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30:打ち上げ

 新世界歴元年 1月27日

 日本帝国 沖縄県 糸満市

 帝国宇宙局 沖縄宇宙センター



 沖縄本島最南部に位置する糸満市には、帝国宇宙局が管理する「沖縄宇宙センター」という名のロケット発射場がある。

 糸満に、ロケットの発射施設が整備されたのは1964年のことだ。

 当時、鹿児島県の大隅半島に射場があったのだがより赤道が近い場所に大型ロケットにも対応した射場を作る計画が持ち上がり、小笠原諸島やマリアナ諸島とあわせて検討された結果。沖縄本島最南部の糸満市が選出された。

 赤道からの距離を考えればマリアナ諸島などが最適だったのだが、地元当局や住民などがロケット射場に伴う開発で環境破壊が起きるのを懸念し反対運動が展開されていた一方で、糸満市に関しては誘致運動が活発に行われていたのだが選出の決め手となったのだ。

 今では、沖縄宇宙センターは糸満市にとって重要な観光拠点となっている。

 ロケットの打ち上げ予定日には各地から見物人が大勢集まるからだ。

 そして、この日もまた全国各地からロケットの打ち上げを見るべく多くの見物人がやってきていた。



 異世界転移によって、日本が打ち上げた多くの衛星は機能不全に陥っていた。これによって位置情報サービスはもちろんのこと、放送や、気象予測など様々な分野に影響が出ていた。特に、GPSをはじめとした位置情報システムの不通によって航空便は現在に至るまで欠航状態が続いており、諸外国との行き来はもちろんのこと国内の移動においても鉄道やバスなどを使うかあるいは、本州から沖縄・樺太方面へ向かうにはフェリーなどに乗らないといけなくなり遠隔地への所要時間が大幅に伸びているなど、問題になっていた。

 もう一つ、衛星の機能不全による問題があった。

 それは、異世界における陸地の位置だ。現状は海軍の艦艇や哨戒機を用いての目視でしか確認する方法はなく、調査できる範囲が限定されている。それによって樺太へ軍事侵攻してきたマリス連邦がどこにあってどういった国なのかという情報が不足しているのだ。

 今回、沖縄宇宙センターで打ち上げられるロケットには、偵察衛星が搭載されていた。



『――現在、我々は沖縄宇宙センターから5kmほど離れた展望スペースに来ています。ご覧のように打ち上げの様子を見ようと大勢の人たちが集まっているのがおわかりいただけると思います。さて、今回打ち上げられる『H-7』ロケット18号機に搭載されているのは、国防省が開発した情報収集衛星――つまりは偵察衛星が搭載されています』


『最初の衛星はもう少し、我々国民の生活のことを考えたもののほうが良かったと私は思いますけれどねぇ……衛星が使えなくなって航空便がすべて欠航し、天気予報の精度だって落ちている。我々メディアだって衛星放送は通じないし、更に衛星電話などの重要インフラも使えなくなっているんですよ?その対策を最優先にすべきなのに、真っ先に打ち上げるのが軍事衛星というのは政府の神経を疑いますねぇ』


 ある民間放送局で正午から放送されている報道番組。

 現地の中継を終えた後に、コメンテーターとして出席していた大学教授はそう言って政府の対応に苦言を呈していた。


『むしろ軍事衛星ほど国民生活を考えた衛星はないと思いますがね。皆さん忘れているみたいですが、樺太は今現在他国の軍事侵攻を受けているんですよ?今回の偵察衛星は我が国周辺の陸地を調査することが主眼に置かれているんです。つまり、樺太に攻め込んできた国が我が国からみてどこにあるかを調べることが出来るわけですし、今後同じことをしてくる国の動きを監視することができるんです。確かに、通信衛星に気象衛星やGPSなどがないのは生活面では不便ですが、今後の打ち上げ計画を見てみるとこれらの衛星も今週中には順次打ち上げていくとあります。政府は別に国民生活を軽視しているわけではない――ということは計画を見ればわかると思うんですがね』



 大学教授に反論するのは、軍事専門家として出演していたゲストだった。

 彼の反論に対して大学教授はあからさまにムッとした表情を浮かべ、何かを言おうとしたときに司会者が口を挟んだ。


『――あ、まもなくロケットが打ち上がるようです。沖縄へつなぎましょう』



 映像が再び切り替わった頃には、自動音声のカウントダウンが「60」と発射一分前であることを伝えていた。

 宇宙センター内にある管制室では職員たちが慌ただしく発射に向けた最終準備を進めていた。どのモニターでも異常な数値は確認されず、カウントダウンは順調に進んでいく。

 そして1分後。


 轟音と共にロケットは時間通りに打ち上げられた。

 5kmほど離れた展望所では上昇していくロケットと、後から聞こえてくる爆音に歓声の声が上がっていく。

 打ち上げられたロケットは、そのまま宇宙センター南方洋上へ針路をとって上昇していった。30分後にはロケットから衛星が切り離され、更に30分後には衛星が予定されていた衛星軌道に投入されたことが確認された。

 この世界で日本が初めて実施した、衛星打ち上げは成功という形で幕を落とした。

 残念ながら、前日にアメリカが最初の衛星を打ち上げており。更に1時間前にはガトレア王国も衛星を打ち上げているので日本が、この世界で最初に衛星を打ち上げた国――とはならなかったが、翌日以降も国内に4箇所ある発射場で次々とロケットを打ち上げる予定になっているため、宇宙センターの職員たちはすぐに次のロケットの打ち上げの準備を進めるためにそれぞれの持ち場へ戻っていった。





 新世界歴元年 1月27日

 マリス連邦 首都:マリセット

 大統領官邸



 樺太から北に6000kmにマリス連邦はあった。

 異世界「ユーリス」では多数の植民地を抱える列強の一つであるが、その本土自体は4つの島々によって構成された島国だ。

 ただし、その強力な海軍でもって多数の植民地を抱える列強となった。

 地球でいえば、かつて「大英帝国」として広大な植民地帝国を有したイギリスに近い国であろうか。まあ、イギリスと違ってマリス連邦は共和制国家なのだが。



 この世界に転移した直後。多くの国と同様にマリス連邦の上層部も大いに混乱していた。特に、彼らが焦ったのは多くの植民地と連絡が取れなかったことだ。マリス連邦にとっての植民地は国の運営にとって必要不可欠な存在であり、国で使われる食料や資源などは植民地から調達している。

 それらの植民地からの供給が途絶えたらどうなるか?国は完全に干上がってしまうだろう。だからこそ、政府は新たな植民地になる場所を探した。

 その結果見つけたのが樺太だ。

 気候は厳しそうだが、沖合には海底油田などの採掘施設があることから天然資源に恵まれていると判断した連邦上層部は樺太を制圧するために軍を派遣することを決めた。

 地球の感覚ではこの時点でおかしいし、いくら植民地の奪い合いをしている殺伐とした世界でも一方的な軍事侵攻は批判に晒されるし、上層部の中にも慎重な意見があったのだが最終的に一部の強硬な意見を大統領がそのまま採用した結果、今回の軍事侵攻に繋がった。

 もし、ここで大統領が一度立ち止まり「まずは平和的に接触してみよう」という考えを持っていれば結果は大きく違っていたかもしれないが、ブレーキを踏まずに突き進んだ結果はお察しのとおりである。



「第2機動艦隊が壊滅しただと?それは本当なのかね」


 マリス連邦大統領ロナルド・ファイルズは国防長官から衝撃的な情報を伝えられていた。


「は、はい。艦隊で生き残った駆逐艦からの報告によると、大量のミサイルによる飽和攻撃を受けて空母2隻を含めた多くの艦艇が沈没したとのことです」

「大量のミサイルか……目的の島は厳しい自然環境で人口は希薄という報告だったはずだが」

「どうやら、それは誤りだったようで。かなりの大軍が島に駐屯しているようです。地上部隊からは増援の要請が届いています」

「そうか……」


 ファイルズはそう言って考える仕草をとる。

 島はすぐに制圧できると思っていたのに、状況が違っているようだ。


「軍はなんと言っているんだ?」

「追加で2個師団を派遣する準備を整えていますが……海軍の輸送艦だけでは足らず。民間船も徴用する必要があります」

「ならばそれでいこう。2個師団も投入すれば制圧も容易だろう」

「では、そのように……」


 そう言って国防長官は執務室を出る。

 後に残されたファイルズはこれで問題事は解決出来るだろうと楽観視していた。


「早く植民地を見つけなければな……国が終わってしまう」


 多くの物資と食料を植民地に依存していたマリス連邦。

 その、植民地が消え。更に友好国とも連絡がとれない状況にファイルズたち政府首脳陣は大きく焦っていた。だからこそ、天然資源があるかもしれない島に軍を送り込んだ。そこが、他国の領土である可能性すら考えずに。


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