空母」であり、カタパルトは設置されていない。ただ、搭載機はカタパルトを必要としない「垂直・短距離離着陸機」であるF-35Bなのでカタパルトがなくても運用に問題はなかった。
そして、カタパルトのかわりに艦首部分に艦上機を効率よく発艦させるためのスキージャンプ勾配が設置されている。
とはいえ、軽空母は別に固定翼機を運用するのがメインではなくオマケだ。
メインとなるのは対潜哨戒ヘリコプターの洋上基地であり、固定翼機の運用はあくまで大型空母を補完するためでしかないし、なにより中型空母2隻に比べると今ひとつインパクトがない。
大艦巨砲主義などという思想が遠い過去のものになっても、やはり「巨大艦」というのはわかりやすい力の象徴なのだ。特に、軍事に詳しくない一般層に対しては。そして、発信する記者たちというのは別に軍事の専門家ではないため「日本だけ軽空母を持ち込んでいる」ことを殊更問題のように取り上げる可能性はあった。
特に、軍部を敵視している一部新聞はその傾向が強い。
湯浅からすれば「そんなの言わせておけ」としか思えない。
瑞龍がいないのは作戦上仕方がないからで、稼働状態にある他の大型空母もそれぞれ別件で忙しいのに、軍事演習のためだけにその任務を捨てて舞鶴までまわすのは無駄でしかない、と思っていた。
まあ、見栄のために佐世保などから空母をまわすべき、という意見が軍令部で巻き起こっているのだが、湯浅は市ヶ谷でそんなやり取りがあったなどということを知らなかった。
因みに最終的には海軍トップである軍令部長の「派遣しない」という鶴の一声でこの問題は解決している。
ただ、これも演習参加国であるアメリカが空母を派遣していたら、横須賀か佐世保にいた大型空母を舞鶴にまわしていたかもしれない。
因みに、アメリカ海軍はフィリピンに駐屯していた巡洋艦と駆逐艦を1隻ずつ舞鶴に派遣していた。空母に関しては極東に展開していた空母は中米問題に対応するためにハワイ方面へ向かわせていた。
「しかし、ここまで規模が大きくなるとはなぁ…これも転移のせいか」
「ですねぇ…去年までは近隣国による対潜演習だったんですけど」
そう、この演習はなにも突発的に決まったわけではない。
定期的にこの時期で行われていた対潜演習に、ガトレアとイギリスが参加表明したことで急遽規模が拡大されただけなのだ。
なので、最初から大型空母を投入する予定にはなかった。
イギリスやガトレアが空母を出してきたので軍令部の一部が慌てたが、そんな見栄のために海軍全体を巻き込むわけにはいかないだろう、と軍令部長が周囲を諌めたおかげで急遽、大型空母が舞鶴に入ってくる――という現場からしたら二重で忙しくなる事態は避けられたのである。




