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29:扶桑島

 新世界歴元年 1月21日

 日本帝国 秋津島 東方沖

 揚陸艦「室戸」



「秋津島」は房総半島東方沖150kmのところにある北海道の7割ほどの面積をもった島だ。山がちな地形が多い日本列島の中では北に隣接する「敷島」と共に肥沃な平野部が広がっていることから、大規模な農業が行われており北海道と共に日本の食料自給率を押し上げる重要な島だった。

 人口は2000万人暮らしており、北部と南部の沿岸部には国内有数の工業地帯が広がるなど、農業以外にも工業も盛んな島だ。


 そんな秋津島の東――400kmほど沖合に四国ほどの大きさの島が見つかったのはこの世界に転移してすぐのことだった。政府はすぐにこの島に海兵隊の調査部隊を送り込み、島の調査を行ったところこの島は人が暮らしている痕跡が見当たらない無人島であり、石油や天然ガス――更にはレアメタルといった貴重な天然資源が豊富に埋蔵されていることがわかった。

 多くの天然資源を輸入に頼っている日本にとってこの島はまさに「天からの贈り物」と言えるほどのものであり、急いでこの島を領有化するための準備を進めた。幸いなことに周辺に国は存在しないことや、朝鮮や中華連邦といった周辺国も日本がこの島を領有することを認めたことから、日本政府がこの島に「扶桑島」という名をつけたのはちょうど一週間ほど前のことだった。

 政府は島の調査と開発を進めるために定期的に人員を「扶桑島」に送り込んでおり、今回も秋津島南東部の八神海軍基地から1隻の揚陸艦が「扶桑島」に向かっていた。


 ドック型輸送揚陸艦「室戸」は、津軽型揚陸艦の2番艦として2014年3月に就役し、横須賀の第1揚陸戦隊に所属している。

 基準排水量1万6000トン。満載排水量2万2000トンという大型揚陸艦であり、最大で海兵隊1個大隊の人員と装備を輸送することが可能だ。3万トンに達する伏見型強襲揚陸艦と共に海軍の揚陸艦隊の主軸であり、伏見型1隻と本型2~3隻でもって海兵隊1個旅団規模の兵力と装備を運ぶことが出来た。

 今回「室戸」には「扶桑島」の調査を行う海兵隊員に、宿舎や港湾施設などを整備する陸軍の工兵部隊。更に現地の植生調査などを行う民間の研究者と、宿舎建設用の資材に重機や食料に医薬品などが積載されていた。

 更に、念の為の護衛として駆逐艦「狭霧」「浜雪」という2隻の駆逐艦が同行していた。


「浜雪」は吹雪型汎用駆逐艦の9番艦として1984年3月に就役した。帝国海軍の中でも古参艦だ。

 吹雪型駆逐艦は1979年から配備が始まった汎用駆逐艦で基準排水量4,000トン。満載排水量5700トンは当時の汎用駆逐艦としてはかなりの大型艦であった。帝国海軍の戦闘艦で初めて本格的にミサイル発射機として「垂直発射装置(VLS)」を32基搭載しており、個艦防空・対潜・対艦ミサイルを搭載し「汎用」の名の通り様々な状況に柔軟に対応出来る水上戦闘艦として帝国海軍内でもかなり重宝され、多くの海外派遣をも経験してきた。

 20隻ほどが建造されたが、現在は新型駆逐艦の投入により順次置き換えが進められており現在では7隻のみが現役にとどまっている。ただ、この7隻も近い内に新型艦に更新されていく予定だ。

 退役した吹雪型の多くは解体されず、近隣のフィリピンなどに売却されておりそれぞれ第二の艦生を歩んでいる。


「狭霧」は村雨型汎用駆逐艦の10番艦にあたり、1994年2月に就役した。

 村雨型は吹雪型の拡大発展型として1990年から配備が始まった汎用駆逐艦であり、基準排水量4,500トン。満載排水量6,000トン。全長156m。全幅18mほどの船体をもつ。

 ステルス性を考慮にいれた船体設計がされており、艦橋や煙突などはレーダー反射断面を抑えるための傾斜が限定的ながらつけられていた。

 基本的な兵装は吹雪型と同じだが、個艦防空ミサイルが国産の92式に、対潜誘導弾も同じく国産の91式が吹雪型搭載のシースパロー防空ミサイルや、アスロック対潜ミサイルの代わりに搭載されていた。

 20隻ほどが1997年までに製造され、吹雪型と共に主力の駆逐艦として長きにわたって活躍していた。


「浜雪」と「狭霧」は共に八神基地の第8駆逐戦隊第18駆逐隊に所属していた。



「気象部からの報告によれば、現地の天気は快晴。波も穏やかで気温は16度ほどだそうです」

「少し離れた八神は10度行くかどうかなのに、あっちの気候は本当に落ち着いているものだな」

「やはり、太平洋のど真ん中にあるからでしょうか?」

「おそらくな。秋津島だって本州に比べれば温暖と言われているからな」


 副長から定期の気象報告を受けた艦長はしみじみといった感じで呟く。

 彼らが八神と扶桑島の間を行き来するのはこれで2回目だ。

 扶桑島は本州に比べると温暖であり、真冬にも関わらず気温は15度近辺で安定していた。同じく、本州などに比べれば温暖だと言われている秋津島南部の八神ではこの時期の平均気温は10度ほどなので、5度ほど扶桑島のほうが気温が高いことになる。

 ただ、まだ平均気温を算出できるだけのデータがとれているわけではないし、冬場だけの観測なので本当に気候が穏やかなのかどうかはわからないが、樺太や北海道の開拓に比べれば開発の手は進みやすいだろう。


「それにしても、この世界はどうなっているんだろうな?今でも次々と島が発見されているがどれもこれも無人島ばかりだ。これだけの島が見つかるなら有人島が一つくらいあってもおかしくないのに」

「そもそも、扶桑島も含めた島々が我々みたいに異世界から転移してきたのか、元々この世界にあったのかもわかりませんからね」

「そうだな……専門家の話だと『地球と違う』ことだけはわかっているみたいだが」


 発見され、調査のために専門家が上陸した島々の植生はすべて違っていた。

 専門家も初めて見る動植物ばかりであり現在はサンプルなどを採取して専門機関での調査が進められている段階だ。

 ただ、各分野の専門家たちは目を爛々と輝かせて調査を進めているようだ。

 彼らにとってみれば、楽園なのだろう。扶桑島に関しても早期の調査を行いたいと各専門機関から政府に直談判があったくらいだと聞く。政府の担当者もあまりの勢いに引いていたというから、専門家の探究心というのは想像以上のものだった。




 扶桑島 西岸



 扶桑島西部の砂浜に乗り上げた揚陸艇から続々と宿舎建設に必要な資材や重機が運び出されている。その作業を手伝っているのは、1週間前に扶桑島に調査のために上陸していた海兵隊員たちだった。

 彼らはテントで寝泊まりをしながら、島の調査を続けていたが今回交代要員がやってきたことから、任務を引き継いだ後には「室戸」に乗って日本へ戻る予定だった。


「どうだ?扶桑島の生活は」

「寒暖差はあまりないから過ごしやすかったな。あと、星がきれいだった」

「人工物が一切ないからなぁ。なら、夜は楽しみだな」

「その分、娯楽は一切ないがね。日が沈んだら寝る日々だったよ」

「そりゃ健康的だな。宿舎が出来るまでは俺等もその生活か……」


 当然ながらこの島には電気もネットもない。

 一応、発電機は持ち込まれているが燃料の都合などによって長時間発電することはしていないので、夜間は基本的に日が沈んだら就寝するという生活を先に上陸していた海兵隊員たちは行っていた。

 ただ、人工物が一切ないことから夜になればきれいな星空を見ることが出来たので、兵士たちは星空を見るなどして時間を潰していた。ただ、それも一週間となるとそろそろ文明生活が恋しくなる頃だった。


 今回、建設される宿舎は一週間程度で完成する予定になっておりそれまでは先に上陸していた海兵隊員たちと同様に島でテントを張るか、あるいは沖合に浮かんでいる「室戸」で寝泊まりすることになっていた。

 海岸付近までは危険な生物が出没する報告はないが、少し離れたところにある森ではイノシシや熊のような動物が生息しており、いずれも日本で生息しているイノシシやツキノワグマよりも大型のものであったため、兵士や専門家たちには森にむやみに近づかないように、という注意が事前に行われていた。



 兵士たちの宿舎づくりはその日から急ピッチに進められ、1週間後にはコンテナハウスのような2階建ての宿舎が10棟完成した。宿舎は順次拡大していく予定で、海兵隊員たちは専門家と共に島の調査を。一方で、陸軍工兵隊は港を建設するための準備をこの宿舎を拠点に行っていくことになる。食料や人員などの輸送には海軍の揚陸艦や輸送艦が週に2回の割合でやってくることになり、静かにであるが扶桑島開発に向けた準備が進められていくのだった。


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