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新世界は楽園なのか?  作者: 小野寺
第1章

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37/92

37:侵略者たちの誤算

 新世界歴元年 2月2日

 ベルカ連邦 タンベルク

 総統官邸



 北アメリカ大陸の南に繋がった異世界「ユーリス」に存在していた「ユーシア大陸」はユーラシア大陸の半分ほどの大きさをもった大陸だ。

 そして、大陸北部の大部分を統治していたのが、現在中米に軍事侵攻を行っている「ベルカ連邦」であった。

 ベルカ連邦は「ユーリス」における「列強」の一つだ。

 列強の中では「新参者」の扱いを受けており、実際に植民地獲得競争に参戦したのもここ半世紀ほどのことだ。そのため、確保している植民地の数は他の列強に比べてかなり少ない。

 そのため、ベルカ政府は他の列強に追いつくために海軍の増強に今日まで力を注いでおり、現在では中型空母6隻を配備するなど、他の列強と遜色ない規模の海軍を有することになっていた。



 ベルカ連邦の国家元首は国民の直接選挙によって選出される「総統」が務めていた。他国でいえば大統領と同様のポジションだが、その政治的権限は非常に大きく議会の決定に関しても「総統権限」によって退けられるなど、議会よりも有利な権限を多く与えられていた。

 また、歴代総統はいずれも長期政権を築く事が多く、他国からは「独裁になりやすい」などという批判を受けることも多々あるほどだったが、ベルカ政府はそのような声にほぼ反応することはなかった。

 現在の総統は5年前の選挙に当選した保守派のウルリッヒ・ベインスタイン。歴代総統の中でも特に領土拡張の野心を強く持っていることで、他の列強からは知られていた。


「第3艦隊が壊滅しただと?」


 この日の朝、いつものように閣僚などから報告を聞いていた時、国防長官から伝えられた内容にベインスタインは思わず怪訝な顔で聞き返してしまった。

 書類から顔を上げてみれば、普段ならば滅多なことで表情を変えることのない国防長官の顔色が非常に悪いことが目に入り、その報告が事実なのだと察する。


「一体なにがあった?」

「二日前に、国籍不明の機動艦隊を発見したという報告があり敵艦隊と判断して先制攻撃を行うという報告があったのですが…」

「返り討ちにあったのか?」


 問い返すと「どうやらそのようです」という返答が返ってきた。


「…これまでの報告を聞くと。あの大陸は我々の障害になるような国は存在しないという話だったはずだが」

「情報部が調査したのはあくまで、我が国に接している国に関してだけです。それ以外は徐々に調査を進めていく予定でしたので…」

「…結果的には我々に立ちはだかる可能性のある国を見落としたということか」


 もう少し時間をかけて北アメリカの調査をすべきだったか、とベインスタインは内心思う。

 陸軍も当初の予定に比べると進軍速度が落ちており、この理由も正体不明の軍隊によるゲリラ戦に対処するために時間をかけてしまっているというものだった。

 恐らく、この軍隊と機動艦隊の所属先は同じだ。


「それと、南部国境でも不穏な動きが見られます」

「こちらが苦戦しているわかって動き始めたか。相変わらずだな。共同体の連中は」


 忌々しいことだ、とベインスタインは内心舌打ちをする。

 ユーシア大陸の半分以上はベルカ連邦が領有しているが、残りの4割は中小の国々にわけられている。彼らからみれば強力な軍事力を持つベルカ連邦は脅威以外の何者でもないため各国は協力してベルカに対応するために軍事同盟を築いていた。

 それが「ユーシア共同体(ESC)」である。

 中心となっているのは大陸内でベルカに次ぐ国力を持っている3つの国で、軍事力の中心もこの3カ国でまとまっていた。大陸北部と南部の間には急峻な山岳地帯が横たわっており、行き来出来る陸上ルートは限られている。

 ベルカが大陸統一を目指さなかったのも山脈という物理的な障壁を超えてまで南部地域を制圧する旨味がないと判断したからだ。なので、山脈を挟んでベルカとユーシア共同体は基本的に睨み合いを続けている。

 ベルカとユーシア共同体は双方の国のことを調べるためにスパイを送り込み合っている。当然ながらスパイの取締を両陣営は積極的に行っているものの全てを取り締まれてはいない。恐らく、今回も潜入していたスパイが共同体側に伝えたのだろう。

 共同体の中には、ベルカによって併合された国々の亡命政府も参加しており祖国解放を目指した活動を行っている。そういった、勢力が今回の件を知って行動を起こした可能性も高かった。


「幸い。共同体は一枚岩ではない。すぐに行動を起こす可能性はないだろうが…警戒だけはしておいたほうがいいだろうな」

「では、参謀本部にはそのように伝えておきます。例の国籍不明軍に関しては?」

「引き続き情報収集を優先だ。とにかく情報がなければ動きようがない」


 この時点で、ベインスタインは武装勢力は厄介な存在ではあるが自国軍で対応出来る存在だと信じていた。





 新世界歴元年 2月3日

 マリス連邦 首都 マリセット

 



 マリス連邦の首都であるマリセットがあるのは、マリス諸島最大の島である「グレースマリス島」の南部だ。

 マリセットは古くから港湾都市として栄えており、転移前は「ユーリス」を代表する世界都市であった。植民地から産出された農作物や天然資源の多くはマリセット港に集められ、マリセット港から本土各地へ輸送されていたほどだ。

 しかし、現在のマリセット港にはその賑わいはない。

 転移によって、マリス連邦が領有していた植民地の大半の所在が不明になっているからだ。多くの資源を植民地から調達していた同国にとっては死活問題なのだが、この時点ではまだ国民に大きな混乱は見られなかった。

 というのも、政府が大規模な情報統制をこの件に関して行っていたからだ。

「植民地の所在がわからない」などという情報が表に出れば、大混乱になり国の運営に支障をきたすと、政府幹部たちは考えたのだ。それと同時に、早く植民地の所在を把握すべく海軍や空軍の持てる戦力を動員して、捜索にあたっていた。

 一ヶ月経った現在。幾つかの植民地を発見することはできたが、それでも未だに重要な植民地の多くは見つかっていなかった。




 大統領官邸




 大統領官邸の会議室に、現政権の主だった閣僚たちが集結していたが、閣僚たちの顔色は総じて悪かった。

 その原因は、会議冒頭で国防省から「軍事作戦が失敗した」という報告があったからだろう。新たな植民地を確保するために派遣した艦隊と陸軍1個師団が壊滅したというのは、彼らにとって少なくない衝撃を与えていた。

 特に、ショックが大きかったのはこの作戦の実行を指示した大統領のロナルド・ファイルズだった。


「1個師団と1個艦隊が壊滅?なにかの冗談じゃないのかね…」

「残念ながら事実のようです。目標の島に駐屯していたのは我々の想定以上の強敵であったらしく、上陸部隊は一方的に撃破されたと…」

「増援部隊の準備は?」

「部隊の選定はすでに済んでいますが、輸送手段がまだ…」


 民間船を徴用しようにも、そもそも船会社に関しても多くの貨物船を喪失しており政府の要請に答えられる会社はほぼなかった。

 重苦しい空気がなおも立ち込める中、一人の閣僚が立ち上がる。


「どうかしたのかね?ホルスくん」


 立ち上がったのは外務大臣のアンソニー・ホルスであった。

 

「閣下。もうすでに遅いかもしれませんが、当該国と話し合いをすべきではありませんか?」

「話し合い?」

「はい。すでに、我が国から仕掛けてしまいましたが…確実に向こうは『報復措置』をとってきます。そうなる前に当該国と接触し、話し合いをすべきだと外務省は考えています」

「話し合いをすると簡単に言うが、どうやって接触するのだね?」

「海軍艦艇を現地へ派遣します。その艦艇に外交官を同乗させ、当該国と接触を試みます」


 この外務大臣の提案に一部の閣僚はすぐに反対の声を上げる。


「撃沈される可能性があるじゃないか!」

「そもそも、話し合う必要性などないのでは?追加の部隊をすぐに送り込めばいいだけではないか!」


 反対の声をあげている閣僚の多くは、樺太への軍事侵攻を支持していた者たちだった。彼らの多くはまだ戦意を喪失しておらず、追加の部隊を2個師団ほど送り込めば島の制圧は容易だと考えていた。

 彼らがなぜそう考えていたのかといえば、彼らと繋がりの深い軍高官が自信満々に彼らにそう話していたからだ。その高官の言葉を信じた彼らはこんな状況でも強気な姿勢を崩していなかったのだ。

 大統領も彼らほどではないにせよ、この時点で話し合いの必要性はないと考えていた。ただ、追加の部隊の派遣に関しても慎重だった。


「話し合いに関しては保留とする。また、追加の部隊派遣に関しても保留しようと思う。貴重な戦力が壊滅したのだ…今後は、植民地捜索に軍は全力をあげて取り組むべきではないかね?」


 大統領の答えに外務大臣もそして軍部側の閣僚たちも揃って不満げな表情になる。だが、それ以外の閣僚たちはむしろ大統領の意見に肯定的だった。

 新たな植民地の確保も確かに重要だが、それよりも既存の重要な植民地の発見に全力をあげたほうが国のためだと思っていたからだ。

 外務大臣の案に多くの閣僚たちは「その必要があるのか?」と疑念を持っていたし、軍部の侵攻案に関しても「それだけする旨味がその島にあるのか?」といった疑念を持っていたので、大統領の案はそんな彼らにとって最も受け入れやすいものだった。




「くそっ!なんで誰も理解しない…」


 閣僚会議終了後。

 外交団の派遣を進言し、受け入れられなかった外務大臣のアンソニー・ホルスは現状を把握しようとしない大統領たちに憤りを感じていた。

 1個師団と1個艦隊の壊滅は普通に考えれば異常事態だ。

 このまま動かなければ、相手がマリスに逆に攻め込んでくる可能性もある。それを回避するためにも、外交団を派遣して外交交渉に持ち込むのが国を守る最善策だと、ホルスは信じていた。

 しかし、大統領を始めとした閣僚たちは事態がそこまで逼迫しているとは思っていないようだ。そもそも、マリスが攻め込まれるという危機感すら彼らにはないようにみえた。

 これは、転移前がそれが「当たり前」だったせいだろう。

 植民地や海外領土では他の列強と対峙していたが、他の列強とマリス本土は距離も離れていたことやマリスは世界最大の海軍を有していたことからマリスを直接攻め込むメリットは他の列強にあまりなかった。

 なので、大統領たちは必然的に「マリスに攻め込むような国が現れるわけがない」と思い込んでいたのだ。


「もし、攻め込まれた場合。現状の戦力では国を守ることなんて出来ない。それを防ぐためには我々が頭を下げるしか無いというのに…」


 ただ、これも上手くいく保証はどこにもない。

 相手からすればマリスは一方的に攻め込んできた国だ。いきなり攻め込んできた国が「交渉したい」と来ても普通ならば信じることは出来ない。マリスが同じ立場ならば、追い返すだろう。


「それでもやるしかない…最悪の事態になる前に」


 ホルスはもっと大統領たちを必死に止めればよかったと今更ながらに後悔していた。


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